地下の牢獄-1
●有罪
ツーンと鼻を刺す匂いに、意識がはっきりして来る。
この匂いはアンモニア。尿を醗酵させて蒸留した物だ。
「…誰?」
刺激で溢れる涙で滲むその顔は、
「若。気をしっかり持って下さい」
耳元で囁くこの声は、忘れもしない父上の耳目。
「タンゴかい」
辺りを気にして、声には出さず唇を動かす。
「大丈夫です。皆眠っています」
他に囚人が居るので遅れたのだと言う。
「うっ…」
やはり背中に響く。皮が裂けているようだ。
「随分と僕、やられたようだね」
「はい、手向かいしない子供に良く出来たものです。あの子達が半泣きで傷を洗ってくれていました」
先客に目を遣る。裸や半裸、襤褸服の違いはあるが皆子供ばかりだ。
ルリより少し年上のお姉さんが一番の年嵩で、男の子は僕と同じか小さい子。女の子が男の子のほぼ3倍。
なにやら如何わしいが今は枝葉。僕は話を手で遮って訊ねる。
「それよりタンゴ。短剣はどうなった?」
「先の衛士達の隊長が、私致しました」
「隊長って正騎士だよね」
にやりと笑って見せるが、背中の痛みで強張るのは仕方ない。その様にタンゴは小声ながらも色を替えて、
「勿論です」
と言った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
隊長職は下級とは言え歴とした幹部です。これは神殿騎士団の仕出かしたことです。
充分にお家はフェーデの口実に出来ますわ。
加えて古代帝国の市民権は教会の保証する所です。
それを塵芥のように踏み躙られては、教会の沽券に関わります。
ですから今回の事は彼らの聖職者の特権は使えません。
彼らは教皇猊下にお縋りするが出来ないのですから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
身形は人を量る有効な手段ではあるが絶対ではない。
例えば洗礼者ヨハネは、らくだの皮衣を着、腰に革の帯をしめ、いなごと野蜜を食べ物とする人物であったし、国王陛下とて懺悔なされる時には灰を被り荒布を纏うからだ。
僕は巡礼の体裁を取ってこの地に来た。主の前に謙る事は誉められこそすれ非難される事ではない。
「責めは富の使徒にある。しかし、ここまで腐って居たとはね」
難癖を着け取り上げた宝剣には仕掛がある。柄から釘で固定されている刃を外すと、柄に隠れる部分に元に王家の百合が刻まれているのだ。
「タンゴ。上はこの事を知ってるのかい?」
「恐らく、話は上に登る事無く揉み消されていると思います」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
僕は彼らに『嘘を言ってない』よ。
短剣は確かに僕の王家の使者と言う『身分を証するもの』だ。
何を勘違いしたかは知らないけれど、短剣は管区長への陛下からの贈り物であるから、
彼らは二重に罪を犯している訳なんだけどね。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そこは彼らに悪心を喚起させる為に仕組んだ事だけど、彼らの一人一人が真の騎士や聖職者であるならば、引っ掛かる訳も無い事だ。主に仕えるような真心を以って対処するなら、話は確実に管区長へと上がって行く。
門前払いや無視ならば兎も角、盗人と決め付けてのこの仕打ち。あまつさえ宝剣を私するなど言語道断。大義名分は僕らの上にある。
「タンゴ。急ぎこの事を父上に」
「若はどうなされますか? お命じ下されば直ちに牢を破りますが」
僕は肌脱ぎになり念を籠めた。
腕から現れる籠手。剣を受けれる程頑丈で、内に手裏剣を仕込んでいる。
胸から現れるメダル。それは陛下直家臣にて、帝国市民権を持つギルド青銅士の証。
「僕1人でも大丈夫だ。それに今回の事、冒険者ギルドも動いてるよ」
「判りました。間も無く彼らも目覚めるでしょう。これが牢の鍵です」
タンゴは僕に牢の鍵を握らせると、立ち去って行った。
「…んんっ」
うつらうつら目を開くお姉さん。他の子も、次々に眠りから目覚めつつあった。




