釣餌-5
●人は上辺を見る
白亜の舘に掲げられし白銀の地に黄金十字。そして一頭の馬に乗る二人の騎士の紋章。
豪奢過ぎるこの舘を、口の悪い者は万魔殿と呼ぶ。
見よ。これぞ神殿騎士団。騎士にして聖職者である彼らは、今や押しも押されぬ大商人でもあった。
門を護る衛士は胸甲を着け、つば広帽子のような兜を被りハルバードを持った2人の男。
短い髪に顎鬚を貯えた神殿騎士団独特の姿。
「衛士様」
頭陀袋を担い粗末な木の枝の十字架を着けた小さな男の子。
みすぼらしい服を着た裸足の子が、衛士に呼びかけた。
「なんだ小僧」
訝しげに睨む彼の声は驕り高ぶる。
「証の品を持って来ました。上の方にお取次ぎ下さい」
型に則った一礼をする。
「ははは、隊長殿がお前のような者にお目通りを許すとても思うのか」
卑下た哂いが巷に響く。
「騎士様。僕がお会いしたいのは管区長閣下でございます」
「寝言は夜に言え」
鼻で子供の話を笑った。
神殿騎士団の位階は、上から総長・管区長・指揮者・隊長・平騎士及び従士となる。
衛士の服装は徒歩で戦う従士であるから、彼らにすれば不埒な冗談にしか思えなかった。
なんとなれば、管区長と言えば地域の長。雲上人で直接口を利くなど伝令の任に当たった時くらい。
彼らから見て上の人とは直属の上司である隊長に他ならなかった。
「童! 大概にせんと許さんぞ」
衛士は威嚇するようにハルバードの先を向ける。
「お待ち下さい。証の品です。どうか管区長閣下にお目通りを」
頭陀袋から取り出すのは麻布に包まれた棒のような物。
「お改め下さい。これが僕の本当の身分を示す、証の品です」
「証の品だと?」
受け取り麻布を開く。
「おお……」
現れたのは一振りの短剣。鞘は彫金と七宝細工の宝飾で美しく、これだけでも一財産と言えた。
では単なるお飾りの宝剣かと思えばさに非ず。柄は濡れても滑りにくい海獣の牙で、滑り止めも兼ねた幾何学文様の彫刻が施されている。鞘を払って改むると、刀身に浮かぶ光の文様。
衛士達はその美しさに、暫し己の役目を忘れ惚けていた。
「騎士様…?」
男の子の声に、我に返った衛士達の目は暫く剣と男の子を行き来していたが、やがて卑しき心根を顔に浮かべて、言った。
「小僧。どこで盗んだ」
●地下牢
じめじめとした石の壁。澱んだ空気に血の匂い。光の射さぬ岩屋の底にそれはあった。
分厚く頑丈な鉄格子の向こう。床に藁を敷き詰めて筵を掛けた寝床の上に、数人の子供が横たわっていた。普通男女を同じ牢に入れることはしないが、それが許されるほどに皆幼い。
粗末な服を着ており、中には半裸の子もいる。解れた鉤裂きの隙間から覗く肌の色が、女の子とて服の下には何も来ていない事を示していた。
カンカンカンカン。
牢番が、脅すように樫の棒で鉄格子を叩く。
「ちょっと詰めろ。新入りだ」
ガチャリと牢の鍵が開けられると、ズルズルと引きずられて来た男の子が、襤褸服と共に放り込まれた。
石の床に倒れ臥すのは、ざっと見て5歳前後の男の子だ。
殆どの子が疲れきった目で、ぼーっとしている中で、
「ぼく。しっかり! アル。お水を一杯持って来て」
一番年嵩の女の子。と言っても12歳よりは下であろうか? 彼女は隅の水瓶の近くに居る小さな裸の男の子に命じた。
「うん」
すると子供たちの中でも一番のおチビさんが、両手に木のボウルを抱えて運んで来た。
「酷い。こんな小さい子に…」
未だ幼児から抜けきらぬ体躯。背に夥しい鞭の痕。皮は裂け血が流れている。
子供達が傷口を見て騒ぎ始めた頃。ガチャリと再び鍵は閉められた。
いささか定番過ぎますでしょうか?




