王都参内-1
●王都への道
騎馬と馬車の集団が、デコボコ道を進んでいる。
護衛の任に付いたジャンが、山賊の類でも出てきたら、いつでも一合戦しようと、
痛い程に張り切っている。僕と親父と乳母・ミルテとルリが乗った箱馬車の他にも、
襲撃者を欺くために同じ形の馬車が進む。こちらには影武者と言う名目で
使用人や警護の兵の一部が乗っていた。
向かうは王都・ルテティアだ。僕がシャルル陛下に拝謁を賜る栄光の道。
だが、鉄のタイヤとバネの利いていない車軸。正直これは苦行としか思えない。
「父上。馬は駄目ですか?」
僕は余りのお尻の痛さに聞いてみる。馬ならこんな事は無い。
「若様。私の膝の上に」
乳母のミルテが言う。
「スレナス。乳母の膝に座れ。強情張らんでいいぞ」
それは溺れる者に投げられたロープ。だが断る。
「いえ。僕はもうそんな子供じゃ有りません」
どうしても不機嫌さが声に出てしまう。
理由は親父の膝の上にあった。ルリが仔猫宜しく、親父の膝に抱かれているからだ。
これ自体は、親父がルリを拷問のような馬車の苦行から護るためとは理解している。
しかしだ。ルリの首には普段は着けていない奴隷の首輪があり、
ぶら下がるプレートには、親父の紋章と以下の文字が刻まれていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
我が名はルリ。
ルーケイ辺境伯ヴァルチャー・バルディエが嫡子スレナスの奴隷。
主の寵と伯の庇護の下にあり。仇為す者は主と伯を敵に回すと知れ。
我迷いなば、速やかに主の下に届けよ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
首輪の鎖を握る親父。ビロードの服を着たルリは、愛玩動物のようであった。
ああ判っている。これはルリを護るためだ。辺境の領地と違い、身分については喧しい。
それに王都の治安は未だ悪く、人攫いの類が出ることも聞いている。
「いえ。僕はもうそんな子供じゃ有りません」
「なら今少し辛抱しろ。あと少しで帝国街道に出る」
帝国街道と言うのは、古代帝国が建設した道のことを言う。
暫くすると、確かに馬車の揺れが急に減った。
僕も漸く人心地。初めて向かう王都に思いを馳せる。
5歳の息子。ノルマンの法律にそこかしこに出て来るフレーズである。
例えば職人が親方になる条件の一つに5歳以上の息子を持つ必要があり、
他に代え難い人物を除いて、貴族が中央の公職に付く資格の1つが、
5歳以上の息子がいる事なのである。
なぜこんな話があるのか? それはこの世界・アンスロポスが現代日本とは異なり、
幼児死亡率が異常に高いためだ。殊に5歳までの男児死亡率は女児の倍を超える。
大まかに言うと、5歳の時点で男1に対して女2の割合になるのだ。
更にノルマンは大乱の為に多数の若者が亡くなり、男女比はさらに広がっていた。
現在、男だけでは手が足りなくなるため、官吏等への女性進出は著しい。
このため女性の地位は大乱以前より上昇しつつある。国の公職の3人に1人は女性だ。
しかしあくまでも家を継ぐのは男子であり、男子が居なければその家は断絶してしまう。
だから、跡継ぎの男の子が5歳を迎えると、それを大々的に祝う風習がこの国にはあった。
まして貴族の家ともなると、息子の体重と同じ穀物と銀貨、裕福ならば金貨を計って、
領民と王都の貧民に施しするのが慣わしと言う。
そして貴族の嫡子が、主君である国王に初めて拝謁できるのもこの時だ。
嫡子である事が公文書に記され、継嗣はここでその身分を王より保証される。
そんな重大な儀式を行なうために、僕は王都に向かっている。
正直、不安もある。場合によってはこのまま王都に留め置かれる事もあるのだ。
それは貴族の子弟に、より高い教育を授ける為の国王の恩寵と言う体裁を取る。
しかしその実は貴族に対する人質である。
実際、僕を産んだ母は、もう何年も王都に留め置かれていた。
シャルル王、ないしはその側近。或いは王都の公職にある貴族たちが、
武に拠って家を立てた我が家を危険視している事は間違いない。