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スレナス物語(アンスロポスシリーズ)  作者: 緒方 敬
第11章 カエサリア
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カエサリア-15

後日、カエサリア-1以降を第二部とし、中の章を分割する予定です。


●身請け

「うーん。坊やがいいんなら、あたしは文句ないけどね。いいのかい? こんな役立たずで」

 女将さんは至って良心的にスレナスに説明。おチビ過ぎて皿洗いや野菜の泥落とし、水汲みや床掃除。それに料理運びや食器下げしか遣らせていないと正直に言った。

「触らせる食器も壊れない木皿と木の杯だけだよ。料理も欲目で下拵え以前、まだまだおままごとみたいなもんさ。だから坊やの遊び相手か、せいぜい見習いの小間使いくらいしか使えないよ」

 的確な判断である。少なくとも今朝の時点では。

「それで、ジュリーを買い取るならいくらになりますか?」

 ジュリーは奴隷。宿の見習い下働きであると同時に商品でも有る。

「そうさね。使えない奴隷だから高くは無いよ。坊やは優しいから、虐待防止に高い値付ける必要も無いしね」

 孤児の将来を考えると、高くし過ぎたら自分を買い戻すことが出来ず、奴隷のまま一生を終えるかもしれない。だからと言ってあんまり廉い値段だと、危ない趣味の人や虐待して使い潰す積りの人に買われる。なので適度な値付けが難しい。そして、この考えで付けられた値段が今回の基本になる。

 女将は思案する。下限は孤児院からジュリーを買った値段の3倍が相場。食わせ、仕込み、色々と経費も掛かっているのだ。

「ジュリー」

「はい。女将さん」

「坊ちゃんがお前をお望みだ。坊ちゃんの奴隷だったら、一生奴隷のままでいいかい?」

「……」

 言い難そうな顔のジュリー。かなり困っている。

 スレナスは言った。

「絶対、ジュリーを自由が買い取れるお仕事に就けます。読み書きも計算もその他のことも。必要な事はみんな僕が教えます」

「坊ちゃん。あんた、こんな子供を教えられるほど学問を修めてるのかい」

 師匠の薫陶で、既に王の役人や地方の小領主が務まるくらいの学識が備わっていた。しかし普通ならスレナスは読み書きを習い始める年頃である。

しゅ御名みなに誓います。僕がジュリー自身以外に、ジュリーを売り渡す事が有るなら、しゅが幾重にも僕を罰しますように」

 並みの約束ではない。堅い誓約だ。

「負けたよ坊や。孤児院から買った値段の2ソルディでいい」

 それは何の技能も無い子供が売られる時の高めの値段。年頃の男を知らない娘値段の1/4。

 田舎の自由農民1家族が5ヶ月生活するに足る金額だ。

「思ったより安いんですね」

「坊っちゃんがお金持ちなだけだよ。実はこれでも高い方さ。孤児院が売る時ある程度高くして、使い捨てなことさせないんだよ。でね、反対にあんまり高くすると、将来自由を買い戻す望みがなくなるだろ」

 スレナスは、既に3匹の奴隷の主人ではあったが、何れも自分が買取った者ではない。だから奴隷の相場と言うものを初めて知った訳だ。


 書類を取り交わし、

「では、2枚。確かにお渡しします」

「あいよ。これで正式にジュリーは坊っちゃんの物だ。この場でひん剥こうと馬車を牽かせようと好きにしな」

 机に輝く2枚のソルディ。夕べのトレミーと比べて大きさが際立つ。

 その時だった。

 バタン!

「「きゃぁ!」」

 ドアが音を立てて開き、10人程の女の子達が折り重なるように床に倒れ込んで来た。

「なんてベタな」

 思わず口にするスレナスだった。


●奴隷馬車

 カタリ、コトリ、カタリ、コトリ。大きな檻を積んだ荷馬車がカエサリアの街に到着。積荷は家畜。しかしそれは豚に非ず。羊でも牛でも馬でもない。家畜に堕ちた人間、すなわち奴隷である。

 寒空の寒風に晒されて可哀想だが、ここの決まりだ。奴隷は誰からも姿が見える形で市内に入れなければならない。もし隠して入れる場合は非合法なものであると看做みなされるのだ。


 檻の中に居るのは子供達と女達。子供の大半は女の子であった。女達は皆死んだ目でぼんやりと座っており、子供達の半分は女達同様。残りの半分のうち幾人かは、檻の格子を握り締めて泣いている。さらに少ない人数が訳も判らずきょとんとし、1人の小さな女の子が積荷を検査する門衛に、思わず護って遣りたくなる笑顔を見せている。

「聞け奴隷ども。お前達の中にかどわかされし者は居るか! 在れば今訴えよ。しゅの公義に照らして、必ずや正しき裁きが下されん。嘘偽りを申すなよ。そのような者はいちの広場にて、見せしめにはりつけに処すぞ」

 書類に不備は無かったが、これもここの決まり。少ないケースだが、盗賊に襲われて売り飛ばされた者がそれを訴えて解放される事もある。伊達にしゅと法王様にのみ仕える神殿騎士団の領地では無いのだ。

 だが、この馬車の奴隷には訴えるものは居なかった。


 それでも、しゅ御前みまえに堂々と立ちたいと願う門衛は、或いは子供達の何人かが誘拐されて売られて来たのかも知れないと、念のために1人づつ声を掛けてみた。しかし、自分の村も親の名前も覚束無い有様では、早晩奴隷となる運命は変わらない。

 さらに念を押し一人一人の様子を観察する。泣き腫らして目の赤い者が居たが、暴行を受けたような跡は見つからない。


「宜しい。問題無しと認める」

 奴隷達を乗せた荷馬車は、街の中へと入って行く。

「仰ぎ乞い願わくば、我がしゅ我が神、天の父よ。彼女らを覚えて哀れみ給え」

 決まり文句ではあったが、奴隷たちの為の祈りが天に向かって投げかけられた。


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