カエサリア-5
●アロンダイト照覧あれ
異教の神々のような端正な顔。鍛え抜かれて締まった体。そして一等目立つその長身。人形の様に表情を隠し、報告を聞く壮年の男。居並ぶ甲冑の丈夫の中、唯一人平服。
「閣下。以上が事の次第にございます」
片膝を着き報告を終えた騎士。
「騎士道バカ一代。厄介な相手でございます。あれは御伽噺の住人。騎士の誓いそのままに何の利も無く動きますからな。しかし案ずることはございませぬ。彼の者の倅ならば、何も考えて居りますまい。立派な騎士が子供や軽装の者を討とうとしている。そう見ての加勢でありましょう」
彼の為に取り成しをする家臣。
「安心して良いものか。ボーマルシェの小倅めはギルドメンバー。即ち王の直臣でありますぞ」
別の家臣が懸念を口にする。
「だからだ。王の直臣がアウトローと結ぶなどありえん」
こう言う風土なのだろう。家臣達は己の存ずる所を述べるのに遠慮無い。平服の主は咎めるでも無く彼らの話を聞いている。
そして一通りの意見が出揃った辺りで、閣下と呼ばれた平服の男は、
「子供の幌馬車については早まるな。先ずは情報を集めよ」
「「ははっ!」」
家臣たちから返事が返ると、閣下はきつい眼差しで彼を睨み、
「ルイ・セラン卿。しくじったからには何か学んだであろう。此度の件、引き続き卿らに任せる」
「はっ! ありがたき幸せ」
任務を失敗して戻って来た騎士の長は深く頭を垂れた。
名門ヴィユーヴィルの家風は、逆心を除き家臣を直接処分しない事で有名である。手討ちにするくらいならば戦や危険な任務で使い潰す。そこでもし功名を上げれば、功を以って罪に代えるのだ。
だからこの程度の失敗、謹慎など以ての外。罰は骨を折る任務を以ってこれに代える。
閣下の言葉はなおも続く。
「ボーマルシェの事は偶発と看做す。敢えてこちらから事を構えねば刃を向けては来んだろう。手出し無用」
「「御意!」」
「異論のある者は居るか! あらば今言え。無くば裁きの日まで沈黙せよ」
「「ございません!!」」
「ヴィユーヴィルの印璽に懸けて誓う。アロンダイト照覧あれ!」
「「アロンダイト照覧あれ!」」
唱和する家臣たち。閣下の腰の宝剣が抜かれ、天を差して掲げられた。
●わかんない
ドアを潜ったのは、おどおどした女の子。
「ジュリ。おいで」
若様はジュリーと言う、首輪を付けた女の子に手招きした。
「女将さんは承知してるけど。3日程、僕達に付き合って貰うよ。その間宿のお仕事はしなくていいってさ。明日はお昼から街の中を案内してくれない?」
ああ。どう見ても戸惑っている。ジュリーは奴隷だ。命令される事には慣れているけど、お願いされる事には慣れていない。いきなり判断を求めたんで、どうしたらいいのか判んなくなって固まっちゃってる。
「わ、スレナス。この子怖がってるよ」
「なんで? ギー」
若は身分の違いってものを判ってらっしゃらない。
「おいで。お菓子を上げるよ」
若様がキルトの包みを解き、木箱を開けると。バターと蜂蜜の薫るもの。干した果物を刻んで生地に練りこんだもの。ジャムを乗っけて焼き固めたもの。甘くサクサク香ばしいも見た目も美しいクッキーが箱の格子に収まっていた。
「食べて…いい?」
ジュリーはやっとの事で近づくと、毛虫にでも触るかのように恐る恐る手を伸ばす。
その手に若様がクッキーを握らせた。
サクっ。一口食べると強張った表情が、見る間に氷が溶け落ちるように柔らかくなる。
つーっと、伝う頬の涙。
「どうしたの?」
と若様が聞いた。
「…わかんない」
開けっ放しの戸の後ろで、様子を見ていた女将さんが僕と若様に向かって手を振った。




