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スレナス物語(アンスロポスシリーズ)  作者: 緒方 敬
第11章 カエサリア
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カエサリア-5

●アロンダイト照覧あれ

 異教の神々のような端正な顔。鍛え抜かれて締まった体。そして一等目立つその長身。人形の様に表情を隠し、報告を聞く壮年の男。居並ぶ甲冑の丈夫ますらおの中、唯一人平服。

「閣下。以上が事の次第にございます」

 片膝を着き報告を終えた騎士。

「騎士道バカ一代。厄介な相手でございます。あれは御伽噺の住人。騎士の誓いそのままに何の利も無く動きますからな。しかし案ずることはございませぬ。彼の者のせがれならば、何も考えて居りますまい。立派な騎士が子供や軽装の者を討とうとしている。そう見ての加勢でありましょう」

 彼の為に取り成しをする家臣。

「安心して良いものか。ボーマルシェの小倅めはギルドメンバー。即ち王の直臣でありますぞ」

 別の家臣が懸念を口にする。

「だからだ。王の直臣がアウトローと結ぶなどありえん」

 こう言う風土なのだろう。家臣達は己の存ずる所を述べるのに遠慮無い。平服のあるじは咎めるでも無く彼らの話を聞いている。

 そして一通りの意見が出揃った辺りで、閣下と呼ばれた平服の男は、

「子供の幌馬車については早まるな。先ずは情報を集めよ」

「「ははっ!」」

 家臣たちから返事が返ると、閣下はきつい眼差しで彼を睨み、

「ルイ・セラン卿。しくじったからには何か学んだであろう。此度こたびの件、引き続きけいらに任せる」

「はっ! ありがたき幸せ」

 任務を失敗して戻って来た騎士のおさは深くこうべを垂れた。


 名門ヴィユーヴィルの家風は、逆心を除き家臣を直接処分しない事で有名である。手討ちにするくらいならば戦や危険な任務で使い潰す。そこでもし功名を上げれば、功を以って罪に代えるのだ。

 だからこの程度の失敗、謹慎などもってのほか。罰は骨を折る任務を以ってこれに代える。


 閣下の言葉はなおも続く。

「ボーマルシェの事は偶発と看做みなす。敢えてこちらから事を構えねば刃を向けては来んだろう。手出し無用」

「「御意!」」

「異論のある者はるか! あらば今言え。無くば裁きの日まで沈黙せよ」

「「ございません!!」」

「ヴィユーヴィルの印璽にけて誓う。アロンダイト照覧あれ!」

「「アロンダイト照覧あれ!」」

 唱和する家臣たち。閣下の腰の宝剣が抜かれ、天を差して掲げられた。


●わかんない

 ドアを潜ったのは、おどおどした女の子。

「ジュリ。おいで」

 若様はジュリーと言う、首輪を付けた女の子に手招きした。

「女将さんは承知してるけど。3日程、僕達に付き合って貰うよ。その間宿のお仕事はしなくていいってさ。明日はお昼から街の中を案内してくれない?」

 ああ。どう見ても戸惑っている。ジュリーは奴隷だ。命令される事には慣れているけど、お願いされる事には慣れていない。いきなり判断を求めたんで、どうしたらいいのか判んなくなって固まっちゃってる。

「わ、スレナス。この子怖がってるよ」

「なんで? ギー」

 若は身分の違いってものを判ってらっしゃらない。

「おいで。お菓子を上げるよ」

 若様がキルトの包みを解き、木箱を開けると。バターと蜂蜜の薫るもの。干した果物を刻んで生地に練りこんだもの。ジャムを乗っけて焼き固めたもの。甘くサクサク香ばしいも見た目も美しいクッキーが箱の格子に収まっていた。

「食べて…いい?」

 ジュリーはやっとの事で近づくと、毛虫にでも触るかのように恐る恐る手を伸ばす。

 その手に若様がクッキーを握らせた。

 サクっ。一口食べると強張った表情が、見る間に氷が溶け落ちるように柔らかくなる。

 つーっと、伝う頬の涙。

「どうしたの?」

 と若様が聞いた。

「…わかんない」

 開けっ放しの戸の後ろで、様子を見ていた女将さんが僕と若様に向かって手を振った。


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