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スレナス物語(アンスロポスシリーズ)  作者: 緒方 敬
第09章 秘密のお使い
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秘密のお使い-1

●宝剣

 かげり行く光の中で、僕が小径こみちを歩いて行くと、堀と掻き上げ土塁と木柵に囲まれた小山が1つ見えてきた。

 その麓に丸木で出来た小屋が1つ。小山の上には煉瓦の家。いや昔の北海道の写真に出て来るサイロを思わす塔の様な建物がある。

「早かったな。一瞥以来だ」

 その声は、

「国王陛下!」

 僕は咄嗟に声に向き直ると跪いた。

「立て、ミラの代官・青銅士スレナスきょう。内々故、略式で良い。詳しくは中で話そう。付いて参れ」

 嬉しかった。陛下は僕を一人前の騎士として遇している。


 建物は、小さく簡素ながらも立派に砦の役割を果たしていた。王は語る。

「ここは、先祖が初めて城を築いた場所だ。王城の始まりとも言える」

 大河の中島の要衝に人工の小山を築き、周囲を堀と掻き上げの土塁で囲う。土塁に木柵を巡らし、小山の上に倉と小塔。小山の下に舘を構える。最初はこんな簡素な城から王都ルテティアは始まった。

 舘の一室には大きな円卓。その昔、王とその直臣が軍議を開いた由緒ある物だ。

「腰掛けよ。スレナス卿」

 席に着いた陛下は、右の席を僕に勧める。本来そこは宰相や王太子の席なので、

しんには畏れ多くて座れませぬ」

 当然辞する。だが陛下は、

「良い。座れ。ここには余とスレナス卿。おんみしか居らぬわ」

 って勧める。

しゅよ。過ぎるえいを賜る我を護りたまえ」

 祈りつつ着席した。


おんみをここに呼んだのは、余の使いを頼む為だ」

 僕が腰掛けるなり、陛下は口を開かれた。

「些か危険な役目である。不測の事態も予想されよう。だがこの使い。仔細が在っておんみ以外の他の者には任せられぬのだ」

「と、申しますと?」

「使者に求められる条件は、敵地にて唯1人にて自身を護れる腕・高い学識・相応の身分・一目で子供に見える者。そして余の直臣であることだ」

 確かにそれら全てを満たす者は少ないだろう。僕はどうかと言うと、

「後の3つは満たすでしょうが、最初の2つが疑問です」

「ギルドの青銅士ならば、最初の1つは満たしておる。学識は謁見の際余が判断した。子供といえども、おんみは余の直臣。頼りにしておるぞ」

 ひゃあ。外堀は埋まられていましたか。

しんは未だ幼く、しかも継嗣故。当主の許可が要りますが」

 親父にはまだ、他に実子は居ない。でも陛下はにやりと笑い。

「案ずるな。既に話は着いておる」

 いつの間に。既に内堀も埋まってましたか。

「後はおんみの返事次第だ。辞退も許す。だが、仮令たとえ断るとも今より話すことは他言無用と知れ。卿と父君ちちぎみのルーケイ伯。そして冒険者ギルドの幹部他関係者しか知らぬことだ」

 そう仰った陛下は、一振りの短剣を鞘ごと僕に手渡した。

 彫金と七宝細工に彩られた美しい鞘。柄は幾何学文様の彫刻が施された海獣の牙。単なる飾りではない。彫刻によって吸い付くように手に馴染む。

「許す。抜いてみよ」

「はい陛下」

 僕は利き手で鞘を掴んで、剣を抜かずに鞘の方を動かして抜いた。

「ダマスカス…」

 唇に上るその単語。ノルマンで入手可能な鍛鉄剣の最高峰。魔法の剣で無いにも関わらず、並みの鋳造剣ならば、打合わせれば容易く切り裂いてしまうと聞いている。

 その特徴は剣に浮かぶ美しい文様。光を受けて輝く様は、宝石にたとえられていた。

 事実、下手な宝石など足元にも及ばぬ高価な代物で、これ一振りで一城の価値がある。

「…しかも、魔剣ですね。これは」

「良く判ったな。流石ギルドメンバーだ」

 陛下の目がお笑いに為られた。僕も僕自身を誉められて知らず顔が綻ぶ。

「バルディエはゴグの抑え。だが、今1つの役割がある。存じておるか?」

「はい陛下。恐らく隣領、と申しましても大森林を挟みますが、神殿騎士団の飛び地に対する牽制でございましょうか」

「ほう。チャンピオンが得意げに話す筈だ。ならば余も遠慮は無しにしよう。スレナスきょうおんみに命じる。この剣を携えて、隣国オクシタニアのマッシリアの街に赴き、神殿騎士に渡して余の言葉を伝えよ」

「神殿騎士の支部は王都にもございます。何ゆえ彼の地に参るのでしょう。しんは使者として相応しいのでありましょうか?」

 その答えは意外なものであった。

「塩だ。卿の言う専売を布くには、協力を取り付けるか、さもなくば排除する必要がある。マレのロシェルと共に未だ王家の掌握出来ぬ土地なのだ。しかも、彼らは法王様以外の命に服さぬ特権を持っておる。ノルマンで在りつつ、別の国と言っても差し支えない」

 封建契約は、主君が家臣に領地を与えたり、家臣の領地に対する支配権を保証。代わりに家臣は、主君の命に服し奉公する義務を持つ。奉公とは一般に軍役を意味するが、収入の一定割合上納や特産物の献上なども含まれていた。

 元よりノルマンは封建国家。王の威令は王領のみに及ぶもの。とは言え、家臣の領地に全く影響力を持たぬわけではない。流行り病でもあれば封鎖命令を行使できるし、領内に恩赦や罪人の引渡し命令も出せる。戦時等非常時には兵糧の徴発も出来るのだ。

 然るに神殿騎士団領はその限りではない。要請は出来ても命令は出来ない。自国に王権が全く及ばない地域を抱えているののが現実だ。

 陛下は威儀を正し、僕に命じた。

「気を付けよ。上はともかく末端では、ならず者紛いの手合いがおる。

 無論、しゅつるぎに相応しい騎士とて少なくは無い。

 だが嘆かわしきことに、心根が盗賊にも劣る恥ずべきやからが横行しておると聞く。

 本来、教会の守護者であるべき神官騎士団だが、特権が彼らを腐らせたのだ。

 良いか。不測の事態が起こった場合、躊躇なく役目を放棄し逃げよ。これは王命である」


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