転生-5
●僕の生まれた世界
親バカと英才教育。そして赤ん坊とバカにしない師匠。
耳に心地良い韻文と、この国のかたち。凡そ、僕のいる世界の事情が掴めて来た。
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この世はアンスロポスと呼ばれている。
名を記す事も憚られ、ただ『主』と呼ばれる神によって創られた世界だ。
世俗の支配者とは別に、教会が人々の心を支配している。
国の名はノルマン。王政を布く封建国家だ。
古代帝国が衰退し辛うじて命脈を繋いでいた時代に、北の海を越えてやって来た部族の裔。
帝国を滅ぼした連中を、皇帝陛下の仇を討つと言う大義名分で征服して版図を乗っ取り、
教会によって支配権を認められて今日に至る。
ノルマンの民は元々別の神々を信じていたので、今日もその痕跡が残っている。
神々として祀られた過去の英雄は、『主』の道を歩んだ聖者に。
自然を祀った神々は、『主』に地を任された精霊に。
信義・正義・公正・融和・知恵と言った物が神格化された神々は、『主』の御使い(みつかい)。
即ち天使と名を変えて、今日まで崇拝されている。
古代帝国の意を受けた教会が、異教徒ノルマンの取り込みを謀った為だ。
現在の教会は大別して二派に分かれている。
1つが『主』を荒ぶる父とする会派で、万人司祭主義を採り、聖職者を教師と位置づける。
1つが『主』を慈愛の母とする会派で、教会主導により人々の救済を図る。
前者は人の行動をより重んじ、後者は心のあり方を重視する。
何れも互いを忌むことは無く、同じ1人の教皇を指導者として仰いでいる。
因みに現在の教皇は『父の会派』の出身で、政策や指導もそちらよりなのだそうだ。
僕の前世は日本人であったから、詳しい事までは判断できないが、師匠の語る経典の内容に
前世の僕が知るキリスト教への強い類似性が認められた。
しかし面白い事に、異教を取り込んだ今の教会には輪廻思想がある。
さて、身近な話を纏めると、ここ10年のノルマンは王家が簒奪されて中断。
全土を揺るがす大乱を経て王太子シャルルによる王家復璧となる動乱の時代であった。
その中で以前の名門は没落し、滅びぬまでも嘗ての権勢を失ってしまった家が多い。
その代わり、我が家のような出来星貴族も生まれている。
我が家は辺境伯。厄介払いも含めて、油断ならない隣国ゴグに備え大封を与えられた家だ。
領地こそとんでもなく広いが、ようは敵国からの防波堤。農地どころか住民も碌に居ない。
大半は森林と沼沢地。ゴグに接する平原があるだけだ。辺境も良いところである。
このため親父達は、金と言う手っ取り早い方法で必要な住民を確保したのだ。
平たく言えば、奴隷の購入。結果うちには他領のような農奴が居ない。
入植に応募したごく一部の自由農民と、傭兵上がりの作り取りの権利を持つ屯田兵。
そして領主の奴隷が居るだけである。
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「ふわーっ」
ルリが大きな欠伸をした。仕方ない。お子様には退屈だけな話だから。でも、
「無理強いしても頭に入らぬ。今日はここまでとしておこう」
「うー。ああだぁ!」
バンバンと床を叩いて続きをせがむ。
言葉は判るし、読み上げ箇所を指で差しながらの朗読に、少しずつ綴りも覚えて来た。
だが、未だ赤ん坊のこの身体が、僕に喋る事を許さないのだ。
師匠は大きく息を吸って吐いて、
「若様、もっと聞きたいのですか」
「あう」
僕はこくりと頷いて、大人しくする。
「判り申した。つづけましょう」
今日も、僕の幼い身体が、不意に意識を刈取られるまで、
師匠の講義は続けられる事だろう。