表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スレナス物語(アンスロポスシリーズ)  作者: 緒方 敬
第01章 転生
5/102

転生-4

●ルリのお仕事

 大人しく手の掛からない赤ちゃん。それが私のスレナス。

 必要な時以外泣いたりもしない。レオニールのおばかさんが耳を引っ張っても、

 大抵はニコニコと笑っている。

 最近は這い這いや掴まり立ちを始めたけれども、見てて安心していられる。

 神託の子だって聞いたけれど、ほんと不思議な子よ。


「ルリや。後はお前の返事だけだ」

「は、はい。お殿様」

 いっけない。つい考え事を。私はスレナスのパパに呼び出されていたんだっけ。

「人は自分の物語の中でしか、世界を理解できないと言う。確かに奴隷のお前にはありえない話だったな。聞いているのに聞こえないのも無理なかろう。もう一度聞こう」

 スレナスのパパは今の話をやり直した。

「今日からスレナスの学問の師匠が来る。ルリ、お前をスレナスと一緒に勉強させようと思う」

「はい」

 頷くと、合わせて今後おっぱい以外全て、スレナスと同じ料理を食べるよう言い渡された。

「本来、ルリのような小さな子に遣らせる事ではない。その点済まぬと思っている」

 その言葉に、さっと血の気が引いた。つまりそれって、

「小鳥を鉱山に連れて行くのと同じだね」

 赤ちゃんやちっちゃい子の身体は弱い。大人の毒見役では全然平気な毒でも命取りになる。

 言いつつ、改めて自分が奴隷になっている事を思い出した。

「その代わり、料理は常に二人分用意しよう。食い物は贅沢をさせてやる。

 命懸けの務めだ。先ずは妥当な役得となろう」

 そう言って、私の前に一皿の菓子。

「わー、タルトだぁ」

 卵と牛乳と砂糖をふんだんに使ったふわふわのパン。

 それに濃いジャムを塗って巻物の様に巻いたお菓子。私の大好物だ。

「知って居るのか。初日の耳年増と言い高級菓子の事と言い。元は相当なお嬢様のようだな」

「むーっ。ルリわかんない」

 ここに来てもう半年になる。お家の事は思い出せない。

 スレナスのパパの手が伸びて、私を抱き上げ、

「わからんでは家に帰してやる事も出来んな」

 優しい目でそう言った。


●師匠

「バルディエ閣下。これが私の弟子なのですか?」

 一番上が5歳くらいの女の子。次は3歳くらいの男の子。ここまでは良いとしてもう1人。

 やっと掴まり立ちが出来るようになった赤ん坊が座っていた。

「その赤ん坊がスレナスだ。

 判らずとも良い。朝に夕に先生の講義を聞かせてやって欲しい」

 本気らしい。

「お歳ゆえ、お休みになるのでしたら構いませぬが、むずかるようでしたら遠慮なく、

 若様と言えども席を外して頂きますぞ」

「当然だ。だが、それは無いだろう」

 なんたる親バカ。戦場では瞬時に打つ手を繰り出す俊英も、

 我が子となるとここまで愚かになれるものか。


「そう思っていた時期が私にもありました」

「だから言ったであろう」

 相変わらず親バカなバルディエ閣下。

 赤子に理解できるわけも無いが、歴史を語り古典詩を聞かせる。

 確かに私の危惧どおり、中の男の子は何度も退場させ、遂にはまだ早いと参加を断った。

 しかし、一番小さな若様は、むずかるどころか嬉々として私の講義を聴いている。

 撒いた種が全て実りをもたらす筈など無いことは、私だって知っている。

 それでも私は高揚する。この若様、少なくとも学問好きにお育ちになられると。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 主を畏れる事が知恵の始まりであり、老人の話を聞くことが学問の始めである。

 賢者に千に一失あらば愚者にも千に一得あり。耳有る者に人は語り、耳無き者に口を噤む。

 善人に隠れし咎ありて、悪人に気高き大義あり。言うを成すを義人と呼ぶ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 私はいつも『箴言の書』の一節を講義の前に読み上げる。

 それだけで若様はこちらに這ってこられ。間近にお座りに為られるようになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ