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スレナス物語(アンスロポスシリーズ)  作者: 緒方 敬
第06章 懸想文
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懸想文-9

●口説き文句

 クレマン隊長が冒険者ギルドを訪れている頃。郊外の平原に、アレクシアス・フェザントは密かにスレナスの父親を訪ねていた。偶々遠乗りで出くわした態を取って。

「愚息が世話になっている」

 馬上、鞘ごと抜いた剣を右手に持ち、鞘と柄を一緒に握りこんだまま会釈するバルディエに、

「ご謙遜を。ご子息はちゃんとギルドに貢献されておりますよ」

 アレクシアスは鐙を外して返礼する。

 共に戦場往来の儀礼である。

 片や利き手に鞘から抜けぬよう握りこんだ剣。即ちバルディエの有り様は、相手に刃を向けぬと言う意志であり、片や鐙を外し馬上の利を捨てる。即ちアレクシアスは自衛の為の戦いしかしないと身を持って表明する。

 それは、家名を背負い絶対に討たれる事があっては為らないバルディエと、剣によって立つアレクシアス。2人の置かれた立場をも象徴していた。


 バルディエは辺りを見渡し、

「さて、ここならば立ち聞きされる事も無かろう」

 さして草も茂らず周囲が見晴らしの良い平原は、姿を隠して潜む事が難しく、密偵にとっての鬼門。内緒話は密室よりもこちらの方が安全なのだ。

「単刀直入に聞こう。先の決闘に関してなのだが…」

 アレクシアスが説明を求めた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 そもそも、カルディナス家とのフェーデはどう言う経緯であったのか?


 敗れたカルディナス領の農民が根こそぎ居なくなったのは

 本当にバルディエによるものなのか。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 アレクシアスは、貴族同士の私戦からは距離を置いていた。正確には、チャンピオンを務める彼の立場が特定の貴族に肩入れするのを阻んでいたとも言う。

「経緯については、噂ぐらいは聞いているであろう」

 切り込むアレクシアスの言に、バルディエはふっと鼻で笑う。

「ああ。だが余りにも民衆受けする脚色が為されている」

 関わってしまった以上、火の粉を払うに足る情報は必要。詳細はともかくあらましを聞いておかねばなら無い。

あたたらずといえども遠からずだ。少なくとも、わしは広くそう思われているし、それを利用もしているのは間違いない。と言っておこう」

「半ばおんみの計としても、卿の敵が成り上がり者の権勢を妬んでと言うのもあるのだな」

「間違いなくそう言う機運があった。現にうちは3家の連合軍を打ち払っている」

 事も無げに言うが、カルディナス家側とてノルマンの大乱を生き残った貴族。それが連合したとあっては、如何にバルディエとて容易に勝てる相手ではない。

 それをアレクシアスが指摘すると、

「わしにフェーデを仕掛けた時点で、奴らの負けよ。平時では到底打倒出来ぬ相手だが、戦場に引きずり出せば話は別だ。敵の当主達も一廉ひとかどの将に違いないが、却ってそれが命取り。名将3人は凡将1人に劣るのだ」

 髭を扱いてバルディエは笑った。水面下でも凄まじい手を打ち合って居た事は間違いない。

「なるほど、武力のある名門と、武に拠って家を興したバルディエは並び立たぬか」

 アレクシアスが確認すると、

「いや。それだけで有ったなら、カルディナスとは手を結べたかも知れぬ」

 バルディエは遠い目をした。

「すると、あの神託が原因か?」

「ああ。しゅも、罪なことをなさる。レイン一族に下された神託がカルディナスの盟友達を焚きつける事になった。内容は知っての通りだ」

 カルディナス家の長女マリーにも、『地を統べる者』と言う神託が下っていたのだ。それもスレナスと同様、代々しゅ御声みこえを聴く者を輩出する不思議な家として知られる神官の家レイン一族によってだ。

「奴らは2つの神託を、カルディナスがきさきを出す預言。バルディエが息子の代に簒奪を謀る預言。ならば王家の藩屏としてバルディエを討たねば為らぬ。こう解釈したようだがな」


 ところで、神託とは成就するまで本当の意味が隠されているものが多い。

 例えば、軍を催した王が『もしあの河を横切るならば、偉大な国家は滅亡する』との神託を受け、彼はこれを戦いの勝利と解釈した。しかし、その戦いは大敗北で彼も壮絶な戦死を遂げた。

 神託は外れたのだろうか? いや的中したのである。ただ、彼が望んだ通り敵国が滅亡したのでは無く、彼が滅ぼしたのが自分の国であったと言うだけの話だ。

 例えば、『お前を殺す事の出来る人は居ない』は、原語の人と言う単語が男女の男を指す言葉でも有る事から『女によって殺される』と言う結末だったり。

 例えば、貧しく今まで1つも良かった事の無かった者に下された『お前は最高の幸運に包まれて死ぬ』が、博打でツキまくり孫の代まで遊んで暮らせる富を手に入れたものの、彼自身びた一文使う事も出来ず、『悦びの衝撃で息絶えて仕舞う』結末であったり。

 例えば、行方不明の子供を捜す親が『まだ生きている。だが血まみれになって見つかる』と言う神託を読み解き、『ワインの酒舟の中で溺れている子供』を発見して事なきを得た例もあるのだ。

 現在のノルマンにおいて、神託とは軽視出来ぬ偉大なものである。しかしどんなに良い神託だとて運命に対して謙虚で有らざれば、思わぬ落とし穴がある。反対に悪しき神託であっても、思慮深くかつ勇敢に立ち向かえば、却って幸運を呼び寄せることも珍しくないのだ。

 総じて、祝福と呪いは表裏一体。全ては終わってみないと解らないのである。


「結局。カルディナスの家は、しゅの賜物をもてあそんだ咎を受けたのだ。多く任された者は多くを期待される。我が身に余る物を受けたと思うならば、人に貸し出して利子を取るのが分別と言うもの」

 はらの底で何を考えているのか解らないが、バルディエは神官のような口を利く。

「それにしてもバルディエきょうおんみは何を仕掛けたのだ? 賠償で荘園ごと農奴を奪ったと言うのならば解るが、庇護下にあった自由農民はおろか、家臣の端にある郷士連中まで居なくなったと言うでは無いか」

 為に荘園しょうえん食邑しょくゆうも一度に耕す者が居なくなり、急速に没落して行ったと言う。

 因みに荘園も食邑も共に領地なのであるが、荘園とは農奴によって耕作される私有地で、食邑とは主君から徴税権を与えられた、自由農民が耕作する土地を指す。前者は収穫物の定率物納であり、後者は定額の金納と言う違いは有るが、共に貴族財政の根幹を成す物である。


 バルディエは黙ってアレクシアスの述べる噂の数々を聞いていたが、何をしたと言う質問には笑い出した。

「わしが求めたのは、希望する領民に移動の自由を認めよだ」

「おい。カルディナス家もそこそこに善政を布いていた筈だぞ。いくら領地からの移動を認めたとて、土地を離れれば生活出来ん。中には職人に成りたい者も商人に成りたい者も居たとは思うが、今まで農民として暮らして来た者が、おいそれと徒弟や丁稚の勤まるだろうか? 一部の才と情熱のある若者だけならばいざ知らず、一家総出でだぞ」

 その言葉にバルディエは哂う。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 カルディナスも盟主として奉じた家もそう判断した。

 だからこそ易々と神官の前で聖書に手を置き宣誓したのだ。


 その上で影の者を使って話しを広めた。

 農奴には初年の食料と3年の免税。そして家畜の進呈。

 自由農民には開拓済みの土地を、カルディナスの倍与えると。

 一応わしも辺境伯なのでな、騎士に採り立て、荘園の代官に就かせる事も容易い。

 郷士達にはこれを伝えた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「つまり、カルディナスの領民に調略を仕掛けたのか」

 アレクシアスは少し呆れた。普通、調略とはキーマンに対して仕掛けるものであるからだ。

 バルディエは澄まして、

「然り。なにしろ名門の彼らと違い、うちは腐るほど土地はあるが、人は足りないのでな。結果として実入りは倍増したぞ」

「バルディエ卿は人誑しと聞いたが、噂以上だな」

 やれやれと頭を掻くアレクシアスに、バルディエは架空のバルコニーに向かって芝居掛かった求愛のポーズを取り、

「女を口説くのと同じだ。特別扱いしてやれば良い。カルディナスが思うよりも、お前の価値は高いのだと。後はそれを形にしてやるだけだ」

 と、言い切った。

 少なくとも今よりは報われる。好餌に領民は釣り上げられた。

 結果、農民の大量流出と相成ったのだ。


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