うちの人にかぎって-3
●おかみさんたちの不安
毎日の洗濯を行なう水場では、ここのところ集まるおかみさん達の表情は冴えない。
いつもより口数も少なく手を動かしているところに、数人の影が近づいてきた。
「あの」
と、彼女達に声をかけたのはシャルロッテ・ブルームハルトだった。
顔を上げた女は、聖職者の服を着た女性に一瞬驚く。
が、すぐにギルドに依頼を出した件で来てくれた冒険者達だと気づいて、
洗濯の手を止めて立ち上がった。
その手をすかさずスレナスが取り、貴婦人にするように頭をたれる。
「はじめまして。ご婦人方の不安を少しでも解消できればと思い、参上いたしました」
きれいな黒髪に透き通るような白い肌。そして貴族のような上品さ。
こう言う態度を取られることに免疫のないおかみさん達は、相手がまだ自分の息子程の
小さな男の子であると言うのに、年甲斐もなく頬を上気させて舞い上がってしまった。
「はいはい、お愛想はそれくらいにして」
と、シャルロッテがスレナスとおかみさんを引き離す。このままでは話が進まない。
「旦那さん達のことを聞きたいのですが、出かける前と後で何か違いは有りませんでしたか?
例えば匂いとか。あとは体に傷が増えていたとか」
「そういえば、かすかにだけど食べ物の匂いがしていたわ。あと、傷はないわよ。
お酒の匂いはないのよね‥‥」
「ふぅむ。他は?」
「家を出る前は少し不機嫌そうでも、帰って来るととても満たされた顔してるのよねぇ」
これは別の女の言葉だ。
このことが気に入らないのか、彼女は少し不満そうに口を曲げていた。
「費用はどれくらいするんだ?」
と、これはアレクシアス。この質問に、おかみさん達の表情は一斉に渋くなった。
「うち‥‥もう家賃支払えないかも」
「えぇ!?」
アレクシアスと妻達の驚きの声が重なる。
その妻はがっくりと膝をついてうな垂れた。
さらに聞いてみると、他の家の家計もそろそろ危険ラインを突破しそうとのことだった。
それを訴えても、夫達は健康生活会へ通うのをやめないらしい。
よほどの理由があるのだろうか。
「それで、その旦那さんの後をつけた人はいないのか?」
アレクシアスの続いての問いかけに、赤毛の娘のような歳若いおかみさんが
遠慮がちに手を挙げた。
「心配なので、つけてみたんだけど‥‥。途中で転んじゃって見つかっちゃいました」
ドジッ子だったようだ。
「ねぇ。旦那さん達もそうだけど、風体のいかがわしい奴らのことも聞いて良い?」
と、今度はスレナスが最近郊外に集まっているという柄の悪い連中について尋ねてみた。
「なんて言うか、見張られているような見られているような。気味が悪いのよね‥‥
特に被害はないんだけど」
彼女に同意するように他のおかみさん達は頷いた。
見るからにいかがわしい男達が町を歩き回る。
それもおかみさん達に『見張られている』と言うプレッシャーを感じさせるように、だ。
確かに気持ちは落ち着かないだろう。
暗澹とした顔のおかみさん達をどうにか元気付けようとスレナスは口を開きかけたが、
何と励ませば良いのか判らず、開きかけた口は閉ざされた。
そんなスレナスの肩を、シャルロッテは優しく叩く。
それで気持ちがほぐれたのか、主はスレナスの舌に素直な励ましの言葉をお与えに為った。
「安心して僕達に任せて下さい」
ほっかりとした微笑みに、おかみさん達の憂い顔に光が射しこんだようだ。