三つの決闘-6
●母の膝
親父と宰相閣下が居なくなり、僕1人だけ残された。
う~ん。気まずい。何が気まずいって、お袋が僕を赤ちゃん扱いなんだ。
前世の意識があるせいか、膝の上って居心地が悪い。
弱った。いつも一緒に居るルリや乳母のミルテとは違い、僕に免疫が無い。
13で僕を産んだお袋は、この世界でも幼な妻の部類に入る。
これは僕の主観だが、人生50年と言われ満14歳で成人と看做されるノルマンでは、
平成の日本で言えば18歳で子供を産んだヤンママみたいな感覚だ。
僕と同じ黒髪をウィンプルとベールで隠していなければ、
10人が10人、嫁入り前の娘と見間違える事だろう。
カララン。カララン。教会の鐘が正午を告げる。
「あ、母上。僕は自分で食べれます。流石に膝の上であ~んは無いかと…」
向こうは幼い息子を可愛がっているだけなのだが、気恥ずかしさが表に出る。
物凄くクサイ芝居を見た時の様に、いたたまれなくなってしまうのだ。
でも、
「は。母上…。何もお泣きに為らなくても」
僕に抗う術は無い。侍女たちが微笑ましいと笑ってみている。
僕はひたすら親父の帰りを待つしかなかった。
●マリーはいずこ?
吟遊詩人が歌う物語のような引き分け和解で終わった、アレクシアスとバルディエの決闘。
直後の熱狂的な群集の騒ぎは、まるでお祭りのようであった。
「俺は勝たずに引き分けてしまったからな。
冒険者ギルドとしては依頼金を返さなくちゃ駄目だろう」
アレクシアスは当初の予定通りの言葉を口にする。これで身柄を拘束される前に
金を突っ返してキャンセルを掛ける。幸いにして首尾良く行った。
騒ぎで揉みくちゃにされながらもアレクシアスは善き仕事の余韻を愉しんでいた。
間も無く駆けつけた警邏隊が睨みを利かしたので、不測の事態を迎える事無く
広場の熱狂は収束した。だが、
「あれ? マリーさんは?」
リュックは辺りを見回す。
決闘が終わった直後には広場に居た彼女の姿がどこにも見えない。
「あたしも途中から見失っちゃったよ」
また不審者が何かしでかさないかを重点的に見張っていたガレットは、
混乱の中で人込みに紛れてしまったと説明する。
「確か、この決闘が済み次第、マリーさんは自分を奴隷商人に引き渡すと言ってましたよね」
ヒールがぽけぽけな感じで口にした。
「拙いですね。これは。例の奴隷商人は、公には市の準備で王都を留守にしている。
そう言う事になっています。交渉に行っても掴まらないでしょう」
シャルロッテは事は15ソルディでは済まぬかもと気を揉む。
「前々から噂が流れていた奴隷市場は、いつ開かれる?」
アレクシアスの問いに、
「不正規のものは左岸地区で開かれていますが、正規のものは次の主の日か翌日です」
シャルロッテが答えた。
正規で高値が付く商品を、誰もわざわざ危ない場所で売る危険は冒さないだろう。
「チャンピオン。贖いの権利を行使するなら、便宜を図るぞ。
卑しい奴隷商人の好きにはさせん」
声を掛けたのは警邏隊の隊長クレマンだった。




