チャンピオン-5
●悪評
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バルディエと言えば油断のならぬ男で有名だ。嘘か誠か知らないが、
敵対貴族の領地へ、一度捕らえた盗賊や野盗団を助命と引き換えに送り込んだり、
何人もの高利貸しの金主になっていたり、多数の奴隷を買い漁っていたり。
あまり良い噂は聞かないな。
カルディナス家の令嬢・マリー殿が奴隷に身を落としたのも、元はと言えば奴の家との
抗争が原因だ。フェーデの賠償として、領地から農奴をごっそりと持って行ったらしい。
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僕がその嫡男とも知らずに、アレクシアスと話している冒険者。もう遅いかも知れないが、
僕はルリに、服の中に首輪のプレートを隠させた。
●仕切る女
ルーケイ伯の王都別宅。
「本当に、男どもは役立たずですね」
ぼやくミルテ。奥方が本宅から出れないため、こちらの家政は全て彼女が仕切っている。
行儀見習いや臨時雇いの下働きを指揮して、長らく留守にしていた舘を整えて行く。
その間、ジャンを含めた警護の者は、ただ突っ立っているだけ。
彼らの役目上どうしようもない事だが、邪魔な事この上ない。
「ミルテ様。このクロスはどちらに」
「厨房に隣接した部屋のテーブルよ。埃を被っているはずだから、敷く前に雑巾掛けしてね。
ジャン。この子と一緒に買い物に行って来て。子豚を2匹にガチョウを3羽。
パンとワインを50人分。酢浸けの野菜にチーズ。バターと砂糖も仕入れて来て。
若様が大好きなジャガイモとビーツ、ラデッシュとホースラディシュも忘れないでね」
「乳母殿。了解しました。おい。2人ばかりついて来い」
退屈していたジャンは嬉々として出向く。
(男爵様を買い物に行かせるってどうだろう?)
と思いつつも、下働きの娘は市場へと先導した。
●悪党とは思わない
参った。ずっと聞いていると、うちは悪魔の家のようだ。辺境伯に封じられてより、
対立して潰した家が10を超える。1年に2家は潰している計算だ。
例えば、2年ほど前に連合3家が仕掛けてきたフェーデを粉砕したことがあったらしい。
ルーケイ軍の精強を世に知らしめ、莫大な身代金をせしめた事件として有名なんだそうだ。
長々と続いた噂話も終わり、冒険者が広場を去って行くと、
「すまんな。気の利かぬ男で」
アレクシアスは知り合いの為に頭を下げる。
「え? なんでです?」
僕が聞くと、
「ルーケイ伯には、スレナスと言う神託の息子がいるそうだ」
あちゃー。ばれていたか。アレクシアスはにっこりと言った。
「しかし、スレナスも変わってるな」
「僕、変わってますか?」
「ああ。俺は初めて見たぞ。奴隷を庇って鞭打たれる貴族の子供って奴を」
思ったより好意的な態度だ。僕は気安く、
「赤ちゃんの頃からずっと一緒ですから。ベットも食事も学問も」
説明する。一応僕が主人と言うことになっているが、話す事でもあるまい。
「ほう。奴隷に学問か。意外だな。いや、帝国の善き遺風か」
子供には勉強させるもの。僕にとっては当たり前のことに感心するアレクシアス。
「意外なんですか?」
この時、僕にはなぜ彼がそう言うのか分からなかった。
「人は色々悪く言うが、ヴァルチャー・バルディエ。俺は決して悪党だとは思わんぞ。
子は親の鏡と言うからな」
気を使ってくれている? 僕は頭を撫でられて少し照れた。
アレクシアスの鎧は革かと思えばちょっと違う。鎖の鎧の上に皮を張った複合鎧だ。
まじまじと見ていると、
「スレナスは目が肥えているな。俺の先祖が功名で手にした魔法の鎧なんだ」
そう言うアレクシアスの瞳は少年のようだ。




