エキャルラット商会-3
ルージュ商会をエキャルラット商会に変更し、
章タイトルを「エキャルラット商会」に変更しました。
●見守る人々
商人の名はピエール・エキャルラット。エキャルラット商会の代表で、マッシリアを拠点に手広く商いを遣っている。
蜜蝋・羊毛・絹・ガラス・香辛料。扱う品も多岐に渡る。商会では商品の1つとして人間も扱っていた。
現代日本人の感覚では、奴隷商人に悪いイメージしかない。しかしこの世界、アンスロポスでは重要な産業の1つでもあり、形を変えた社会保障の形態でもあるのだ。
特に古代帝国の流れを汲むノルマンや周辺諸国の法では、奴隷で生まれて奴隷のまま生を終えるケースは稀である。奴隷の解放は珍しい事ではない。
例えば娼婦として客を取らせる場合、主の掟に適う為に借金を負った自由民とする。例えば鉱山等の事故で死んだ場合、罪の咎で奴隷となった者でなければ自由民として葬るのが通例だ。
女ならば、主人のお手付きになればその瞬間に自由民の立場を得る。有望な少年には主人の養子に迎えられる可能性すらある。
金を貯めて自分自身を買い取る者。能力が無くとも長年の奉仕に対して自由を褒美に与えられる者。形態は様々だが解放奴隷になる道は狭くは無い。
そして既にスレナスは、早くも初日からそのコースに乗っていた。
「もう良いのか? 暫く様子を見る予定じゃんか」
いざと言う時援ける為、ずっとスレナスを見張っていたロート・ブリレが唇を尖がらす。
「ともかくもうよしな。あたしが女としてキミを許せているうちに」
厳しい目で睨むレイの眼差し。
「だから不幸な事故じゃん。たまたまだぜ」
「そのたまたまが何度連続した? ん?!」
スレナスを見張って7日の間に、宇宙の法則を無視して発生したハレンチの数々。一々挙げて行けば、18禁間違いなしの場面の多さにレイは少々疲れていた。
四六時中気を張っていなければ、レイだっていつ、お色気担当ヒロインになってしまうか判らない。そんな運命の理不尽さを実感したのだ。
「こっからあたし1人でやる。いいからキミは宿に帰ってて」
有無を言わさず追い返す。
「オレが何をしたんだよ」
ロートがとぼとぼと街の小道を歩いて行くと、
バサ! 上から何かが降って来た。
「きゃー!」
若い女の子の悲鳴と共に、石造りの建物から落ちて来たのは下着の入った洗濯物の籠だった。
●一人娘
ピーン。インクを付けた糸が弾かれ、羊皮紙に線を写す。墨壺と呼ばれる大工道具を使い創られる方眼。随分前準備に手間は掛かるが、スレナスが齎したグラフと言う技術は手間の何倍もの成果を上げている。
この方眼に点と線を記して行けば、倉に幾ら入っているのかも塩や穀物の値段の変化も、未熟な者でも読み書きの出来ない者でも一目で判ってしまうのだ。
「スレナス。デカルトって賢者様は、本当に偉い人だね。学問に王道を創ってしまうんだもの」
親しげに声を掛けるのはピエールの1人娘ヒチロ。父と異邦人の母との間に生まれた、スレナスよりも2つ年上の今年7歳になる賢い女の子だ。
「御者に帳簿。ほんとスレナス凄いよ。でもスレナスはちっちゃいんだから、少しは遊んで来ても良いんだよ。お昼済んだら行ってらっしゃい。パパなら大丈夫。ヒロが責任持つよ」
にこにこしながら熱心に勧める。そこへ、
「ヒ~ロ~。確か午後からは、算術のお勉強だった筈だけど」
石盤を手に帳場へやって来た少年が釘を刺した。
「えへへタスク。そう硬い事を言っちゃ嫌だよ」
「駄目です。大事なお勉強でしょ!」
タスクはヒロより6つ上の13歳。ヒロの乳母の息子であり、早くから見習いとして帳場に入り成人を前にして中堅の地位に就いている少年である。
幾つかの科目において、ヒロはスレナスの教え子だ。父ピエールはスレナスを秘書として鍛えつつ、娘の学友にする予定であったが、今までの先生よりも教えるのが上手いんだからしょうがない。
「えー! 午後はお買い物に行きたいんだ。だってルシタニアから隊商がやって来たんだよ」
「そんなの明日、俺が連れて行ってやるよ」
「でも、市に出るのはお昼からだよ」
珍しい異国の品物がやって来ているのだ。早く行かないと売れてしまう。
「はぁ~。やっぱ、ヒロも女の子なんだよなぁ」
タスクは溜め息をつく。そして、スレナスに向かい、
「ここはもう良いから、お昼前にヒロのお勉強済ましてやってくれないか?」
「はい。喜んで」
スレナスはにっこりと返事をした。




