王都参内-2
●旅芸人
最初の駅に辿り着いた僕達は、休憩を取ろうと、馬と馬車を柵の内側へと入れた。
駅と言っても、鉄道のそれではない。休憩を取るための宿場のようなものだ。
王国が管理する駅は、宿舎と備えられた馬匹こそ貴族や役人しか使えぬものである。
しかし、井戸などの施設は基本的に誰が使っても良いものであった。
井戸には先客が居た。小さな旅芸人の一座だ。座長の白髭の老人1人と子供2人。
ハープを持った10歳位の男の子と、笛を持った7歳前後の女の子だ。
それに3匹の犬に道化の猿。そして口を利く小鳥が一羽。
背嚢からパンを取り井戸水に浸して食べようとしていた。それを僕達が邪魔をした。
慌てて端の方に移動し跪く一座。
家臣達は一部見張りを残して、井戸に張り付いた。最初に僕達の分を確保した後も、
盛んに水を汲み出している。馬に飲ませるためだ。
馬と言う生き物は大量の水を必要とするそれが2個小隊もあれば、大変な量になる。
この分では井戸の水も濁る事だろう。
旅芸人達が食事を諦めた時、
「どうぞ」
皮袋を渡す者があった。ルリが自分の水を渡したのだ。
座長は手渡したルリの服が上等過ぎたので、一瞬申し出を断ろうとしかけたが、
ルリの首に巻かれている首輪とプレートを見て
「感謝します。ルリさん」
と、謝辞を述べて受け取った。
文字が読めるとは学のある人物だ。それで話を聞いてみたいと近寄ろうとしたら、
ミルテが僕を抱きとめて、
「いけません。もし、お家の敵が放った刺客だったらなんとします?」
乳母の立場からの忠言だが、ミルテは少し過保護で困る。
僕もちゃんと武装しているのだ。
腕には鍛冶に打たせ、革をまいて重心調整した手裏剣が巻いてある。
革の胸当ての要所には、心臓を護る形に手裏剣忍ばせていた。
勿論、左腰には下げた剣も伊達じゃない。乳母は知らないだろうが、
居合いもある程度、前世の腕が戻って来ている。
しかし、むきになってこんな考えを抱くのは、精神が身体に引っ張られているのだろうか?
心を落ち着けて省みると、確かにミルテの言う事が道理だ。
罠を破るには仕掛けた者と同じ目の高さで見なければならないのと同様に、
戦いに勝つには敵の悪辣さと同次元で作戦を練り実行しなければならない。
敵の立場に成ってみると、海千山千の親父を斃すのは難しいが、5歳の子供ならば簡単だ。
なるほど、僕が仕掛けるなら好奇心で誘って討つ。
少なくとも、貴族の若様の格好では迂闊な事はするべきじゃない。
二人の子供と仲良くなったルリ。観察していたが、一座はとりあえずシロだ。
「ルリ、戻っておいで。おやつにするから」
僕はルリを呼び戻す。
「は~い」
駆けて来るルリ。
ビロードの服のためイメージは猫っぽいが、見えない尻尾が振られているのが判る。
そう言えば僕がルリを餌付けしているようだと、レオニールにからかわれたな。
ともあれ、僕と同じものを食べるのがルリのお仕事で特権だ。
平たく言えば、親父は彼女を僕の毒見役に使っている。
「これも食べて」
自分の皿から、砂糖を贅沢に使った甘々の菓子の大半を渡す。
「いいの? スレナスありがとう」
僕は前世の意識を引きずっているから、甘いものに苦手意識があるので、
お菓子の類などは結果的にルリに独り占めさせていると言っても過言ではない。
こういっちゃ何だが、ルリより砂糖を口にしている奴隷は、
少なくともノルマンには一人も居ないだろう。
「やった以上はルリの物だよ。全部食べてもいいし、誰かに分けても構わない」
僕は顎で旅芸人一座の子供達を示した。
「その代わり、あの子達と世間話をして来てくれないか? 貴族の評判とか物価とか。
一座がどんな旅をして来て何処へ行く予定とかもね」
旅芸人なら違った形で情報を持って居るだろう。乳母の手前、直に接触できない僕は、
ルリに代行をお願いした。




