悪役令嬢として聖女をいじめたはずが、全部育成イベントになってしまいましたわ!
ある日、公爵令嬢アレクシアは、前世を思い出した。
「あら? ここは…もしかして、乙女ゲームの世界かしら?」
しかも自分は、悪役令嬢。
さらに最悪なのは、聖女が『覚醒』しなければ世界が滅びるバッドエンドが存在していた。
「私の婚約者の王子と結ばれるのが、『最も確実なルート』だなんて…」
つまり――
「私が悪役を全うしなければ、世界が終わってしまいますわ!」
アレクシアは、聖女をいじめたおすことを決意した。
◇
最初のイベントは、聖女リリアが『形見』として大切にしている、古びたペンダント。
「そんなものをぶら下げていたら、肩が凝るんじゃないかしら?」
と、リリアの首からペンダントをひったくる。
「おーっほっほ! 汚らしい安物ね!」
床に叩きつけて、これ見よがしにハンカチで手を拭った。
(悪役令嬢の基本ムーブは完璧に仕上げてありますわ!)
カチンッ。
衝撃でロケットの留め具が外れ、
「あっ…!」
周囲が凍りつく。
(よしっ! これで聖女は悲しみに暮れ、王子が慰めにいらっしゃるはず!)
ちらりっ。
王子はめちゃくちゃ真顔で、手帳に何かをメモしていた。
(なぜメモをお取りになっておりますの?)
リリアは青ざめて駆け寄り――
「ありがとうございます!」
「…え?」
「これ、ずっと留め具が固着して外れなかったんです! 中にお母さんからの手紙が入ってるのに読めなくて…!」
「知りませんわよ、そんな事情なんて」
(ただの偶然でしてよ!)
ぱかり、と開いたロケット。
中には、小さく折られた紙。
リリアは目を潤ませる。
「ちゃんと読めます!」
「…そう」
しかも数日後、リリアがキラキラした笑顔でやってきた。
「アレクシア様! 開けてくださったペンダント、中に入っていた石を神殿長に見せたら『超高純度の魔力結晶』だって! 汚れを落としたら、国宝級の聖具になっちゃいました。 おかげで私、奨学生から返済不要の特待生に引き上げていただけました!」
「なっ…!?」
(こんなイベント、ありましたかしら?)
◇
次に狙うのは、平民では到底買い直せない高額品の魔導書だ。
「ふんっ! こんな難しい本、あなたにはお似合いじゃなくてよ!」
アレクシアは、リリアが大切に抱えていたカビ臭い魔導書を奪い取り、中庭の池へ放り込んだ。
(これで聖女は勉強ができず、王子がマンツーマンでのお勉強会ですわ!)
「おーっほっほ! 汚らしい本には、お洗濯が必要でしてよ!」
アレクシアが投げ込んだ魔導書は、重い音を立てて池の底へとガッツリ沈んでいった。
「ああっ! おばあちゃまが枕にしていたせいで、湿気で全ページくっついた魔導書が!」
(あら? 少々お待ちになって。 王子が勉強を教える時間を取れなかったら、世界が滅びてしまうのではないかしら?)
ちらりっ。
王子は腕を組んでこちらを眺めるのみで、とめる様子がない。
「池への投擲角度、実に美しい」
――いや、とめるどころか、『もっとやれ』と言わんばかりに頷き、ポケットから手帳を取り出そうとしている。
(ちょっと! 少しはお止めなさいませ、この薄情王子! 未来の伴侶のピンチでしてよ!? )
急に不安になったアレクシアは、慌てて『風属性魔法:旋風スクリュー』を発動。
池の水を豪快に巻き上げ、底に沈んだ魔導書を水圧と共に強引にシュポォォッ!と手元へ引き寄せると、間髪入れずに『火属性魔法:超高出力オーブン』を叩き込んだ。
「 焼却処分して差し上げますわよ!」
(水分だけですわ!!)
…と叫びながら、ページが焦げない絶妙な火加減で、魔導書を爆速乾燥させた。
その手際は、さながら老舗旅館の布団乾燥職人のそれであった。
すると、池ポチャでカビと汚れが洗い流され、炙られたページに文字がびっしりと浮き上がってきた。
「アレクシア様! 見てください、ページがめくれるようになっただけじゃなくて…これ、『伝説の聖女の裏技メモ』です!」
「裏技…?」
「 この本、カビと汚れでガチガチの白い塊に見えてたんです! でもアレクシア様が洗って乾かしてくださったおかげで、私、最短ルートで神聖魔法をマスターできちゃいそうです!」
(運がいい女ですわね…というか、聖女の教科書を枕にする一族の神経が信じられませんわ!)
◇
調子が出てきたところで、定番イベントのドレス破きを決行だ。
「おーっほっほ! ちょっと! なんですの? その『三代前の余り裂きで作った雑巾』のような布の塊は!?」
学年末のパーティーに合わせたダンスの練習日に、高らかな声と共に現れた、アレクシア。
彼女が扇子で指し示したのは、リリアが着ている、神殿の蔵から譲り受けたという『お下がりドレス』。
「おばあちゃまが、昔ブイブイ言わせてた時のだって…」
裾を引きずり、謎の巨大リボンと毒々しい色合いのフリルが肩口でふわふわ動いて見る者の目に痛いドレスでヨタヨタ動くリリア。
(今よ! 公衆の面前で恥をかかせて、王子に守らせるのですわ!)
「おだまりなさい! その毒々しい蛍光黄緑フリルのせいで、私の瞳がさっきから拒絶反応を起こしていますわ! 視覚への暴力ですわよ! 『身体強化:フィジカル・ブースト』!」
アレクシアはリリアの前に仁王立ちになると、ドレスの縫い目を破壊するために『身体強化魔法』を発動させる。
アレクシアは目にも止まらぬ剛力と速度で、リリアが止める間もなく、肩口の『蛍光色フリル』と、腰の『謎の巨大リボン』をバリバリバリーッ!と引きちぎった。
「ひ、ひえぇぇっ!? 私のドレスがぁ!」
「うるさいですわ! ついでにこの、引きずりすぎて庭の雑草を掃除しているような長い裾も邪魔ですわね! 『断裁の一撃:スラッシュ』!」
ザシュッ! ザザシュッ!!!
「ああっ、おばあちゃま、ごめんなさい…!」
リリアが絶望して目を閉じると、周囲から
「おおお…っ」
という驚嘆の声が上がった。
余計な布が消えたことで、ドレスは最新のヴィンテージ・タイトスタイルに変身。
リリアの美貌が爆発した。
「…あれ? 身体が軽いっ。 何より、すごく…動きやすい?」
「当たり前ですわ! あなた、そのリボンの裏に『非常食の乾燥肉』を縫い付けていましたわね!? 」
アレクシアは、引きちぎった布の中から出てきたカチカチの干し肉を放り投げた。
「ああっ! 伝説の乾燥肉が! アレクシア様、これを捨ててはいけません。 おばあちゃまが『いざという時はこれを齧って世界を救え』と言っていた由緒正しき肉です!」
リリアは慌ててそれをキャッチし、大事そうに懐へ仕舞った。
さらに足元に散らばった、アレクシアが魔法で綺麗に裁断してくれた上質なシルクの余り布を拾い上げ、目を輝かせた。
「アレクシア様、ありがとうございます! この破られた裾の布…ちょうど二枚あるし、これ、手袋にリメイクできそうです! 」
「…っ! どこまでも貧乏臭い女ですわね! それくらい、私が新しいのを買ってっ…、いえ、なんでもありませんわ!」
(これ、絶対こんなイベントじゃありませんでしたわ。 本来なら、ドレスを破られて泣き崩れる聖女を、王子が優しく抱き寄せて上着をかける『スチル確定演出』のはずですのに!)
たまらずアレクシアは、壁際でこちらを見ているはずの王子を振り返った。
ちるりっ!
案の定、王子は今日も今日とて真剣な顔で手帳を広げている。
(…ですから、何をそんなに書くことがありますの!? 早く上着を! あなたの出番ですわよ!)
しかし王子は、アレクシアと目が合うと、満足げに一つ頷いてペンを走らせた。
「…素晴らしい。 今日の『愛ある叱責』も記録しておこう」
「褒めておりませんわよね!? それ絶対に褒めておりませんわよね!?」
(スチル回収のチャンスを、義務教育の参観日みたいに眺めていらっしゃるんじゃありませんわ!!)
リリアは
「はい! 私、アレクシア様に一生ついていきます!」
とキラキラした目でアレクシアの腕に抱きついてくるし、王子はなぜか『有能な婚約者の仕事』を感心したように眺めている。
(…もう、嫌ですわ!!)
◇
なんだか上手くいかないことばかりだが、最後の仕上げ、階段からの突き落としに取り掛かる。
ついに悪行の大詰め。
アレクシアは階段にさしかかってなお、ポヤポヤ歩いているリリアの背中をズドンッ!と押した。
「おーっほっほ! お退きあそばせっ!」
「はわわっ!?」
(これで王子が聖女をキャッチして、二人の愛は最高潮ですわ! 私は階段の上から高笑いして、婚約破棄を待つのみですわ!)
リリアは階段を転げ落ちる――かと思いきや、アレクシアが『身体強化』をかけた状態で背中を強く押しすぎたせいで、弾丸のような速度で空中へ射出された。
(あっ、飛びすぎましたわ)
王子をはるか頭上で飛び越えたリリアは、ありえないほどの体幹を見せ、空中バク宙をかまして、王子の左斜め後ろで護衛していた騎士団長の息子(好感度が上がるキャラ)、カイルの胸の中に、人間が受け止めることを一切想定されていない勢いで突き刺さった。
その瞬間、王子の前髪がリリアの風圧で激しく巻き上がったが、王子は聖女に見向きもせず、階段の上で固まっているアレクシアをうっとりとした目で見つめていた。
「ぐぶぅっ!!」
鈍い音と共に、カイルの胸板にめり込むリリア。
いくら鍛えた騎士といえど、聖女キャノンは流石に堪える。
と言うか、落下物耐久訓練など騎士団にはない!
「カイル様っ! 受け止めてくださってありがとうございます!」
リリアは聖具の効果で無傷だ!
「あ、ああ。 …肋骨が二、三本…逝ったかもしれん…」
血の気の引くカイル。
そこでリリアはハッと思い出し、懐から『アレクシアがもぎ取った布』に包まれていた例の物体を取り出した。
「これです! アレクシア様がドレスから見つけてくださった、おばあちゃま直伝の『伝説の聖女の回復肉』!」
リリアはカチカチの乾燥肉をカイルの口にねじ込んだ。
「ぐもっ!? ……っ!? なんだ、力が、力がみなぎってくるぞおぉ!」
それは、かつて伝説の聖女が、戦場を駆け抜けるために作った秘伝のドーピング肉だった。
瞬時に完治、どころか全ステータスがカンストしたカイル。
「リリア嬢、君のようなパワフルでお転婆な聖女は、俺が一生…離さない(物理的に腕が抜けない)からな」
「カイル様…っ!」
カイルの腕力が強すぎて、リリアの体は物理的にガッチリロックされて抜けなくなっているのだが、当人たちは良い雰囲気だ。
――王子の出番は、ついぞなかった。
階段の上で、アレクシアは押した姿勢のままフリーズし、白い灰のようになって立ち尽くしていた。
(王子と聖女が1ミリもかすりませんでしたわ。 これでもう、イベントは全部終わりですわよね…?)
世界滅亡へのカウントダウンが、アレクシアの脳内で静かに鳴り響き始めた。
◇
ついに学年末パーティー当日を迎えてしまった。
アレクシアは、王子とリリアがくっつかなかった絶望で、逆にハイになっていた。
(もうよろしくてよ! 世界が滅びるなら、最後に私のやりたいようにやらせていただきますわ!)
目のハイライトを消失させ、引きつった笑みを浮かべたまま、壇上の王子に向かって扇子を突きつけた。
手のバイブレーションが凄まじく、プルプルするたびワイバーンの羽ばたき並みの風圧が走る。
「おほっおーっほ、ほほほっ、エドワード王子! 私、あなたとの婚約を破棄させていただきますわ!」
ざわつく会場。
しかしアレクシアは止まらない。
「あなたは聖女様がピンチの時も、メモばかり取って何もしない! 私は、そんな無気力な方の隣にはいられませんわ!」
アレクシアは公爵家の一人娘。
婿入り予定の第二王子相手なら、この程度の暴言は日常茶飯事…のはずだったが、王子は震えていた。
怒りではなく、歓喜で。
「…これだ。 この殺気、この傲慢さ。 これこそが私の愛したアレクシアだ!」
「なんですって?」
王子は聖典のような厚みの手帳をバッと開き、アレクシアに詰め寄る。
「君がリリア嬢の魔導書を池に投げ入れ、ドレスを剥ぎ取り、階段から射出したその瞬間、私は確信した。 君こそが私の唯一だと! 婚約破棄? 冗談はやめてくれ、君の婿になるために私は王位継承権を昨日、正式に捨ててきたんだ。 さあ、もっと私を蔑んでくれ!」
「まぁっ! 気持ち悪いですわよ!?」
(まずいですわ、世界が滅びる前に、この王子の脳内が先に滅んでますわ!)
エドワード王子は『ハァハァ』と荒い息を吐きながら、『本日の罵倒:気持ち悪い(ハート)』と嬉々として手帳に書き殴っている。
そこへ、パーティー会場の扉が物理的に吹き飛んだ。
「アレクシア様ーーーっ! 魔王、倒してきましたっ!!」
土煙の中から現れたのは、ボロボロの魔王の角を『お土産』のように抱えたリリアと、オーラが全身から漏れ出しているカイルだ。
「聖女様!? いつの間に魔王城へ向かっておりましたの!!? というか、二人の愛の力による封印ではありませんでしたの!??」
「アレクシア様が私のドレスから見つけてくださった『伝説の肉』を食べたら、カイル様のステータスが振り切れてしまって! 魔王をワンパンで沈めて、魔王城もワンパンで更地になりました! ついでに封印の石碑を聖具と裏技で、500年はとけないように強化してきました!」
涼しい顔で拳を振るカイル。
「まあ、だいたい無くなった」
「『だいたい』で済ませていい規模ではありませんわよ(物理的に)!」
アレクシアは、頬を染めて手帳に書き殴る変態王子と、魔王の角を笑顔で差し出すリリアを交互に見て、静かに扇子を閉じた。
(…世界は救われたってことでいいのかしら? バッドエンドは回避されたってことで、本当にいいのかしらっ…!?)
混乱を極めるアレクシアの疑問に、真面目に答えてくれる人はいなかった。




