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わたくし私生児ですけど何か?

作者: 小埜我生
掲載日:2026/04/10

※強姦、自死、差別表現あります。

苦手な方はお気をつけください。


誤字報告ありがとうございました。変更いたしました。

記憶に残るはわたくしを憎む母の泣き顔。


「マチルダ・ナヴァール公爵令嬢!君との婚約を破棄する!」

夜会の真っ最中にそう高らかに宣言したのはわたくしの婚約者・・・だったチェザリオ・フォン・ティドウェル王太子殿下。

周囲はその言葉に驚き、いつの間にかわたくしと彼、そして彼の腕にもたれ掛かる令嬢だけを残し大きな円を描くように離れた。


わたくしは口元を扇で隠しつつ呆れていた。

自信満々に婚約破棄を告げた彼もその傍らで不敵な笑みを浮かべる彼女も。

突然の出来事に野次馬となる周囲も。

なんとくだらないのだろう。


「チェザリオ殿下」


「なっなんだ」


「突然の事に驚きは隠せませんが理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

淑女の笑みは崩さない。そんな姿が彼をより憤らせたようだけど。


「お前は平民の血を隠して我が王家の血を汚そうとした!」

表情は崩さないが扇を持つ手に力が入る。

けれど彼はさらに続ける。


「その上身持ちが悪く未婚の孕んだ女たちを集めていると噂されているぞ!お前はそのような者達と同じく淫蕩に耽っていたのであろう!やはりいくら公爵家で育てられたとしても卑しき出自は隠せぬのだな」


バキッ


あらやだ。扇を折ってしまったわ。

皆様驚いているようですが驚くのはここからですわ。


「まず前提からおかしいですわ」


「は?」


「わたくしが私生児であるのは貴族院に提出しております。王家が定めた貴族の義務ですから」

血を重視する貴族は出産届に必ず細かな記載が求められ故意の虚偽は重罪だ。

私生児ももちろんそう記載される。

過去私生児や庶子がそれを隠し、当主になろうとした事例もあるため現在は貴族として認められはするが後継者にすることは原則禁止されている。

王家が定めた基本的な法律すら知らないのかと言葉尻に嫌みを込める。


「くっ、だがそれならば何故私の婚約者に選ばれたのだ!お前が卑劣にも画策したに違いない!」


「我ら臣下が陛下より殿下との婚約を求められれば断る事など出来るはずないでしょう?」


「私生児のお前を国王たる父が王家に求めるはずないだろう!」

あらあら本当に知らされてないようね。


「これは何事ですか」

周囲の人をかき分け私の元に来たのは兄のノアとその側近アーノルド。

先程別室に呼ばれていたので今会場に戻ってきてこの有様に驚いているのだろう。


「殿下はわたくしと婚約破棄をお望みの様ですわ」


「「はぁ?」」

あら二人してそれはさすがに不敬ですわよ。まぁ、気持ちは分かりますが。


「ん゛ん゛。マチルダそれは本当かい?」


「えぇ、わたくしが平民の血が混じった私生児の上にわたくしが運営している施設は淫らな目的のものという理由だそうですわ」


ブチッ


おや、二人とも笑顔のままキレてますわ。


「チェザリオ殿下先程の挨拶ぶりですね。本日も妹をエスコートしていないのは何故かと思っておりましたがこれはどういうことでしょうか?」

彼は本来であれば婚約者のわたくしをエスコートする立場でありながら、これまでほとんど色んな理由をつけては断っていた。

他の令嬢とお遊びになるのが忙しかったのでしょう。

その度に私は兄に代理を頼んでいたが兄にも婚約者がいるため最近ではアーノルドに頼んでいた。

そんな状況でありながら悪びれもせず様々な女性を側に置く彼の今回の愚行はなるべくしてなったといえるだろう。


「それは・・・」

さすがに側に令嬢を侍る姿をナヴァール公爵家現当主に見られるのはバツが悪いのだろう。

それにはしたなくも口を挟んだのは傍らの女性。

エルザ・カーレンド侯爵令嬢。

確かに純血主義のかの家なら私と違ってとても高貴な方で間違いないですわね。礼儀がなっているかは別ですが。


「ノア様!私達は決してナヴァール公爵家を軽視しているわけではないのです!貴方様も貴族なら血の大事さはご存じでしょう?前当主様の不始末でそのような穢れた血の世話をするのは不本意なのはわかっ「黙れ」


あーあ。お兄様を本気で怒らせたわね。

先程までの仮面は既になくひたすらに冷たい目で彼らを見下す。

そんな目で見られた事も言葉を遮られ一蹴されたことも彼女はないのだろう。

状況も把握できず怯えている。

けれどお兄様の追撃はやまない。


「カーレンド侯爵令嬢」


「はっ、はい」


「私は貴方に発言の許可は与えましたか?ましてや名を呼ぶ許可を得ましたか?」

下位の者から上位の者への声がけはれっきとしたマナー違反。

ましてや名を無許可で呼ぶなど挑発と取られてもおかしくない。

わたくしへの発言なら若者の失態程度で済ませれるがお兄様は公爵家当主。

たかが侯爵令嬢が舐めた態度をとって良い相手ではない。


「あ、いや、そんなつもりは」

やっと自分のしでかした事に気付いたのだろう。

もう遅いけど。


「ナヴァール公爵、彼女の失言は私に免じて許してくれ。私を想っての行為なのだ」


「・・・そうですか。まぁ、いいですよ殿下に免じて私への態度は不問といたしましょう」


「あぁ、助かる」

お二人喜んでますがお気づきですか?お兄様はご自身への態度だけを不問としたのですよ。


「では殿下に改めてお聞きしますが私の妹であるマチルダと婚約破棄するとは本当でございましょうか」


「そうだ、いくら公爵家の娘といえど平民の血を王妃に据えるわけにはいかない。それに事実身持ちの悪い娘を囲った施設を運営しているのだろう?正確な場所も公開していない施設がまともとは思えない!これは王命だ!」


「・・・・なるほど、王命承知いたしました。ではこちらに一筆ください。正式な手続きは後になりますが婚約破棄は受け入れましょう」

アーノルドがいつの間にか紙とペンを用意していた。


チェザリオ・フォン・ティドウェル殿下とマチルダ・ナヴァール公爵令嬢は婚約を破棄する。また以降何があっても両人での婚約は成されない。


「これでいかがでしょうか?」


「二言目は必要か?ありえないだろう」


「念のためでございます。二度と殿下を煩わせません」


「まぁ、それならいいだろう」


「まずは妹から記入させていただきます」

私に紙とペンが差し出される。

すぐにサインする。


「次に殿下お願いいたします」


「これで王家の格を保てると思えば安心だな」

彼が記入し終えた瞬間だった。


「何をしておるのだ!」

国王が慌てた声で会場へと入ってきた。

今日は王族は殿下のみの出席だったが誰かが知らせたのだろう。

間に合ってよかったわ。


私達の元へと来られ、周囲を含め臣下の礼をとる。

殿下だけが困惑しているようだ。


「皆、頭をあげよ。チェザリオこれはどういう事だ」


「父上、私はマチルダと婚約破棄し、こちらのエルザと改めて婚約いたします!」

彼は高らかに宣言した。

エルザ嬢も嬉しそうに彼の隣に立っている。

シンと静まった会場に良く響く。自身の不貞をよくも堂々と言えたものね。


「何を言ってるんだお前らはぁぁぁぁああ」

陛下の怒声が飛ぶ。当然殿下と彼女に対して。


「ち、父上?」

本当、これが婚約者だったとは今更ながら恥ずかしいわ。何故叱責されたのか分からないなんて。まぁ、陛下たちが甘やかした結果でしょうけど。


「お前の婚約は王たる我の命で成された王命ぞ!それを勝手に破棄など出来る訳なかろうが!」


「恐れながら陛下よろしいでしょうか」


「ん?ナヴァール公か此度はすまない。愚息のやらかしは我に免じて無効とさせてほしい」


「申し訳ございませんがそれは出来かねます」


「我が頼んでいるのにか」

空気がピリつく。頼んでいるという態度ではないだろう。けれどそれが王族だ。


「もちろん臣下たるもの陛下のお心に添いたく存じます」


「ならば」


「ですがつい先程に殿下から魔紙にサインを頂いてしまったのです」

お兄様が先程私達のサインがされた紙を見せる。

殿下は気付かなかったがこれは誓約魔道具。

紙に記された内容は破棄も変更も不可で違えた場合有責者の魔力を破壊してしまう。それは貴族の資格を失うに等しい。

とても希少な魔道具に加え強力すぎるためそうそう使われない。

それに殿下はサインしたのだ。

二言目の文言はこのため。一文目だけだと再度の婚約には誓約の効果がなかったので。

さすがお兄様抜け目ないわ。


「何だと!?それではどうすることも・・・しかし何故王命を息子の主張だけで破棄したのだ!」

魔紙に書いてしまっては覆せないと判断したのでしょう。それならば陛下に確認せずに王命を破棄した事への賠償でも欲しいらしい。腐っても王ね、なんと小賢しい。

けれど当然対策済みよ。


「そう言われましても私も殿下に()()による破棄と言われてしまっては断れなかったのです」


「は?チェザリオが?」


「はい、皆様もお聞きになりましたよね?」

お兄様が周囲の貴族へと問うた。戸惑っていたが一人が是の返事をするとつられて他の者も同じく返事をした。


「・・・どういうことだ」


「い、いえ、私は王太子ですしいずれ」


バチンッ


陛下が殿下を頬を殴った。殿下はその勢いのまま床に転がる。

エルザ嬢は殿下が倒れる直前で手を離したため無事だった様だが突然の暴力にさらに困惑しているようだった。


「お前は王位を簒奪するつもりか!!」


「そょんなことおもみょっておりゅませぬゅ」

口の中を切ったのか殿下の言葉は覚束ない。

まぁ、殴られたのなんて初めてでしょうしね。


「このあほうが!!」

陛下は怒りに震えていた。

それはそうだ。王命を騙るなんて反逆行為と取られて当然。

まだ王太子の分際で王命を出すなど王位簒奪を図ってと疑われるだろう。

いくらわざとでないとしても言い訳にはならない。

それほどの事なのだ。

お兄様はわざと見逃して従ったのだけど。


「お嬢様こちらを」


「ありがとう」

先程折ってしまった扇の代わりをいつの間にかアーノルドが準備してくれていた。

淑女がいたずらに口元をさらすなどはしたないもの。


「陛下、そういうことですので此度はチェザリエ殿下有責の婚約破棄とさせていただきます」


「・・・それでよい」

あまりの愚行に諦めたのか陛下は消沈した様子。


「お兄様」


「あぁ、そうだね。陛下もう一つよろしいでしょうか?」


「なんだ」


「殿下は妹を衆目の前でとても侮辱しました。殿下に説明するとともに妹本人に名誉挽回の機会を与えていただけないでしょうか」


「・・・よかろう」


「ありがとうごさいます。マチルダ、できるね?」

場は整えたよという笑みを浮かべたお兄様がこちらに振り返った。


「はい、陛下この場をお許しくださり心より感謝申し上げます」


「息子の不義理の詫びだ」

ふふ、いい人面しているけど少しでも我が家の溜飲を下げさせ、それを理由に慰謝料でも引き下げる気かしら。


私は陛下に再度礼をとり、殿下の側へと近づく。


「殿下、話を聞いていただけますか?」

返事はなかったが私は話始めた。わたくし達の物語を。


かつてある貴族の正妻に選ばれた女性がおりました。

彼女は生家より侍女を連れ嫁いできました。侍女は正妻の乳母の娘で幼き頃より彼女へ仕えており大層な忠義者だったそうです。

正妻は嫁いでそう経たずに子を成しました。さらにその子は男児で婚家の跡継ぎが誕生しました。

それはそれは皆が祝われ、当然侍女も大事な主の出産に大いに喜びました。

そのような幸せの中に侍女は気付かなかったのです。己に忍び寄る獣に。

獣は侍女を穢しました。必死の抵抗も空しく獣は彼女にささやいたのです。


『出産したばかりの正妻に余計な心配をさせたくないだろう』


彼女の忠義を利用し、獣は好き勝手に振る舞ったのです。

立場の弱き平民に血ばかり尊き獣に逆らえる術もなく。

気付けば彼女の腹は膨らんでしまっていた。

病を理由に正妻の側を離れ、その頃には獣も身勝手にも彼女への興味を失っていました。

憐れに思った家令が手配し、彼女は市井で一人子を産み落とし、絶望しました。

子が銀髪に青い瞳で憎い獣と同じ色を持ってしまっていたから。


それでも優しい彼女は子に罪はないと己に言い聞かせ、数年そのまま市井で子を育てました。正妻には病の悪化を理由に会うことを断ったまま侍女を辞めました。

ですがあるとき彼女も限界を迎えてしまったのです。

正妻を裏切った罪に耐えれず自死してしまいました。

子は成長しさらに獣に似てしまったのも原因だったのでしょう。


そうして一人になってしまった子は正妻に保護されました。

不義の証拠である子は虐げられるのも覚悟していましたがそれは予想外に裏切られました。

正妻は自分が気付けず、母親を守ってあげられなかった事を謝り、これからは我が子として守ると誓ってくれました。

それは彼女の息子も同じで初めて会った妹に涙してくれました。


「殿下は平民の血を穢れていると言いましたが平民であった実母はわたくしなど、貴族との子など望んでいませんでした。けれどその尊い血を盾に無体を働いたのは我が家の前当主であった父です。わたくしが施設で保護した者達も同じような境遇の女性ばかりです。身持ちが悪いと、淫らと貴方方は罵られますが真に罵られるべきなのは無責任にも己の欲を満たすために手を出した獣達(貴族の男たち)ではないのかしら?」

あらあら、心当たりのありそうな方たちが顔を伏せているわね。

彼らは一様に殿下の言う高貴な方々でしょうに。


「わたくしは正妻であったラヴィニア母様とノア兄様に救われました。その上同じような境遇の母子の為の施設を作ることにも協力していただきました。仔細を不明にしているのは母子の名誉と悪意を持った者から守るためです。疑われる謂れなどございませんわ」


「私に出来たことなど大したことではないよ。母上があいつから守ってくれたから出来たことだ」

お兄様は少し悲しそうな顔をしていた。


「いえ、お兄様は最初からわたくしを妹として大事にしてくださいました。それに過酷な道と分かっていたのに若くして当主になってくださったのも私達の為と分かっております」

そう、本来なら他の貴族の様に毛嫌いしていてもおかしくなかった。

もちろんお母様の影響も多いだろうがそれでもどんな身分の者にも優しいのは彼自身の本質だと思う。

わたくしとお母様とお兄様、そして家の皆の協力で当主であった父親は領地に隠居と言う名の軟禁に成功した。


それが出来たのも兄が成人と同時に当主資格を貴族院に認めさせたために出来たからだ。

本来なら当主から何年もかけて引き継ぎ、能力や人脈が一定にあると認められなければいけないがあの男は実の息子にすら冷たくお兄様は家令やお母様からの指導と独学で学んだ。

そして当主の地位を奪ったのだ。

若い当主として侮ってくる者は徹底的に潰した。そうしなければ食い物にされると分かっていたから。


さらにそれまで愚鈍な当主のせいで停滞していた領地の交易を活性化させ他を圧倒するほどの富を得た。

それもまた領民を守るため。わたくし達ナヴァール家は身分問わず家族と関わる大事な人たちを守る為に動いているのだ。

公爵領地なのにろくな管理がされず荒れた土地をそのお金で整え、診療所を建て、浮浪者に仕事を与えた。

数年後には金銭だけでなく土地も人も豊かな領地に変わった。

まさかそのせいで王家に目をつけられるなんて思いもせず。


「殿下、その胸元につけた宝石の値はご存じですか?」


「は?」


「もしくはその刺繍された上着は?靴は?」


「お前は何を言っておるのだ!!」


「その全てが我が家からの支援により用意された物です」


「は?」


「恐れ多くも殿下に割かれる予算はそれほど多くございません。ですが御身の為の物は品質を求められます。国内で殿下の生活を支えれると判断されたのが我が家だったのです」

予算が少ないのは陛下や王妃の贅沢が原因だからそこは哀れだがそれを臣下に補わせるなど厚顔無恥がすぎる。

しかも王家へ嫁ぐ栄誉への対価として堂々と請求してきた。

それこそ王命で強制的に成した婚約にも関わらずに栄誉などとよく言えたものだ。


「そこまで話さなくても良いであろう」

静観していた陛下が慌てて止めに入ろうとしたがそれを止めたのはお兄様だった。


「陛下、先程確認したではありませんか。殿下への説明と妹の名誉挽回の機会をくださいと」


「それと婚約の詳細は関係ないであろう!」


「殿下は妹が王家を欺し無理矢理婚約者の座に着いたと思われていたようでしたので。この婚約は陛下から我が家への王命でしたのに」

陛下は苦虫を噛んだようにしかめた。けれど否定はしなかった。

それはお兄様の発言の正当性を表していた。


「まさか本当に父上が・・・」

ショックを受けているようだが貴方も婚約者のわたくしと対話せず随分とぞんざいに扱っていたのだから自業自得だわ。

認めずとも向き合ってくれたなら正直に答えたし、後に平穏に解消する道も示したわよ。


「まさかも何もお前の父親など自分の事だけしか考えてない奴なのだから妥当だろう」

それまでわたくしとお兄様の後ろに控えていたアーノルドが前に出る。

ずいぶんな言葉だがわたくし達は止めない。


「誰だ我を愚弄する輩は!?・・・お前はナヴァール公の側近か?たかが側近の身分でのその発言、処罰は覚悟のうえだろうな」

先に咎めたのは陛下だった。

まぁ、侮辱されている本人でもあるしね。

それに乗っかるように殿下も無礼者と騒ぎ出した。


「よいのだなアーノルド」

お兄様が彼に確認する。陛下達のことなど意にも介さない様子だ。

それは彼も同じのようで激高する二人を無視していた。


「はい、これまでありがとうございました。ノア様・・・そしてマチルダ様」

彼が眼鏡を外したとき、わたくし達を除いた者達の息が止まる。

その視線は一点に注がれていた。


「お、お前、その瞳は」

陛下が怒りも消え失せ残るは困惑のみ。

側近のその青年の瞳が王家のみに現れる赤眼を持っていたためだ。


「先程のマチルダ様のように少しばかり私の過去を語らせていただきましょう」


かつて王城に勤める子爵家出身の令嬢がおりました。

下級侍女のため王族ではなく文官や騎士の世話が主でしたが貧しき家のため真面目に勤め、その評判は良かったそうです。

間もなく伯爵家出身の文官と恋に落ち、家格は上でしたが男が三男ということもあり問題なく両家に認められるはずでした。


しかし彼女もまた獣に目をつけられてしまったのです。正確には獣をそそのかした者がいたのです。その者こそが前ナヴァール当主。

獣からそそのかされた獣は人の物になる前に味見したい。そんな下卑た思想に穢されたのです。

ある日彼女は本来なら担当外の場所に人手不足を理由に呼び出され、そこにいたのは身分を考えれば対峙することすら不敬と取られかねない相手。


「つまりは貴方ですよ陛下」

アーノルドが陛下を指さす。

心当たりはあるのだろう陛下はたじろいた。


当然、君主に逆らうなど出来ようもなく。さらに手折られた花を踏みつける者は他にもいました。

悋気激しい王妃は、自身の夫を誘惑したと彼女をひどく罵り城から追い出すだけでは気が済まず。

彼女の実家、恋人へと根回しを行いました。


「穢れた娘など我が子にあらず、王家の不況を買うなどと」

両親は家への仕送りの為に城に勤め、その結果無体を働かれた彼女を穢れていると罵り、絶縁しました。純血でない娘など家にとっては不名誉な存在だからでしょう。


「僕を裏切ったのだ二度と来るな・・・汚らわしい売女め」

愛した人は彼女の弁明など聞く耳も持たず。ひたすらに罵倒した。


彼女はただ真面目で優しい家族思いの少女だった。たった一人の獣の気まぐれと怒りの矛先を間違えた者の過ちで全てを奪われたのです。

それでも彼女は平民として懸命に生きていました。そんなとき気付いたのです。

己に宿る一つの命に。

産まれた子は王家の瞳を持っていた。けれど彼女は恨まなかった。

我が子には違いなく、罪などありはしないのだと。


けれどこの瞳を見られれば余計な争いに巻き込まれると懸念した彼女は息子に特別な眼鏡を与えた。かけると目が赤からオレンジに変わって見えるのだ。

それでも時折気付き邪な思いから近づく者たちもいた。

彼女は母として子を守り必死に逃げた。

一所に留まれず、色んな場所を旅した。

そして逃げることに疲れ切ったときナヴァール公爵家の娘に出会った。


出会ってすぐ瞳に気付かれ、逃げようとした瞬間だった。


「わたくしもあなたと同じです!」

彼女が語った境遇は自分達にもあり得た未来だった。母がいつ死を選んだとて不思議ではない。それでも生を選び、守ってくれたのは唯一残された幸運だったのだ。

彼女が新たな母と兄に出会えたように。


それから私達は親子で彼女らの世話になりました。

母は長い旅で身体を壊していたため療養を手配してもらい。

私は兄君であるノア様の側近としてご兄妹とともに教育を受けました。

彼らは私の瞳を利用することも出来たのに決して使わず、災いになりかねぬのにただ受け入れ守ってくれた。


「今このときまでナヴァール家の方々に守っていただきました。陛下に折られ、王妃に追われた哀れな侍女の、貴方の息子 アーノルドにございます」


「そ、そんなわけ、あるはずが・・・」


「陛下と殿下と同じ瞳が何よりの証拠にございます」

赤い瞳を灯りが照らしキラキラと光りまさしくそれは王家の色。


「父上の私生児を騙るな下郎!!」

心当たりがある陛下に代わって声をあげたのは殿下だった。

これ以上ない証拠を見せてもくだらない誇りなどというもので認められないのだろう。

その誇りを穢したのは紛れもなくお前の父だと言うのに。


「騙りたくもありませんね、尊き血(そんなもの)私にとっては呪いに等しい」


「では何故今更私達の前に現れたのだ」


「私の愛しき人を貶めたせいですよ」


「まさかマチルダか?」


「彼女の名を呼ばないでいただきましょう。貴方はもう婚約者ではないのですから」


「うるさい!やはり私生児!同じ私生児と浮気していたのだな!」

鬼の首でも掴んだように殿下はニヤリと笑った。

己がそうだからと私達を同じだと思うなんて本当に愚かな男。

さらにお兄様とアーノルドの目が冷たくなっているのに気付かないのかしら。


「彼女は貴殿らと違い誠実な方ですよ。私も彼女が嫌がるなら何でもするつもりでしたが彼女は許してくれませんでした。王家に嫁ぎ平和が保てるならと。まさか望んだ王家が破棄するなどとは・・・本当に期待を裏切らぬお方々です」

ゾッとする笑みを浮かべるアーノルド。それなのに言葉に籠められた彼の想いに、ついときめいてしまいそうになる。


「王家をどうするつもりだ」

やっと陛下が口を開いた。何やら怯えているようです。


「まず、チェザリオ殿下の王位継承権の剥奪と廃嫡を」


「な、なんだと私を「黙らせろ」

アーノルドが殿下の言葉を遮り、命令するといつの間にか控えていた騎士が殿下を拘束した。

騒いでいるがまともに鍛えたこともない殿下では抵抗すら出来ずに押さえ込まれる。


「次に第二王子殿下を王太子にしていただきます」


「あやつを!?しかし・・・」

そうこの国の王子はもう一人いらっしゃる。

シャルル・フォン・ティドウェル殿下。まだ7歳の子供。

彼は陛下の庶子なのだ。

アーノルドの母君と同じようにお手つきされたのだが違ったのは彼の母の生家が候爵家だったことだ。

さすがに何もなかったと済ませるにも口封じするにも高位すぎた。

前回が上手くいったから調子に乗ったのであろう。


そうして側妃として正式に迎え入れられた後にシャルル殿下を出産された。

当然ながら王太子は王妃の子であるチェザリオ殿下だったが庶子のシャルル殿下は彼より優秀だと聞く、一部家臣では真にふさわしいのはと噂するほどに。


「だ、たがこの国の法では庶子が当主に就くことは認められぬ!」

陛下が思い出したと言わんばかりに叫んだ。


「ハッ、それは王家が貴族に課した法でしょう?王族には適応されませぬし、仮に適応されたとて原則なのです。適した者がいなければ庶子だろうが私生児だろうが血を継ぐ者として扱われるのです」


「我を、チェザリオは・・・どうする気だ」


「陛下には今しばらく玉座に。シャルル殿下の成人とともに王位をお譲りください。チェザリオ殿下は辺境伯家にて兵役に就いていただきます」


「辺境伯家もお前らの味方か」


「この国を真に憂う者達です」

陛下も気付いているのだろう先程の騎士しかりこれほどの騒ぎになっているのに陛下の側に駆け寄る者がいない現実に。

わたくしとの婚約が王家の最後の命綱だったのよ。

まぁ、あまりの殿下の態度にそれも出来ていたか怪しいが。


側妃様の生家を筆頭にこの国の現状を憂う家は意外にも多い。

けれど国の長たる陛下を、王太子をその座から落とすにはそれなりの理由が必要だ。

不用意な行動は民も巻き込む戦火になりかねない。


わたくしの婚約破棄はきっかけにしか過ぎないがこの時この国は静かに謀反が成された。

誰の血も流れず終わるまでほとんどの者が気付かなかった平和な決着だった。




「マティー体調はどうだい?辛くないかい?見送りは無理しなくていいよ?」

見送りに玄関へ出向けばアワアワとしつつわたくしを心配するのは夫アーノルド。

あの後、彼は正式にわたくしに婚姻を申し込んできた。

お兄様は彼の気持ちを分かっていたようでわたくしの好きにして良いと言ってくれたわ。

今まで我慢させたと。

そんなこと思ったこともないのに。


「アーノ心配性ね。大丈夫よ、この子も元気に動いているわ」

わたくし達は結婚し一年後には子を授かった。もう間もなく臨月になる為大分大きくなっていた。


「・・・私達にはあまり似ないと良いね」

彼が私の腹に手を当てポツリと呟いた。彼は一瞬しまったという顔をしたが分かっているわ。お互い望まれた生まれではなく、その原因となった男達の忌々しい面影。

愛おしい我が子に継がせたくないと願うのも仕方ないだろう。


「大丈夫よ、私のラヴィニアお母様やお兄様、そしてアーノのお母様。しがらみの多きわたくし達を愛してくれたように、我が子を愛しましょう」

彼の手にわたくしの手を重ねる。


「そうだね、マティーはいつも私を救ってくれるね」


「夫婦ですから。ほらそろそろ出仕してくださいなお兄様も待っていますわ」


「あぁ、君も無理だけはしないでね」

彼は後ろ髪引かれつつ城へと向かった。


現在彼は宰相として働いている。

表向きはシャルル殿下への譲位まで王を支えるという名目だが実際は王を含め身勝手な獣達を押さえ込む楔。

譲位後は既に離宮で軟禁されている王妃とともに過ごして頂く予定だそうです。


これからこの国で身勝手にも女性を穢すことはいかなる身分でも許されない。

たとえ王族であろうと厳罰に処される。

そして被害者たる女性を差別することも許されない。

こちらは意識的なものだからすぐに変えるのは厳しいだろう。けれどいずれは被害者自体をなくす事を目標にしている。


そう言えばチェザリオは予定通り継承権剥奪の上に廃嫡、平民へと落とされ辺境にて労役に就いている。


一方で彼に侍っていたエルザは特に罰せられなかった。

チェザリオとの婚約などは当然成されなかった。

しかしあの夜会での態度は広く広まり、周囲からは好奇の目に晒されているそうで。

カーレンド侯爵家の肩身を狭くしたとして国外へ嫁がせる話も出ているそうだ。

お相手はかなり年上で後妻だとか。

まぁ、わたくしには関係ありませんけど。


「お母様・・・もうこの国にあなたの様な人を生み出させはしません」

実母を思い、空を眺める。

まもなくわたくしも母になる。

たとえ憎まれていても死ぬまでは私を守った母を。

夫の過ちに気付けなかった事を悔やみ、母を想って泣いて、お兄様とともに守ってくれた母に。

そして愛おしい人を守り抜き、出自と関係なく彼を愛してくれた母に。

三人の母の様にわたくしもなってみせましょう。


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