#7 お菓子の家のエントランス
瑠璃は、机の上にかざった氷の花を眺めていた。
ソフィアからこの花をもらって、数日が経つ。でも、氷は溶ける気配を見せない。
「本当にきれい。」
瑠璃は、花を手にとってみた。太陽に透かしたら、きっともっときれいだと思ったのだ。
すると───
今まで一度も溶けたことのなかった花が、瑠璃が触れた瞬間、どろりと溶けだした。
反射的に、手を引っこめる。
溶けた花の周りには、ドライアイスのような煙があがっている。ヘンゼルとグレーテルの出す霧を、瑠璃は思い出した。
───溶けないんじゃなかったの?
瑠璃は、背中のあたりがぞっと寒くなるのを感じた。
○
花だったものを片付けて、ツバキの店に顔を出す。
「悪いけど、今日は授業ができないかも。」
ツバキは、調合室で忙しそうにしていた。大口の注文が入ったのだという。
フラスコに怪しい緑色の液体を入れて振ったり、カピカピになった植物(?)を切り刻んだりしている。
「せっかくだし、出かけてきたらどうだ?」
「うん、そうしようかな。」
まだあまり街のことを知らないから、一度探検してみたいと思ってたのだ。
「じゃ、行ってらっしゃい。───あ、あまり遠くには行くなよ。『エンゼルとグレーテル』のこともあるしな。」
「……ヘンゼルだよ……。」
訂正して、外に出る。
新しいブーツは、氷の上でも、コンクリートの上を歩いているように歩くことができる。これなら、街に出かけられる。
「どこに行こうかな?」
あっちの店は、服屋さんだろう。ショーウィンドウの中に、ワンピースが飾られてる。
あっちはたぶん、カフェかな?甘くていい匂いがする。
探検はわくわくする。
でも、ふと気付いた。隣の店が騒がしい。ソフィアのやっている花屋だ。
中を覗いてみると、「またイリスの森だって。」と、噂する声が聞こえた。
「あの、何かあったんですか?」
入口にいた若いお兄さんに聞いてみると、
「ソフィアさんが昨日から見えなくてね……。イリスの森に、花の採取に行ったきり、いなくなってしまったらしい。」
「えっ……!?」
瑠璃はぞっとした。まさか、ソフィアさんまで、ヘンゼルとグレーテルに閉じ込められてるんじゃ───
瑠璃は、急ぎ足で花屋を出る。探検は、あとだ。
ツバキに相談するべきだろうか?
瑠璃は、考えをめぐらせる。大魔法使いがいっしょにいた方がいいにきまってる。なんせ、瑠璃が今使える魔法は「ゼステア」だけなんだから。
ツバキの店の扉を開ける。人気はない。
「ツバキ?」
奥の調合室をのぞこうと、カウンターに手をかけた。すると、
「すまない、リル。今、薬草が足りなくて、ちょっと出かけてる。一時間くらいで、すぐ戻る。」
と、ツバキの声。
「こ、こんな大事なときに……!」
一時間は「すぐ」に入らないと思う。少なくとも、こんな緊急事態には。
店の扉を開け、瑠璃は外に飛び出した。
───ツバキ、ごめん。ソフィアさんのこと、助けに行かなくちゃ。
心の中でツバキにあやまって、瑠璃は北を目指して走る。
○
息を切らしながら、森へ入る。
「ソフィアさん!」
何度か呼んでみたが、返事はない。
「ソフィアさーん!」
雪をかき分けながら奥へと進む。
すると、茶色いバスケットを見つけた。ソフィアが使っているものだ。まわりには、いくつか氷の花が散らばっている。
「これ……!」
瑠璃が花を手に取ると、同じ霧が出て、あたりを覆いつくす。キャッキャッ、と、子供の笑い声が聞こえた。
ヘンゼルとグレーテルだ。
「ソフィアさんをかえして!」
瑠璃は叫んだが、
「ソフィアさん?」
「誰、それ。」
「知らなーい。」
「とぼけないで!」
瑠璃は、花を握りしめた。ソフィアが姿を消したのは、やっぱりこの森だ。
───私、今、とっても怒ってる。
「おこってんなら、ここまでおいでー。」
また、手拍子が聞こえた。
これは、挑発だ。行っちゃいけない。
ツバキの言葉を思い出す。
「大人はここに、閉じこめる。子供はここで、ぼくらといっしょに遊ぶんだ。」
「だからここまで、おーいーでー。」
「閉じこめるって……!」
瑠璃は、きめた。怖いけど、行くしかない。
挑発かもしれないけど、ここで行かなかったら、ソフィアを取り返せないままだ。
瑠璃は杖を取り出すと、一歩ずつ、手拍子の鳴る方へ進んでいった。
○
だんだん積もっている雪が少なくなっていることに、瑠璃は気付いた。代わりに、カラフルな石畳で舗装された道が見えてきている。
雪が完全になくなったとき、甘いにおいがして、前の方に家が見えた。
「あれって───」
「そう。お菓子の家。」
「子どもには、たまんないよねー。」
甘いにおいがする。絵本で見た、お菓子の家そのものだ。クッキーやチョコレートで、屋根や壁がつくられている。窓にはガラスの代わりに、薄くのばしたべっこう飴みたいなものが入れられていた。
瑠璃は、思わずごくりとつばをのんだ。
───ソフィアさんを助けたら、食べてみたい……かもしれない。
チョコレートのドアを開けると、中は真っ暗だった。昼間とはとても思えない。
「こっちだよー。」
声のする方に、そろそろ進む。床も飴で作られているのか、なんだかベタベタしている。
「うわあっ!」
瑠璃は突然、右足をガクンと踏み外した。床に穴が空いてるんだ。
「こっちだよー。」
宙ぶらりんになってる右足の先から、声がする。
瑠璃は、右足を使って穴の中を探ってみる。階段らしきものは、見つからない。
「飛び降りるしかないってこと……!?」
この先が硬いコンクリートの床だったら───
良くない考えを、ぶんぶん頭を振って追い払う。
「ここまでおーいーでー。」
「うるさい!行ってやるから!」
───私はへなちょこじゃないぞ!
瑠璃は頷くと、目をぎゅっとつぶって飛び降りた。
ヒュー……ドシン!
「いったあー!」
瑠璃は腰をさすりながら立ち上がる。まだ、足のあたりがびりびりしてる。幸い、下はコンクリートの床じゃなかったらしい。
「あのさあ、もっとマシュマロの床にしとくとか、できないの?」
「……。」
声は、なにも言わない。手拍子だけがきこえる。
瑠璃はあきらめて、先へ進んだ。
○
しばらく進むと、手拍子がやんだ。
そして、部屋が突然、カッと明るくなる。
まぶしい!瑠璃は目を閉じた。
「リルちゃん!」
今度は知ってる声がして、瑠璃は目を開ける。
「ソフィアさん!?」
ソフィアは、立方体の形をした小さなおりに閉じ込められていた。おりの高さは、瑠璃の胸のあたり。ちょうど三角座りのような体勢で、柵を握りしめている。
「おっと、感動の再会はここまで。」
「ざんねーん!」
そう言うと、ソフィアを入れたおりはパッと消えてしまった。
「ソフィアさんをかえしてよ!」
「それは、できない。」
わざとらしく残念そうに、ヘンゼルが言う。
「どうしても返してほしければ、」
「まずはこの『恐怖!森の魔女ロボット』に、勝つのだあ〜。」
カンカンカンカン!とゴングが鳴る。
「は?」
ウイーン!
音がして、チョコレートの床から、魔女の形をした紫色の人形がせりあがってくる。
人形といっても、二頭身のキーホルダーを大きくしたような姿だ。大きすぎる丸い目とわし鼻が不気味な印象をあたえる。
「なにこれ?」
「質問は、いっさい受け付けません。」
「じゃ、がんばってねえ〜!」
間の抜けた声がして、カーン!とゴングの音。
それと同時に、魔女ロボットが紫色の光を瑠璃に向けて放った。
───ヤバい!
瑠璃は横に飛んで、光をよけた。奥の壁をみると、ビスケットが真っ黒に焦げている。もし当たってたら、瑠璃もああなっていたことだろう。
「倒すしかない!───“ゼステア”!」
杖をロボットに向ける瑠璃。頭の中で、燃える炎のイメージをえがく。
そのとき、一瞬、頭にツバキの焦げた袖が浮かんだ。
「あっ───」
ドキン、と、心臓が脈打つ。
瑠璃の口が止まる。それにかまわず、ロボットは攻撃を続けてくる。紫の光が次々に放たれた。
瑠璃はかがんで光をよけながら、考える。
───これは、敵。倒さなきゃいけない、敵。
───相手はロボットなんだ。痛みはない。
「───“ゼステア”、炎よ!」
[イタイ。イタイ。]
ロボットがバカにするみたいに笑い声をあげる。どこまでも悪趣味な家だ。
「うるさい!“ゼステア”!」
バン!という大きな音とともに、瑠璃の杖から長い炎が飛び出て、紫の光をはねかえす。
[ヒドイ。ヒドイ。]
瑠璃はロボットの声なんて聞こえないふりをして、次の攻撃をよけた。
体勢をととのえて、また杖をかまえる。
「“ゼステア”!炎よ!」
炎が、魔女ロボットの体に当たる。
バチバチッ!火花が大げさに飛び散った。
すると、ロボットの首が飛んで行った───ように見えた。でもよく見ると、びっくり箱と同じで、体から出たバネがびよーんと伸びている。
「趣味、わるすぎ。」
瑠璃は、嫌悪感たっぷりにつぶやいた。
「おめでとー。」
「おめでとー。」
パチパチと拍手がおくられる。ふたりの拍手は、ぴったりとそろっていて、ロボットのように無機質だ。あんまり、嬉しくない。
「リルには簡単すぎたねえ。」
「じゃ、次、いってみよー。」
照明が切り替わり、ドアがひとりでに開く。
「次?まだあるの?」
瑠璃は嫌々ながら、先に進んだ。




