#6 あやしい、きょうだい
「いらっしゃい。注文の品は出来てるよ。」
翌日、またもや開店早々仕立て屋を訪れた瑠璃とツバキは、出来たての衣装を目にすることとなった。
「わあ……」
まるでドレスみたいな衣装に、瑠璃の表情がぱっと明るくなる。
青紫のボレロに、ふんわりと広がる薄い水色のワンピース。ところどころにもこもこした白色のボアが縫い付けられていた。
膝丈の薄青をした靴下に、同じくボアのついた白いブーツも、ドレスと調和した仕上がりだ。
瑠璃はひと目で新しい衣装が気に入った。
「そこに試着室があるから、着ていくといい。」
店主の言葉で、瑠璃は試着室へ。
カーテンの隙間から顔を覗かせたのは、その十五分後のことだった。
「つ、ツバキ……背中のチャック、閉めてくれる?」
○
「ここが問題の、イリスの森。」
仕立て屋を出て、ふたりはそのまま森に向かう。この衣装の方が、元の服よりはこの街に溶け込んでいる気がする。瑠璃にとって、どちらも気に入っている服なのは変わらないけど。
「魔法使いの服には必須の呪文を今のうちにかけておこう。」
ツバキは杖を取り出した。
「“パノプリッア”。あらゆる災難から貴方が護られますように───」
ツバキが瑠璃の胸元に杖をかざすと、杖の先が一瞬、柔らかな紅色の光を放った。そして光はすっと消えていく。
「これで大丈夫。」
「特に変化はないけど、こういうものなの?」
瑠璃がきくと、ツバキは頷いた。
「それでいいんだ。違和感があるようなら、この魔法は失敗だからな。」
地味な魔法もあるのか。瑠璃は服の袖を見つめた。
「準備もできたことだし、出発するか。」
ツバキが森の方に目をやった。森というより少し広めの公園のような、こじんまりとした印象だ。
並んでいる木々をみて、瑠璃は、クリスマスツリーを思い出す。
ザクッ、ザクッ。森の中に足を踏み入れると、足元の凍りかけた雪が音を立てる。氷の街は滑りやすくて歩きづらいが、雪が積もったイリスの森も、足元をとられて歩きにくい。
「以前と比べて、変わったところはなさそうだな。」
先を行くツバキが、辺りを見回して言う。
「ソフィアの話だと、この森で迷った人が多いんだったな。」
「迷うような森には見えないよね?」
瑠璃もきょろきょろしながら口を開く。針葉樹が生い茂ってはいるが、この狭さでは、少し歩けば出られるはずだ。
「やはり魔物の影響なのか……?」
ツバキがつぶやいたそのときだった。遠くの方から「誰か……!」と、苦しそうな声が聞こえた。子供の声だ。
「ツバキ、あれって……」
「とにかく行ってみよう。」
ツバキがばさりとコートを翻す。瑠璃も小走りについていった。
○
「大丈夫ですかー!」と交互に口にしながら歩くこと数分。
「ここだよ。」
木の下で座り込んでいたのは、七、八歳くらいに見える男の子だった。
「大丈夫?」瑠璃は聞いたが、足が痛くて動けないのだという。
ツバキが靴を脱がせて足首を色々な方向に動かすと、男の子は時折、苦しそうに顔をゆがめた。
「たぶん軽いねんざだろうな。病院まで連れて行くから、それまでは少し我慢してくれ。」
ツバキは懐からハンカチを出すと、歯を使って縦に引き裂く。応急処置だが、簡単な包帯ができた。
「え?」瑠璃は自分の目を疑った。「傷を治す魔法とか、あるんじゃないの?」
「ないよ。」
「そんなものはない!」
男の子とツバキが同時に答える。
どうして?と聞く前に、男の子がこたえた。
「そんなの、死んだ人を甦らせるのと同じだって。ママが言ってたよ」
「そのとおり。よく知ってるな、少年」
「あたりまえでしょ。───逆に、お姉ちゃんが知らない方がなんていうか……おかしいよ。」
「な……!」
瑠璃はなんて生意気な子供だと思ったが、「傷を治す魔法などない」というのはこの世界の常識らしい。
「リルには後で説明するとして……これで立てるか?」
「うん、なんとか。」
ぎこちない動きで少年が立ち上がる。
「さて、帰ろうか───」
ツバキと瑠璃はさっき来た道を引き返そうとして、ぞっとした。
ない。
さっきまでの道も、ふたりの足跡も、何もない───
ただ、三人の周りには濃い霧が満ちているだけ。
「参ったな。これが、迷子になる理由か。」
ツバキは、三角帽子の下でぼそりとつぶやく。
「ツバキ、なんか良い魔法とか───」と、瑠璃が口にしかけたそのとき、
「子ども、子ども、大人かあ。」
突然、幼い女の子の声が聞こえて、瑠璃は後ろを振り返った。
「……今の声、リルにもきこえたか?」
ツバキが顔を曇らせた。瑠璃はうなずく。
「少年は?」
「なんのこと?」
男の子には聞こえていないらしかった。
「大人ひとりが、つまんないね。」
「子ども、子ども、子どもなら、いいのにね。」
今度は、さっきの女の子の声と、新しく男の子の声もまじっている。
「少年、何も言ってないな?」
「うん。ふたりとも、どうしたの?」
「いや……」ツバキは杖をかまえる。「この声が、私たちが魔物と疑っていたものの正体か。」
瑠璃もいちおう、杖を構えた。まだ“ゼステア”しか知らないから、戦える保証は、ない。でも───力になりたい。
声はツバキたちにかまわず続けた。
「そこの、女の子のほう。」
「人間のにおいがプンプンするわ。」
瑠璃ははっとして顔を上げた。まさか、狙われてるのか?ツバキが瑠璃と少年のふたりを守ろうと、前に出る。
「それからそれから、」
「愛されてきたにおいもプンプンするわ。」
「くっさ〜い!」
なにそれ。失礼すぎる!瑠璃はだんだんイライラしてきた。そんな瑠璃の心を見透かしたように、女の子の声がする。
「ムカついたんならここまでおいで〜。」
言い終わると、遠くから二人分の手拍子の音がする。
「なにあれ!」瑠璃は追いかけようとしたが、
「見え透いた挑発だ、乗ることはない。」と、ツバキにとめられた。
「やっぱり大人は、つまんなーい。」
「子どもだけでここまでおいで〜。」
「誰がつまんない大人だと……!」
「ツバキ!見え透いた挑発なんでしょ!」
今度は瑠璃があわてて止めた。
「あれれ?」
「あれれれれ?」
声は、止むことがない。
「みーちゃった、見いちゃった。」
「そこの女の子、あっち側の名前があるね。」
瑠璃はどきりとした。
なぜ。
なぜそれを───
サッカルの言っていたことを思い出す。「本当の名前を知られたら、恐ろしいことになる」───。
「いーっちゃうぞ、言っちゃうぞ。」
「先生に、言っちゃうぞ。」
「そこの女の子の本当の名前は───」
「“サタナス”!塞げ!」
ツバキが咄嗟に呪文を放つと、「むぐぐぐ!」と、女の子のうめく声が聞こえた。
「あなた、なかなか強い魔法使いだね。でも大人は、いーらない。」
ツバキの呪文によって、聞こえてくるのは男の子の声だけになっていた。
「そこの人間界から来た女の子。近々、また会いましょうね。ぼくたちは“ヘンゼルとグレーテル”、おとぎの国から来た兄妹。」
「ヘンゼルとグレーテル…!?」
瑠璃は昔読んだ絵本を思い出す。
声はもう聞こえなくなっていた。霧も、いつの間にか晴れている。
「元の森に、戻った……?」
「そのようだな。」
ツバキは腕組みして言った。そして、傍らに手を差し伸べる。
「それで───大丈夫か、少年?」
気付けば男の子が涙目で座り込んでいた。
「大丈夫?怖かったよね。」
瑠璃もまだ幼い男の子を気づかった。
「怖い夢を見てた、みたい……」
男の子はぼそりとつぶやくと、そのまま地面に倒れ込んだ。
○
「あの子どもたち、“ヘンゼルとグレーテル”と言ってたが……リルは聞いたことがあったのか?」
家に着くなり、ツバキがそう聞いた。
あの男の子のことは、ツバキが町医者のところまで抱えて行った。疲れているだけで、ねんざ以外に問題はないというので、ふたりでほっと胸をなで下ろしたのだった。
「ヘンゼルとグレーテルって、人間の世界の童話だよ。」
瑠璃は「ヘンゼルとグレーテル」の内容を簡単に説明する。継母にそそのかされた実の父親から捨てられたヘンゼルとグレーテル。一度目はなんとか家に帰ってこられたが、二度目は道を見失い、森で迷子になってしまう。森の中で見つけたのはお菓子の家。喜ぶふたりだったが、中には悪い魔女が住んでいて、たちまちピンチに陥ってしまう。
「それで───悪い魔女を倒して、ふたりは幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。だよ。」
「幸せに暮らしましたって……元の家でか?」
瑠璃がうなずくと、ツバキは渋い顔でふうん、とだけ言った。
○
次の日の朝刊に、小さな記事が載っていた。よほど新聞をちゃんと読んでる人じゃないと、気づかないような小さな記事だ。見出しは、「あなたの街のお医者さん ほのぼのインタビュー」。
そこには、最近あった出来事は?という質問に、「美しい魔法使いとそのお弟子さんが訪れたことですな。森で怪我をした男の子を連れてきてくれました。できるならもう一度お会いしたい!私の自宅の郵便番号は███-███(個人情報保護の観点から、黒塗りにしてお届けします)。思い当たる方はぜひ一度、ご連絡を!
それと、その日のうちに男の子は帰っていきましたよ。たぶんね。───というのも彼、いつの間にかベッドから消えていまして。こちらもねんざの状態を見たいので、一度病院にご連絡を!」




