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#1 招待状を、きみに

魔法の世界があったら、行ってみたい?

YES/NO

→YES。


魔法使いに、なってみたい?

YES/NO

→YES。


─────────────────────


人間界 一ノ瀬 瑠璃様


おめでとう!あなたを魔法の世界に、ご招待。


いつでも、おいで。

道はいつだって、きみのためにある。


魔法界 ███より。


─────────────────────



「卒業生、起立!」


号令がして、一ノ瀬瑠璃は重たい腰をあげた。


瑠璃は、体育館の一番前に貼ってある、「卒業式・式次第」をちらっと見る。今やってるのが、「卒業生からの歌」。あと残りは、「門出のことば」、「校歌斉唱」、それから「閉式の言葉」。式はすでに折り返し地点を過ぎている。


袴をはいた音楽の先生が、前に出て手を振る。「翼をください」の前奏が流れ始めた。鼻水をすする音が、早くもあちこちから聞こえ始める。瑠璃は、それとは別の意味で、泣きたい気持ちだった。


卒業式が終わったら、中学生───お姉さんになる。

だから、部屋に山積みにしてある大好きな絵本は、今日帰ったら捨てなきゃならない。ママとの約束だ。

瑠璃は、それを思うと、泣きそうだった。今の瑠璃は、あの絵本たちが大好きだった。中学生になったって、きっと変わらないだろう。それなのに、どうして?


でも、パパもママも、それに先生も、魔法の世界に憧れている瑠璃のことを見て、怒った顔や、困ったような顔になる。「そんなの、おかしい。」とでも言うように。


「翼をください」を歌いながら、瑠璃は自分にも翼がほしいと思った。ううん、翼じゃなくて───どうせなら、魔法のホウキがいい。


───私も魔法使いだったら、よかったのに。


魔法がほしい。なんでも思い通りになる魔法が。

魔法の杖でみんなを助けて、自分のことも助けて、幸せになりたい。


魔法の世界に、行きたい───。


(それがきみの願いか?)


「うわっ!」


突然頭の中に声がして、瑠璃は思わず大声を出しかけた。あわててせきをして、ごまかす。瑠璃は、「私、今日は運が悪いことに風邪をひいてしまいました。」って顔をつくった。


目だけ動かして、周りをきょろきょろ見回す(先生から、卒業生は動かないこと!と、練習のときに口酸っぱく言われてるからだ)。


変わったところは、とくに見当たらない。瑠璃の席の周りには、こんな大事な日にいたずらをしてくる人なんていないはずだ。


───どうなってるの?


まだ、心臓がバクバクいってる。


聞きまちがいとは、思えない。確かに声がしたのだ。

大人の女の人の声だった。低くて、よく響く声。絶対に知らないはずなのに、どこか落ち着くような気がした。


瑠璃はまた聞こえるんじゃないかと耳をすましたけど、もう一度声がすることはなかった。そして、卒業式は何事もなく終わっていった。



教室では、先に戻ったクラスメイトたちがすでに卒業アルバムの寄せ書きを始めていた。

大半は同じ中学校へ進むけど、親の仕事の関係なんかで離れてしまう人も、数人はいる。涙を流している人、笑顔の人。教室の中は、騒がしい。


「瑠璃も書いてよ。」と友達からたのまれて、瑠璃は筆箱を取りに、自分の机に戻った。


「あれ?」

筆箱を開いたけど、油性ペンが見当たらない。卒業式が始まる前にも寄せ書きを書ける自由時間があったのを、瑠璃は思い出した。そのとき、スカートのポケットにペンを入れっぱなしにしてたのだ。


ポケットを探すと、ペンと一緒に小さなカードが出てきた。


「何、これ?」


赤い花が描かれた、金色のカード。厚くて、ピンク色と深い赤をまぜたような色合いの花びらが重なっている。この花は、見たことがある。たしか、「ツバキ」って名前。


瑠璃はカードを裏返す。そこには、


「どちらかを○で囲んでください。


魔法の世界があったら、行ってみたい?

YES/NO


魔法使いに、なってみたい?

YES/NO」


と、明朝体で書かれている。


瑠璃は、さっきの声を思い出す。「それがきみの願いか?」


「魔法の世界があったら…行ってみたい。YES。魔法使いに、なってみたい。YES───」


瑠璃がふたつめの「YES」に丸をしようとしたとき、

「瑠璃、まだー?」

と、友達の声がして、はっと顔をあげた。瑠璃はカードをポケットにしまい、友達のところへ戻っていった。



帰りの会がおわり、いよいよ、校舎を出る。

「今日で終わりなんだね。」と話す声があちこちからして、瑠璃もさみしくなった。家の近くの小学校は、いつでも行ける。けど、もう毎日通えなくなると思うと、胸の奥が少し痛い。


「そうだ。」

瑠璃は、カードのことを思い出して、ふと立ち止まった。ネームペンで、「魔法使いになってみたい?」の質問に、YESの丸を書く。


すると、カードから文字が消えていった。瑠璃は、震える手でカードを握りしめる。


すぐにまた、文字が現れた。


「人間界 ___様


おめでとう!あなたを魔法の世界に、ご招待。

今日のうちに、体育館の裏までおいで。道はいつだって、きみのためにある。


魔法界 ツバキより」


「こ、これって……!」


魔法の世界への、招待状……?


瑠璃は目を見開いた。目の前で起こってることが、信じられない。


「瑠璃、ここにいたのね。探したわ。」

顔を上げると、スーツ姿のママがいた。後ろには、カメラを首からさげたパパ。瑠璃はとっさに招待状をかくした。魔法への夢なんかない大人に見つかったら、怒られるような気がしたのだ。


「……教室に忘れ物しちゃった。取りに行ってくるね!」


瑠璃は早口で言うと、走ってその場からいなくなった。その後ろ姿を、両親が困ったような顔で見てるのは、なんとなく想像がつく。


体育館の裏には、だれもいない。


昨日の夜雨が降ったせいで、地面がべちゃべちゃした泥になっていた。瑠璃のパンプスも泥で汚れていく。白い靴下にも、茶色いしみができた。ママがこの靴と靴下を見たらカンカンだろう(意外と高かったのだ)。


ランドセルには卒業証書と筆箱しか入ってないけど、なんだか重い気がした。瑠璃は、体育館から出ている階段の上にランドセルを置く。


ポケットからカードを出して、何度も文章をたしかめた。今日のうちに、体育館裏までおいで。


「……なにも、ないのかな。」


瑠璃は歩き回ってみたけど、変わった様子は見当たらなかった。カードにあった「道」らしきものも、どこにもない。


瑠璃はため息をついた。

魔法の世界なんてない。魔法使いなんていない。

ママやパパや先生が、いつも言いたそうにしてるのは、きっとこのことだ。


───私だってわかってた。魔法の世界なんて、ないんだって。


───わかってたよ。


うつむいて、ランドセルを背負う。でも戻りたくなくて、一歩ずつ、ゆっくり歩く。

瑠璃の目にじんわりと涙がたまっていった。ここから出たら、もう、おわりなんだ。帰ったら絵本は捨てなきゃいけないんだ。


そして、体育館裏を出た───つもりだった。


一陣の強い風が吹く。瑠璃の長い髪も、風に巻き上げられた。


目の前に、分厚くて、赤い花びらが、一枚。くるくる回りながら、風に乗って飛んでいく。


「ツバキの花びら?」


花びらを目で追うのに気をとられて、足元がつるつる滑る感覚。あっ、と思った時には、瑠璃は真っ青な空を見ていた。


「何、ここ……!」


尻もちをついた痛みを忘れて、瑠璃は目の前の景色に見とれていた。


見慣れた学校の校庭は、どこにもない。ただ一面に、氷の世界、氷の街。


凍った空気を吸って、吐き出す。白い息が、ちょっと震えてる。


氷の街は、キラキラ輝いていた。今の瑠璃の目も、同じように、キラキラ輝く。もう、涙のせいじゃない。


本当に、あったんだ。魔法の世界が───

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