表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/7

第7話 見てなかっただけ

証拠は揃った。


「一番の問題は、お前らが未成年の学生って事だ」

アキラさんが真剣な顔をしてトンッと指先で机を叩いた。

「若気の至り、初恋の暴走、加減を知らなかっただけ。」


「そう言って処理されちまう。

接近禁止令も、学校生活上無理がある。

家の周りのパトロールを増やすのも警察の人手の問題であまり期待は出来ない。

だから、正直なんかあった時、まあ、待ち伏せされてるのを優先的に通報できるシステムを使えるくらいだ。」

「…それって、今と、大して変わらない…」

「そうだ。学校に伝えても、イジメ問題になるから周りの生徒には伝わらない。」

…。


「ただ、お前が拒否をして、相手が拒否をされたって事実が残る。成人後になっても続く可能性があるから、コレはちゃんと盾になる。無駄じゃない」

「うん」

「一番いいのは引越しと転校。

これは親と話し合いがいる話だが、俺はした方が良いと思う。じゃないと咲真の学校の環境が変わらないままだからな」

「…うん、俺もその方が良いな。滑り止めで受けた学校だから思い入れないし…」

「親父さんとの連絡は着いたのか?」

「話したい事がある。は既読無視だった。ストーカーされてる。は【勘違いだろ】って」

「なら、次だ。【私立探偵雇って証拠を集めたから警察に相談する】」

「…送った」

「これでも反応なかったら児相にも連絡だな」

「…それでも良いかもしれない…もう、あの人の事なんとも思えない…」

「おう。好きの反対は無関心だ。気にすんな」


返信が来た。【面倒を起こすな】

「うっし!警察行くぞ?」

「うん!」



付き纏いについては受理はされた。

今からが大変だ。

相手方との交渉や親の事。

アキラさんの伝で弁護士をたてた。


俺の親の方が先に片付いた。

アキラさんが身元引受人になる。

成人までの養育費としてまとまった金を俺に渡す。

あとは勝手にしろ、縁を切る。

以上!

マンションも俺を住まわす為に借りてたらしいから引き払う事になった。

親の都合でと退学も決まった。


学校側のホッとした態度に、ああ所詮こんな扱いなんだ。と更に心が荒んだ。

クラスメイトには何も言わずに放課後荷物を回収した。


円居さんの件だが、彼女の両親は寝耳に水な話だったらしい。

淡々と説明するアキラさんの話に目を白黒させ、監視カメラに映る彼女やその言動の記録に眉を顰め、GPS入りマスコットで顔から血の気が引いてた。

「待ち伏せはまだ恋に恋した乙女で通せるけど、GPSは犯罪です。合鍵での侵入も。」

ちょうど、転勤の話が出ていたらしいので彼女を連れての引越しが親の中で決定された。



円居さんの両親が引越しを決め、弁護士の手続きも済んだ。


これで終わった――はずだった。



でも、家に帰ると、ふと背後に冷たい視線を感じる。


窓の外、誰もいない。


カーテンは閉めてある。


それでも、胸の奥がぞわりとした。


頭の片隅で、あの笑みが浮かぶ。


“善意”に見せかけた狂気。


思わず肩を震わせる。


俺にはアキラさんがいる。


それでも、記憶の中の狂気は、決して消えない。



深く息を吐き、手元のスマホを握りしめた。


安全を手に入れた今も、心の片隅で小さな警告が囁く。



「油断するな…あの狂気は、消えていない」







それは、きた。





「しょうくん…」



窶れた彼女は下手なホラーの悪霊より寒気がした。


「ショウくん…ショウくん…」

フラフラと近づいてくる彼女の手には包丁が握りしめられて揺れている。

俺は震える手で、アラームを押した。

けたたましい音が住宅街に響く。


彼女は気にせずゆっくりと歩いて来る。


俺は目を逸らさずゆっくりと後退る。


アキラさんに言われた。

『猛獣と一緒だ。下手に騒いだり急に動いたら反応するからゆっくり動け!

走るのは逃げ切れる確信が持てた時だ』


息を吐こうとするけど震えてハッハッと荒くなる。


「どうして…愛しあう、わたし達の邪魔…するのかな?」


「…ねぇ?しょうくんだって…わたしを好きでしょう…あの日、笑いかけて、くれたもんね?」



——ああ。

そうか。


俺は、ようやく解った。


この人は、俺の言葉を一度も聞いていなかった。


怖い、と言ったことも。

嫌だ、と伝えたことも。

逃げた理由も。


全部、「好きの照れ隠し」だと処理されていた。


笑ったのは、場を壊したくなかったから。

お守りをつけたのは、逆上させたくなかったから。


それだけなのに。


——それだけのことで、人は、ここまで壊れるのか。


怖い。怖い。怖い。

包丁より、この人の頭の中が怖い!

震える手を胸に抱く。


「…ねぇ、ショウくん?」


包丁を持つ手は、ぶれない。


「どうして、そんなに怖がるの?」


一歩、また、一歩。

距離を詰められる。


「私たち…一緒にいたじゃない」


「笑ってくれた。

ちゃんと、お守りもつけてくれたもんね?」


首を傾げる。


「それって……しょうくんは、わたしを好きってことでしょう?」


小さく、息を吸う。


喉が、ヒュッと鳴る。



「君を、好きだと、思ったことはない」


逃げでも、拒絶でもなく。


確認するみたいに静かに呟く。


何か反応があると思った。

怒り出すとか泣くとか…。

でも、彼女の瞳にはなんの色も浮かばない。

ただ、真っ黒な瞳が見つめてくる。


怖い…怖い…怖い…


サイレンの音が近づいてくる。


その瞬間。


円居さんの目がはっきり変わった。


「…ああ」


小さく、納得したみたいに呟く。


「やっぱり、邪魔されるんだ」


包丁が、はっきりこちらに向く。


「ねぇ、ショウくん」


穏やかな声。


「邪魔されるくらいなら……」


「一緒に、終わろ?」



振り上げられた刃が、街灯を反射して光った。




その瞬間――




「包丁を捨てろ!!」




怒号が、空気を切り裂いた。




同時に、足音。


重なり合うブーツの音が、地面を叩く。




円居さんの動きが、一瞬だけ止まり


「…うるさいなぁ」


呟いた直後


「抵抗するな!」


「刃物を持っている!押さえろ!」



警官が二人、三人。


一気に距離を詰め、腕を極める。



包丁が、地面に落ちた。


乾いた金属音がヤケに大きく聞こえた。



円居さんは、暴れなかった。


ただ、ぼんやりとこちらを見ていた。




「……邪魔、されたね」




そう言った声は、驚くほど静かだった。


抵抗はない。


泣きもしない。



そのまま、体を抱えられ、人影に隠れて彼女の姿が見えなくなる。



「咲真!」

緊張と恐怖に強張る体が、背後からの声と温もりに弛緩していく。

「…ッハア!怖かったぁ」

身をよじってアキラさんに抱きつく。

「俺も肝が冷えたぞ」

背中を叩いて宥められる。


その間にも、応援のパトカーが次々と到着し、


現場は一気に慌ただしくなる。


「被害者の方ですね?」

「怪我は?」

「救急呼びますか?」

問いかけの声が、遠い。



パトカーに乗せられて、すれ違った円居さんの目は、俺を見ていなかった。


きっと、「一緒にいる未来」だけを見てる。




警察での事情聴取は、驚くほど淡々としていた。


同じ質問を何度もされ、同じ言葉で答える。


「怖かったです」

「包丁を持っていました」

「逃げられませんでした」


嘘はついていない。

ただ、全部を話していないだけだ。



円居さんに連絡を取ったのは、俺だった。

会う場所を指定したのも。


終わらせたかった。

それだけだった。


アキラさんは反対していた。

刺激するな、距離を取れ、警察に任せろ——


全部正論だ。



でも、俺はもう耐えられなかった。



被害者みたいに泣いて、

「愛していたのに」「裏切られた」と語る彼女が。



父親同様、【俺】を一度も見ていなかった、その目が。




——正直に言えば。


あわよくば、と思っていた。



アキラさんの中に残っている


「助けられなかった」という感情を、

俺が塗り替えられないか、と。



身勝手だ。


だから、自分でも分かっていた。



「アキラさん」


「ん?」


「俺も結構、面倒くさいやつかも」



そう言うと、アキラさんは笑った。



「なんだそれ?てか夕飯、何がいいんだー?」


「肉じゃが!家庭の味ってやつ、食べてみたい」


「そんな大層なもんかねぇ?なら、買い物行くぞー」




スーパーの明るい照明の下で、


じゃがいもと玉ねぎ、にんじんをカゴに入れる。



「俗に言う家庭の味ってさ」


「うん?」


「失敗しても、なんとかなるんだよなぁ…」



アキラさんはそう言って、さやいんげんを取った。



「今度一緒に作ってみるか?」


「!うん!」


失敗しても、やり直せる。


ちゃんと、見てもらえる場所。




外は暗い。

でも、もう怖くない。



包丁は台所にあるもので、

未来は、ちゃんと前にある。




俺は今度こそ

ちゃんと見てもらえる。



「俺ん家は牛肉派なんだが、どうする?」

「アキラさんに合わせまーす!」








お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ