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Goodbye
床頭台には文庫本が積まれ、持参した果物の置き場はなかった。
学生時代の友達の入院は、長引いていた。
「来てくれてありがとう。…無理させたな」
『無理させたな』は、私のある朝の事を指していた。
大学も卒業間近の頃、私は長く付き合っていた彼女にフラれた。
朝目覚めると彼女はおらず、鏡に伝言があったのだ。
『漁師になります Goodbye』
真っ赤な口紅で、そう書かれていた。
それは、女性向け漁師用合羽の生産が追い付かないと連日ニュースが流れた年の事だった。
この病院は、彼女が行った漁村に建っている。
「いや、無理なんてしてない。昔の事さ」
私は笑って窓の外を見た。
海が広がっている。
漁船が一隻、遠ざかっていく。
私の鼻腔に残っていたはずの潮風は、いつの間にか病院の消毒の匂いにかき消されていた。




