臨死体験
「もう大丈夫なんですか?」
「ああ、お陰様でな」
先週、仕事中に倒れ昏睡状態となった常務は、奇跡的に回復し今日職場復帰を果たしたのだ。
昼休憩、常務は話し始めた。
「気が付くと俺は花畑にいたんだ。そして花畑の向こうに死んだ両親が立っているのが見えた。俺は嬉しくなって両親の元へ歩み寄ったんだ」
「常務、それ臨死体験じゃないですか」
常務はコクリと一つ頷くと続きを話した。
「すると花畑に鏡台が現れ、そこに小さな化粧品が一つ置いてあるのが分かった。不思議に思って化粧品に手を伸ばすと、『それに触るな!』『まだ、お前のする物じゃない!』という両親の必死な声が聞こえたんだ。驚いて両親を見ると…」
常務は少しためらう素振りを見せたが、意を決して続きを話した。
「…生前一重だったはずの両親の瞼が、パッチリ二重になっていたんだ!」
「えぇっ!?」
「俺は怖くなって来た道を引き返した。…そして次に気が付いた時には、病院のベッドの上だったという訳だ」
「…常務、何とも不思議な話ですね」
「ああ、今にして思えば、あの化粧品は三途のアイプチだったんだよ」
「三途の…アイプチ?」
「そうだ。三途が川だけだと思ったら大間違いだ。もしあの時、俺が三途のアイプチをしていたら、もうこの世には戻れていなかっただろう」
常務は、いつもにも増して腫れぼったい一重瞼を細め遠くを見た。
その表情は、いつもにも増して渋かった。




