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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無知で不幸になり、幸福にもなる

作者: 佐藤なつ

「お取り次ぎは出来ません。」

冷たく門前で言われる。

「そんな!」

下男が「しつこい。」と、言ってディアンヌを突き飛ばした。


仮にも男爵令嬢であるディアンヌを躊躇無く。

何の力もないただの令嬢であるディアンヌは地面に転がった。


途端に頭上から笑い声が聞こえた。

一人では無い、複数の男女の声。

「哀れな姿ですこと。」

なんて言葉では憐れんでいるような事をいうが明らかに蔑む声色。

ディアンヌの心は芯から冷え込みキリキリと痛んだ。

地面の冷たさ打ち付けられた痛さよりも、それは耐えがたい痛みだった。


王都のタウンハウス。

土地は限られているため、それなりに高位貴族であっても敷地一杯に屋敷を建てる。

だから、門でのやりとりは屋敷の上階、住人のプライベート空間まで聞こえているのだろう。

顔は出さない。

でも、それとなく態度で示す。

それが貴族のやり方だ。

ディアンヌはそれがわかっていなかった。

だから、下男に突き飛ばされるという辱めを受ける羽目になった。


更には治安を守る騎士団にも連絡がいったのだろう。

ディアンヌは彼らに引き取られていった。

ただし、彼らはディアンヌ事を知っていたためか、下男に苦言を呈していった。

か弱い女性、しかも男爵令嬢への対応では無いと。


下男はせせら笑って、「もうすぐ平民になるんでしょ。だったら一緒じゃないですか。」

などと言った。

その言葉にディアンヌは号泣した。


騎士団員が

「滅多な事をいうものではない。」

と、下男を窘めるも下男は口先だけの謝罪を寄越すだけだった。

騎士団員はディアンヌを慰めながら家にまで送ってくれた。

そして、ディアンヌの事も窘めてきた。

もう、彼らに関わるのはやめなさい。

あなたのお父さんの言っていたように、あるがままを受け入れ、毎日を慎ましく生きていきなさいと。

そう言ってディアンヌの背中を摩ってくれた。

彼らはディアンヌの自宅門前まで送ってくれた後、帰っていった。


下男に突き飛ばされて擦り傷が出来て、どこかも打ったらしく体中が痛かった。

でも、文句を言うこともできない。

だって、今のディアンヌは限りなく平民に近い、男爵令嬢でしかなかったのだから。


そもそも、ディアンヌは元平民であった。

ただ、何代か遡れば貴族ではあったらしいと聞くが、祖父母も母も早世し詳しい事を語ってくれる人はもういない。

父は寡黙な人で何も語ってくれなかった。

真面目に鍛錬を詰み、騎士として身を立て、ディアンヌに不自由のない、むしろ裕福な生活を送らせてくれた。


と言うのも、父には特別な技術があった。


魔物討伐後に傷一つ無い魔石を取り出す技術が。


通常、魔物討伐は何人ものチームを組んで行う。

倒すだけなら、力を合わせれば出来るのだ。

危険度も下がる。

ただ、倒す事に重きを置いていれば、魔石も傷つきやすくなる。


父は、単独討伐が出来た。

集団で入れない場所に単独で入り、上手にトラップを張り、魔物の動きを封じる事ができた。

完全に動きを封じ、その後、綺麗に魔石を取り出すことが出来たのだ。

他の誰も出来ないことだった。


父曰く、人に教えても上手くいかないのだと言う。

どこにどんな風にトラップを張るのか。

どんな風に動きを封じるのか。

そして、肝心なのは魔石を取り出す技術。

それを説明しても誰も出来なかった。


ディアンヌの父は特別任務を任され、年に数回、魔石取りに行く。

中でも特別な物、貴重な品は王族に献上していた。

父は騎士であり、献上は組織の判断であったが、それは特別な効果があり、病がちだった王后の具合が良くなった。


それで、父は爵位を賜った。

最初は父は断った。

父は、自分にできることは魔石取りだけ、貴族として生きていく能力は無い。

過ぎたお金を持っても管理出来ない。

爵位をもらっても、何も出来ない。

そう言い続けて、断り続けた。


父はディアンヌにもそう言っていた。

子供はディアンヌだけしかいない。

危険な仕事についている自分が事故などで亡くなったら誰もディアンヌの面倒を見ない。

余分な地位や、お金を持っていれば苦労するだけだ。

身の程にあった生き方をするべきだ。

結果的に周りからの圧力で父は爵位を賜った。

ただし、一代限りと自分から条件を付けて。


貴族になってから、確かに父は正しかったとディアンヌは思うようになった。

急に親族が増えた。


お祝いを言いつつ、借金を申し込んできたり無理難題を言ってきたり。

最初は、やんわり断ったり可能な事は受け入れていたけども、最終的に絶縁した。

絶縁時に、初めて爵位が役にたった。

しかし、親族としての繋がりは無くなり、貴族社会への伝手も別にあるわけではない。

ディアンヌは孤立したかと思えばそうでも無かった。

男爵になったが、住まいを変えることなく今まで通りの生活を送っていた。

隣近所は裕福な商人や引退した軍人、中にはリタイア後に市井の暮らしを楽しむ貴族のおじい様方など。

こじんまりとしたそれでいて作りのしっかりとした家で、庭に出て果樹を採ったり、近所に配ったりお裾分けを頂いたりして日々を過ごす。

近所の穏やかな人たちとの、つきあいは特に変わることも無かった。

父は、変わらず、定期的に魔物討伐に行く。

その間は、気心の知れた使用人達や隣近所の人がディアンヌの面倒を良く見てくれた。

一代限り、一番下の爵位なので、社交なんか必要ないと父に言われたディアンヌはその通りにして静かに暮らしていた。

時に図書館に行ったり、買い物に行ったり、カフェに行ったり。

隣近所には年の近い子供はいなかったが、特に不便や寂しさを感じることはなかった。


ただ、少し成長してから、学は必要ではないかということで、貴族ばかりが通う王立学園に入学した。

末端も末端。

いずれ平民になるディアンヌにとりたてて親しくしてこようという人たちはいなかったが、幸いな事に排除しようとする人たちもいなかった。

当たり障り無い対応をして貰えたので、ディアンヌは社会見学に来たような気持ちで毎日を過ごした。


そんな中、伯爵家の子息から突然交際を申し込まれた。

高位貴族の子息で、金髪碧眼。

物語に出て来る王子様そのものの容姿をしていた彼に優しくされてディアンヌは戸惑った。

父の教えを守り、身の程を弁えて遠回しに断りも入れた。

だが、何度も何度も誘われ、お姫様のような待遇をされてディアンヌは舞い上がってしまった。

元平民の小娘。

しかも世間知らずだ。

熱烈な求愛に絆されてしまった。


多少は遊ばれているのではと危惧はしたが、彼は父にディアンヌとの交際を申し込んでくれた。

父は難色を示した。

それにも彼は何度も何度も粘り強く申し込みに通ってくれた。


婚約と言うよりも仮婚約。

それなら。

と、父に言われ、他にも条件をつけられての仮婚約。

ディアンヌは幸せの絶頂に立っていた。

今まで行った事も無いような煌びやかなお店での買い物。

彼の家に招かれて家族とのお茶会。

彼の家族も優しく、ディアンヌを受け入れてくれた。


後は、少し遠出のピクニック。

あちらこちらと連れていってくれる彼はディアンヌに新しい世界を齎してくれた。


優しく、頼もしい彼に一生ついて行こう。

彼を一生懸命支えよう。

ディアンヌの頭には彼との未来しか見えなく鳴った頃に、彼は言った。


魔石を融通して貰えないか。

と。

彼の妹が病がちで薬が必要なのだ。

色んな治療法を試したが、効果が無い。


王族をも癒やした治療法が最後の頼みの綱だ。

妹にも会ってもらえないか。

言われてディアンヌは彼の妹に会った。

家自体には何度も招かれてはいた。

だが、妹には会っていない上に妹がいること自体知らされていなかった。


案内されたのは屋敷の二階。

位置からして最上の部屋であろう。

広い部屋。

かわいらしい調度品に埋め尽くされた中。

真っ白な天蓋付きの美しい細工が施されたベッドが真ん中に鎮座し、そこに座るのは正にお姫様だった。


王子様のような彼に面立ちの似た、簡単に壊れるガラス細工のような女の子だった。

一つ下と聞いていたが儚げな様子から、もう少し年下に見えた。


ディアンヌは妹君に挨拶をしようとした。

けれども、彼は遮るように話をした。

妹が小さな時から病に苦しんでいること。

色んな治療法を試したこと。

どれも芳しい効果はなかったこと。


ディアンヌが最後の希望なのだと。


喋って喋って喋り倒して、拝むようにディアンヌにお願いをしてきた。



圧倒されたディアンヌであったが、部屋から出た後に彼の両親からも拝むようにお願いされ、決心した。

自分が彼と、妹の為に何かをしなくてはいけないと。

父に話してみると彼に答え、早く話してくれると助かるとすぐさま家に送ってくれた。

父の帰宅を待ち構えて、すぐ事情を話す。

魔石を融通して欲しいと彼に言われたと。

彼の妹のかわいそうな境遇を。

彼が喋っていた時と同じくらい、いやそれ以上の熱量で話した。


父は困惑した顔をしていた。

ディアンの熱弁を聞き終わってから、一言。

「無理だ。」

と、断ってきた。


ディアンヌは愕然とした。

そして父に怒った。

それでも父は無理だとしか答えなかった。


ディアンヌは嘆いた。

泣き明かした。

そして、話した結果を知りたいと連絡を寄越した彼に、父に断られたことを伝えた。

彼はとてもとても悲しそうな顔で、

「そうか。」

と、だけ言った。

ディアンヌは胸が張り裂けそうな思いをした。


大好きな彼。

大好きな彼の家族。

良くしてくれて優しくて。

それなのに、自分は何も返せない。

絶望感がディアンヌを襲った。

その日からディアンヌは部屋に籠もった。

食事も碌にとれなくなった。


その様子に父はますます困惑した様子だった。

ただ苦渋の表情を浮かべ、無理とだけ伝えてきたが、ディアンヌの籠城が2週間を越え、ディアンヌが窶れて倒れてしまうのではないかという状態になって、ようやく父はディアンヌに一度だけと、答えてきた。

一度だけ。

それも成功するかどうかはわからない。

その後どうなるかもわからない。

父の言葉の上っ面だけを聞いて、ディアンヌは歓喜した。

これで彼の役に立つ。


渋る父の様子に気づくこと無く、むしろ早く出発しろと急かし、諸処の手続きがあると言う父に遅いとさえ言い、出発する父を見送った。

「早く持って帰ってきてね!」

なんて言葉を投げつけて。


そうして、しばらくして父は帰ってきた。

騎士団の仲間に運ばれて。

父は自力で帰ってはこれなかったのだ。

担架に乗せられて、寝たきりの状態だった。

魔物の毒にやられたらしく、意識も無い。

辛うじて生きている状態。


でも、父の手には大きな魔石が握り込まれていた。


単独討伐をする父ではあるが、道中は集団行動をする。

途中、中継地点を作ってもらいその後一人でしか入れない場所に入り魔石確保後、また一緒に帰るのだ。

ディアンヌは知らなかったが、今までも怪我をしたことはあったらしい。

父が無傷で何事も無く帰って来れる人だと思い込んでいたディアンヌは衝撃を受けた。

今回は騎士団の仕事では無く、父は自分の休暇を使っての完全なる単独行動。

だから怪我をしても自分で対処するしかなく、安静にすべきところを無理をして移動して、しかも騎士団の治療所を頼ることも出来ず、民間の治療院に入り、適正な治療を受けることができなかったため、こんな状態になってしまったのだろうと騎士団員達は言った。

無断の討伐は禁止はされてはいないが、推奨はされていない。

怪我を負っても自己責任だ。

通常の討伐であれば治療も騎士団が請け負ってくれる。

治療費も保証してくれる。

しかし、今回は無理だ。

更にこんな状態になった父は騎士を辞めなくてはならないだろう。

退職金はあるが、見舞金も、保証金も無い。

事実を淡々と告げられディアンヌは目の前が真っ暗になった。

騎士団の人は最後に、

父の手に持っている魔石は最高級のもので、それを売ればディアンヌが困らないだけの生活ができるだろうと言ってくれた。

売り先の伝手・・・つまり、王族への売却も口聞きすると言ってくれて彼らは去っていった。

呆然としたディアンヌの元に、次に現れたのは彼だった。

騎士団の人がいなくなったのを見計らったように彼はやってきて。

ディアンヌの肩をグッと握りしめ、大変だったねと慰めてくれた。

ひとしきり泣いたディアンヌは、父の見舞いをと言ってくれた彼を父の部屋に案内した。

すると、彼は父の手を握りしめてくれた。

ディアンヌはまたホロリと涙を流した。

流した次に、信じられない物を目にした。

彼が、父の手をこじ開け、そして握っていた魔石を取り出してしまったのを。

彼は父を見ていなかった。

魔石しか見ていない。

そして、何も言わずに立ちあがり、そして、そして出て行ってしまった。

ディアンヌは追いすがった。

だが、彼は馬車の窓から、

「君も病に伏せる家族の気持ちがわかるはずだろう?僕は一刻も早く戻りたいんだ。」

冷たく言い放った。

すぐさま出発する馬車。

ディアンヌは一人取り残された。


そして、彼からの連絡は無くなった。


風の便りに、彼の妹の治療が上手くいったと聞いた。

学校を休んでいるディアンヌに態々お知らせしてくれる親切な人たちがいたのだ。

親切な人たちは親交の薄かったはずのディアンヌに態々お手紙をくれる。

丁寧なお見舞いの文を数行。

それから、彼の近況を長々と。

彼の妹君の治療は大層上手くいったらしい。

今では学園に通えるぐらいになったらしい。

妹君は後妻の連れ子であり血は繋がっていないらしい。

いや、後妻は父の従姉妹であり、義妹はハトコであったらしい。

お二人は大層仲睦まじく学園生活を楽しんでいらっしゃる・・・・らしい。


そういうお手紙は何通も何通も届く。

だけども、彼からのお手紙は何も届かない。

ディアンヌから送っても何も返ってこない。


途方にくれたディアンヌは、抜け殻のような状態で、それでも父の面倒を見た。

使用人に辞めてもらい、日々の生活を切り詰め、家にある不要品・・主にディアンヌの衣服やら装飾品を売り、父の治療費や自分の生活費を賄った。


父が手堅く貯めてくれていた貯金はあるがなるべく手を着けないようにした。

何しろ、父の療養はいつまで続くかわからないのだ。

慣れない家事、父の看護それから、先が見えない事にディアンヌは疲弊していった。


疲弊した心のままに彼に手紙を送り続けた。

魔石を返して欲しい。

もう使われてしまっていると頭の隅では理解している。

でも、どうしても止められなかった。

送っても送っても返事は無い。

最後には送った物がそのまま宛先不明で返ってきてしまった。

思いあまったディアンヌはとうとう彼の家まで行ってしまった。


そして、そして冒頭に戻るのだ。

ディアンヌはもう動けなかった。


彼はディアンヌに魔石を得たかっただけなのだ。

その事実がはっきりした。


ディアンヌだって、わかっていた。

わかっていたのに、今まで認めたくなかった。

その事がようやく骨身に染みて理解できたのだ。


ただただ、泣いて、泣いて。

ディアンヌはずっと、踞っていた。


自分の愚かさに。

あさはかさに。

動けなかったのだ。


だが、泣いてばかりではいられない。

父の面倒を見なくてはならないのだ。

ディアンヌは魂が抜けたまま必要最低限の事をこなしていった。

生きていくのに必要な最低限の事。

自分は後回し、父の面倒を優先して。

そうするとどうなるか。

家は荒れていき、ディアンヌ自身も同様になっていった。

学校は知らない内に退学になっていた。

ある日、退学通知を持ってきた弁護士がそう言った。

高位貴族である彼が、お世話になった御礼にと態々弁護士を雇って手続きをしてくれたらしい。

それに感謝をせよ。

と、言わんばかりの態度であった。


更に、弁護士は彼の温情で他の手続きもしてくれると言う。

家を売却して、そのお金で父への良い療養先へ転居させてあげようと言うのだ。

彼が良い療養先を探して家まで手配してある。

感謝せよとまで言われて、ディアンヌは言い返した。

ディアンヌは慣れた環境で暮らしたかった。

新しい場所に移動するのは不安であった。

この家は父が残したそんな不安を訴えた。

だけども、弁護士は言葉巧みにディアンヌを説得した。

今後の事。

父の為に良い環境を提供するべきではないのか?

ここにいても未来は見えない。

良い事ばかり口にして、ディアンヌの心がぐらついたのを見たら、待機させていたのだろう人足を入れ荷造りを勝手にし始めてしまった。

止めようとしたディアンヌの意志を無視して、荷馬車に荷物を積み運び出してしまう。

更には父まで担架に乗せて馬車に乗せ、ディアンヌとは馬車内で話し合いましょうと言ってディアンヌを家から連れ出してしまった。

そうして、ディアンヌは住み慣れた家を出、街を出、山を越え、谷を越え、馬車に揺られ揺られて三日間。

王都から離れた田舎の領地の隅にぽつんと立つ古家の前に連れて行かれた。


彼の領地の端っこにある別荘だと弁護士は説明した。

長いこと使われていなかったので最低限の整備はしてある。

食糧は近くの村から運んで来て貰える。

そこまで手配してあるから安心して療養に専念するように。

そう告げると、早々に弁護士は馬車に乗って去っていってしまった。


確かに別荘と言うだけあってそれなりの大きささった。

弁護士の言う通りかなり昔の物なのだろう設備は古かった。


王都の家では上下水道が整備されていた。

魔石で動くランプや、オーブン、コンロまであった。

火事を恐れて暖炉も魔石を使ったボタン一つで作動するものだ。

だが、ここでは水は井戸から汲んで来なくてはならず、火も自分で起こさないといけない。都会育ちのディアンヌには使いこなせない。


途方に暮れていると、近くから村人が食糧や薪、蝋燭などを届けてくれて、火起こし井戸からの水くみなどを教えてくれた。

ただ、教えてくれただけだった。


村人曰く、お貴族様の家の物は勝手に触って傷つけると怖いし、領主様から食糧を運ぶ事だけ命令されているからと言うことだった。

どうやら、村は生活必需品を運ぶ代金を受け取っているらしい。

その仕事以外は請け負えない。

責任は負えない。

そう村人は言って帰っていってしまった。


ディアンヌは苦労して井戸の水を汲み、蝋燭の火を付け、暗くなった部屋のランプを付けた。

薪の竈で料理をしたことが無かった為、パンとかチーズで食事を終わらせた。

それからディアンヌにとって苦難の生活が始まった。

家のことをやってはいたが、都会のお嬢さんであったディアンヌには田舎の生活は耐えがたかった。

起きたら壁びっしりと虫がはびこっていたこともあった。

ネズミも都会の比じゃ無いほどいる。

隙間風だらけの家。

雨漏りもする。


その一つ一つに対応したくともディアンヌには難しい。

結局、村人に助力を頼む。

嫌がる彼らを口説き落とすのにはお金が要った。


都会の家にいたとき以上の出費が必要になってしまった。

痛い出費だが、なんとか生活を維持するのに、どうしても必要だった。


ディアンヌは元の家に戻りたいと彼に手紙を書いた。

弁護士にも書いた。

ここでは父の面倒を見ることは出来ない。

それに村には医者もいない。

いると言っていたのに話が違う。

思いをぶつけた手紙を委ねようにも、田舎過ぎて配達人は不定期にしか来ない。


村人達に相談するも全く意味は無かった。

彼らは田舎らしいおおらかさはあるが、都会育ちのディアンヌからすると粗雑だった。

だから、必死のディアンヌの願いにも

「無理だな。」

の一言で切って捨てたし、そもそもの説明が雑でわかりにくかった。


それでも、ディアンヌは毎日生きていくしかなかった。

辛くても、訳が分からなくとも。

少しずつ生活に慣れていって、やれることが増えていった時に、ディアンヌはようやく気づいた。

村人が荷物からちょっとずつ何かを持ち出していることを。


都会で大事に育てられていたディアンヌは色々なアクセサリーを持っていた。

ガラス細工で出来たもの。

宝石でできたもの。

露店で買ったものから、父が遠征先で買ったもの。

それから、父の友人がくれたものやら父の上司が褒賞としてくれたもの。

そういったものを、村人はちょっとずつくすねていってしまっていたのだ。


責め立てたディアンヌに彼らは悪びれることなく答えた。

家を用意させられて整備させられて、貴重な食糧も運ばされて、褒賞が貰えると聞いていたのに、最初の数ヶ月だけで滞っている。

だから、ディアンヌから直にもらっているのだと、領主様もそうして良いと言っていたと

堂々と。


そう言うやり取りがあってから村人達は搾取することを隠さなくなった。


ディアンヌが頼んでないものを届け代わりにと言ってディアンヌの誕生日祝いにもらったアクセサリーを持ち去っていく。

集団でもっていってしまわれては非力なディアンヌには抵抗しようが無い。


そうして、段々とディアンヌの持ち物はなくなり、なくなると段々届け物もされなくなっていった。


届け物が無ければ食糧を得る術を持たないディアンヌは困窮するしかなかった。

村人の言いなりになるしかなかった。

粗悪な食材が届けられて、代わりに価値ある物が消えていく。

村人が持っていっても換金性は悪いだろうにとディアンヌが思っていたが、届け物を包むのに、古い王都からの新聞が使われていてそれを見たディアンヌはやっと理解した。


新聞には社交界の華となっている彼と義妹の事が書かれていた。

彼は義妹を支えて病を克服した事。


そして、彼は困った人を放っておけない性質であり、学園の友人を領地に住ませて生活の面倒を見ている人格者だと紹介されていた。

写っている写真には彼と義妹が寄り添っており、義妹の首にはディアンヌの持っていた美しいアクセサリーが輝いていた。父が手に入れた珍しい辺境でしか手に入らない石を使ったアクセサリー。


珍しいカット、特有のデザイン。

真越しでもディアンヌにはわかった。

自分の物だと。

村人はディアンヌから持っていったモノを領主に献上しているのだ。


そこまで至ってディアンヌは悟った。

彼はディアンヌからしゃぶり尽くして葬るつもりなのだと。

彼にとってディアンヌは全く価値のない石ころであり、ただ利用するだけのモノでしかないのだと。

もう枯れたと思っていた涙が零れて、そして、ディアンヌは倒れた。

田舎に来て半年ほどが経っていた。

疲労が溜まりに溜まっていたのだ。


倒れたディアンヌの元には誰も来なかった。

だから、ディアンヌは床で凍えて目覚めた。

ちょうど、冬が訪れる時期だった。

田舎の冬はあっという間に来て、ディアンヌの別荘も襲った。

備蓄していた薪は節約してもすぐ消費してしまう。

このまま、ここで命が尽きるのだ。

ディアンヌは覚悟した。


全ては自分の浅はかさから起きた事。

父を巻き込んだ事。

全てが情け無くて悲しくて。

後悔しかなかった。


父にごめんなさい。

ごめんなさいと詫びて。

泣いて泣いた。

生活に困窮して父への介護も最低限になってしまった。


ディアンヌのせいで父はこんな事になってしまった。

どうやって父に詫びたら良いのだろう。

せめて父と一緒に死のう。

そのくらい追い詰められた時だった。

ディアンヌの屋敷を訪ねてきた人がいた。

雪が薄らと積もり始めた事を理由に来なくなった村人達。

このまま何も届かないまま凍死をするのだろうと思っていた所に訪れた人。

その人は、父の同僚達であった。

既に引退した人たちが二人。


彼らは、ディアンヌの窮状を見てとった。

そして来るのが遅くなった事を詫びた。

それからディアンヌに食糧を差し入れ、数日ここに滞在する事への許可を求めた。


ディアンヌは、もう何も考えることは出来なくなっていた。

でも、ここで父の元同僚に頼るのも何か違うと思っていた。

流れ流されてここまで来てしまったのだ。

自分で何とか対処したい。

そう思うも無理だった。

その気持ちを正直に告げる。


自分は何も分かっていなかった。

何も考えていなかった。

それでこんな事になってしまった。

だから自分で責任を取るべきだと。



同僚二人はディアンヌの話を黙って聞いて、ただ滞在の許可だけくれれば良いと改めて言った。


それから二人は家の修繕、それから森に出て狩りをして食糧や薪やらを確保してきてくれた。

取りあえずの食事、生活が保証されてディアンヌの気持ちも落ち着いた。

冬の間、二人の同僚は別荘に滞在した。

お陰で冬を越すことができた。

春の訪れを感じた時に、同僚二人は王都に帰ること、ディアンヌも一緒につれていくことを伝えた。

ディアンヌは頷いた。

田舎ではディアンヌは生活は出来ない。

それを身に染みて感じたのだ。


ディアンヌが頷いた事で、同僚二人はどこからか馬車を用意し、寝たきりの父とディアンヌを乗せて村を出発した。

気配を察した村人が、そして村長が勝手な事をするなと文句を言いに来たが、二人は一瞥するだけで淡々と作業を済ませ村を後にした。


そして、そして、ディアンヌは王都に帰ってきた。

ディアンヌの家は彼によって売られ、既に他の住人が住んでいた。

ディアンヌは騎士の家族が住むエリアに単身者用の小さな部屋を貸し与えられた。

更には騎士団での事務仕事を紹介してもらった。

住処と仕事を得て、穏やかな生活を送れるようになり、ディアンヌは心底安心したのだ。


そうしてから、ディアンヌを連れて戻してくれた元同僚達が自分達の息子や知人を紹介してくれた。

良い人がいったら身を固めた方が良いと言うのだ。

ディアンヌはとてもそんな気持ちになれなかった。

なれないが、男性が家にいることで生活が安定するのを体験して断れなかった。

会ってみると、良い人で、そしてディアンヌの気持ち癒やしてくれる。

ディアンヌは紹介された騎士の一人と結婚することにした。

言葉少ないけれども優しい。

ディアンヌを大事にしてくれる。

どことなく父を思わせる人だった。


婚姻を結んだ日。

結婚式の次の日に父は静かに息を引き取った。

ディアンヌを任せられる人に託せて安心したのだろうか。

人はそう噂した。


それから、ディアンヌは平和な日々を送った。

夫となった人は真面目に仕事をこなし、家事も手伝ってくれた。


子供も産まれ、皆に見守られながら忙しくも賑やかな毎日を暮らして幸せに過ごしていた。

ある日、彼が王宮のパーティに呼ばれたとディアンヌに言った。

ディアンヌは

「私は平民だから。」

と、断ったが

「騎士の妻だから大丈夫。他の奥さんも出るよ。」

と、何度も誘われた。

余り喋らない夫の熱心な誘いにディアンヌの心は揺らいだが、ディアンヌは、もう貴族の世界に関わりたくなかった。

断固として断ったディアンヌに、それならそれで良いよ。

皆は受け入れた。


そして、ディアンヌは平穏で幸せな日々を送ったのだ。

過去のことなど忘れて。

とても、とても幸せな毎日を積み重ねていった。




夫が誘った王宮でのパーティ。

それが何であったのか、ディアンヌは知らないまま。

そこで何が起きたのかも知らないまま。


ディアンヌは知らない。


王宮でのパーティで元彼が断罪された事を。


ちなみに彼と義妹は既に婚約を結んでいた。

パーティに出席した彼らは別室に呼ばれ、ディアンヌにした事を問い詰められ、隠されていた事実を教えてやった。


ディアンヌが王族の血を引く特別な娘であることを。

特殊な能力を受け継いでいたこと。

その特殊な能力を受け継いだ者を妬み、過去には、諍いや監禁・拉致など問題が起きていたこと。

その為、能力を受け継ぎし者は総じて短命であった。


父は元々母の護衛騎士であった。

母は安全のために隔離された暮らしを嫌がり市井に降りる事を希望した。

父は命がけでその願いを叶えてやった。

しばし、平和な生活を送り子供が産まれた所で母が拉致され儚くなってしまった。

父はその責任を感じていた。

特殊な能力を受け継ぐのは直系の一人。

能力も様々。

ディアンヌの能力は、思う人の能力を伸ばすことであった。


・・・父への加護を願った為に、父が誰も為しえない魔石採取が出来ていたことを。

保護の目的で市井に降りていたこと。

住んでいた地区は、ディアンヌの為に整備された区画で住む人も厳選されていた事。


ディアンヌが大事に思う人が父から彼に移ってしまった為に、父が負傷したことを。

父の採った最後の魔石を献上させ、その対価に王宮で引き取る体をとろうとしていたのに、彼が奪ったことで計画が頓挫したこと。

他の手立てを探し、目立たぬようディアンヌを引き取る手続きをしようと画策していた間に、ディアンヌの悪評が広まり動き辛くなった事。

更には、ディアンヌの家は元々、王族の持ち物であり勝手に売買することはまかりならないこと。

ディアンヌの持っているアクセサリー類は御礼という名目で王族から下賜された物もあったこと。

この場で義妹が身につけているアクセサリーは前王の妹からディアンヌの母に下賜された物であること。

などなど。

更に更に、ディアンヌの父が採ってきた魔石の扱いは王直轄の研究所で厳密にされるべきほど強力なものであり、素人が取り扱えばどんな弊害が起きるかわからないこと。

義妹の完治したと思われている病は本当に完治したか不明で、今後どんな副作用が出るかはわからない、今までの研究成果では後、数年で義妹の体調は悪くなるのではないだろうかと言うことなどが告げられた。


そして、彼と、義妹と、彼の実家はその日を堺に消えてしまった。

王国の歴史からもその家の名前は消されてしまった。

そんな家など最初から無かったかのように。

全て全て消し去られた。


そんな事もディアンヌは知らない。


これからも、この先も知ることは無い。

それだからこそ、ディアンヌは幸せなのだ。





+++++

蛇足の呟き。

彼は、調査が足らなくて知識が足らなくて不幸に。

ディアンヌは知らないことで幸せに。

きっと断罪を知ったらディアンヌだったら心を痛めただろうから。


人によって必要な知識は違うのでしょうか。

難しいですね。

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