11 凛、魔眼に目覚める。
奏山先生は懐から何かを取り出す。
これは……、魔法少女のフィギュア?
「私のお守りみたいなものです」
先生は人形をぎゅっと握り締めた。それから、自分に言い聞かせるように呟く。
「……私が、皆を守らないと」
その時、ガタガタと大きな音が聞こえた。
振り返ると、宙に浮いていたパイプ椅子が全て床に落下してしまっている。鬼神のようだった絢先輩は力なくしなしなと膝をついた。
「もう、無理です……」
バトンタッチするように奏山先生が立ち上がる。
「魔力切れのようですね。あの爆発力ですから、訓練で魔力量を増やせば彼女は素晴らしい使い手になりますよ。後は私がやります」
「先生! 待っ」
引き止めようとした時には、もう目の前から奏山先生の姿は消えていた。
風を纏った先生はガルファドスに向かって一直線に飛んでいく。勢いをゆるめることなくそのまま。
ドォォン!
双頭の大虎に体当たりした。ぐらりと揺れる巨獣。
先生は自信のある機動力で動き回り、さらに突撃を繰り返す。
自らを弾丸と化す、まさに捨て身の技。私は感知できないから分からないけど、きっと先生は相当な量の魔力を身に纏っている。この攻撃に全てを懸けてるんだ。
だけど、こんな全力疾走な戦い方、長く維持できるはずない。
その通りだった。
奏山先生の飛行速度が徐々に落ちていく。
目の慣れてきたガルファドスは、この隙を逃さなかった。体当たりにきた先生を前脚で捉える。
体育館の床に叩きつけられる奏山先生。
双頭の魔獣がすぐ目の前で大きな口を開いていた。火炎放射の兆候である赤い火花がチリチリと。
いけない! 今の状態であんな至近距離から食らったら先生は確実に……!
……私は、戦闘魔法なんていらないと思った。今の日常が崩れるくらいなら、ない方がいいと。
だけど、私が望もうと望むまいと、異変は向こうからやって来た。
だったら、私も変化を望む。
私は今、先生を、学校の皆を助けたい!
この右眼! 何かあるならさっさと出せ!
思わせぶりに、ジジ、ジジ、言ってるだけなの!
……ジジ、ジジ、
…………、……ジ、ジバンッ!
突然、結界付きの眼帯が弾け飛ぶ。
み! 右眼が逆ギレした!
ごめん、さすがにちょっと言いすぎたかも……、……って、何この溢れてくる感じ。
よく分からないけど、きっとこれは魔力だ。
それもおそらく、膨大な量!
そうだ先生!
右眼で奏山先生を見た瞬間、私と先生の魔力がつながった気がした。
その直後、ガルファドスが二つの口から同時に火炎を吐き、先生はそれを頭上から浴びる。
見ていた生徒達から一斉に悲鳴や泣き叫ぶ声が上がる。
炎が収まった時、奏山先生の姿は影も形もなかった。
まさか、跡形も残さず……?
と思っていたら、下からぴょこっと先生が生えてきた。
どうやら板ばりの床が抜けて地面まで落ちていたらしい。
それにつけても先生、服も髪も全く焼け焦げたところがないんだけど。
彼女も確認するように自分の体をまじまじと見つめていた。
「な、何ですか、この魔力は……」
それから私の方に視線を移してくる。
「咲間さん、その眼……、いったいどうなっているんですか……? ……冗談だと思っていたのですが、本物の魔眼だったんですね」
「冗談だったんですが、本物だったみたいです。……やっぱり、今のこれは私の眼が、先生! 後ろ!」
ガルファドスは必殺の火炎放射で無傷だった奏山先生に面食らっている様子だった。しかし、すぐに我に返り、今は先生の背後で前脚を振り上げていた。
私の声で振り向いた先生がとっさに手を出す。
ズンッ!
それは現実感のない光景だった。小さな先生が巨大な虎の前脚を片手で受け止めている。
結果的に、なんか「お手」したみたいになってるね。
「先生、今なら風でその魔獣も吹っ飛ばせるのでは?」
「そ、そうですね、風で吹っ飛ばしましょう」
この時、私は余計なことを言ってしまったと思う。まあ、先生もうっかりしてたんだけど。
どういう理屈か分からないけど、私の眼の力で奏山先生の魔力は以前とは別物なほどに強化されていた。それはD級の先生がランクCの魔獣を子猫扱いできるくらいに、だ。
そんな彼女が本格的に魔法を発動させればどうなるか、という話。
ゴッ、バァァ――――――――ン!
奏山先生の放った爆風で、ガルファドスは言うまでもなく、体育館の半分が綺麗に吹き飛んでいた。
やった張本人のはずの先生が呆然と呟く。
「……この威力は、A級……、いえ……、
もはやS級(測定不能)です……」





