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#20 本社ビルが飛んだ日

その日、本社ビルの空調が“謎の風圧”で全停止した。


「なにこれ、突風? 外、嵐でも来てるの?」


ナタリーが資料を押さえながら、窓際のカーテンを乱暴に引いた瞬間――景色がなかった。


あるべきものが、ない。


地面も、他の建物も、見慣れた街並みも、何一つ。


そこにはただ、空。どこまでも、どこまでも青く澄んだ、異様なまでの静寂が広がっていた。


「うそでしょ……空中?」


本社社屋(三田)は、緊急警報を全館に響かせた。館内放送が悲鳴のように鳴る。


『全職員に告ぐ! 現在、建屋ごと高度上昇中! 状況不明、外部攻撃の可能性あり! 各部門は直ちに安全確認を――』


だが、営業部フロアではすでに机が傾き始め、カルロスが半泣きでポーション棚にしがみついていた。


「俺の“浮遊補助液”が全部! ほら見て! 試作品の中に“重力逆転エキス”混じってたらどうしよう!!」


「お前が一番の原因だろうが!」


グラント部長が吠える。その直後、天井の魔力灯が一斉に明滅し、建屋全体に震動が走った。


ズズンッ……ッッゴゴゴゴゴッ!!


「また揺れた! なに今の!?」


ナタリーは踊るように飛び退きながら、床に手をついて反射的に三田に呼びかける。


「三田さん、応答! 状況、制御できてますか!?」


『……不可能だ。俺自身が“飛ばされてる”』


その言葉の意味が伝わるより早く、トットちゃんが階段の隅から飛び出してきた。


「わーっ! 上に行ってるってことは、下に落ちるってこともあるよね!? 私、地面系攻撃とかほんと苦手なんだけど!」


「なにその属性分類!?」


フロア全体がざわめき始める。もはや通常業務どころではない。


三田は、全システムを総動員して確認する。浮遊の出力源。重力の変調。魔力の流れ。全てが、社屋の“真下”から来ている。


(誰かが、俺ごと“持ち上げてる”……いや、違う。これは……)


その瞬間、地下倉庫の封印結界にエラーが走った。


『クロノス社製 魔力触媒反応体:起動確認』


(は!? クロノス社だと……!?)


遅れて、マリーの合成音声が無機質に響く。


《注意。地下第七層の魔導炉が強制起動されました。外部起動鍵の使用が疑われます。緊急封鎖プロトコルを選択してください》


(封鎖だと? 待て、そんなことしたらこのまま空中分解するぞ!!)


地上200メートル。徐々に社屋の基礎部が軋み始める。


異常な浮上。止められない上昇。外部からの力、そして――クロノス社の干渉。


三田は、まだ明確な“敵”の顔を掴めていなかった。


だが一つだけ分かる。


(これは、宣戦布告だ)


その瞬間、ビルの屋上を突き抜けるようにして、空間に巨大な魔導サークルが浮かび上がった。


次の瞬間、社屋は空を裂く音とともに、雲を貫いた。



「おいマジでこの会社、どこまで飛ぶ気だよ……!」


社屋内の振動は徐々に安定しつつも、高度はなお上昇を続けていた。すでに雲の上だ。窓の外には青と白のグラデーションしかない。グラント部長が額に汗をにじませながら、壁に手をついて呟く。


一方、地下階では応急対策会議が招集されていた。といっても、集まったのはナタリー、カミラ、トット、カルロス、マリーの通信端末越しに喋る三田だけ。少数精鋭(というか他の部署が騒ぎすぎて動けない)のメンバーである。


「まず、我が社屋は現在、地上からおよそ3000メートル上空を浮遊中」


「それ、もはや“飛んでる”って言っていいのでは……?」トットが突っ込む。


「飛んでるんじゃない。浮かされてるんだ。しかも、原因は……」


「クロノス社、ですね」


ナタリーが冷静に口を挟む。彼女の手には、地下七層で検出された“起動痕”のログが表示されていた。


「魔導炉の封印が強制解除されたタイミングで、上昇が始まっています。“重力圧縮炉”、おそらくクロノス社製の試作兵器。それが我が社屋の真下で起動中」


「ちょっと待て、そんなのいつの間に……? そんなモノ、誰が社内に持ち込んだ?」


「わたしじゃないよ!」カルロスが即座に手を挙げた。


「言い訳が早すぎる!」カミラの冷たいツッコミが飛ぶ。


三田の回線に、再びマリーのシステム音声が割り込んでくる。


『注意。浮上エネルギー、安定域を超過。構造ストレス増加中。浮上を止めなければ社屋構造そのものが分離崩壊の危険があります』


「要するに、このままだと“俺”、バラバラになるってことだな……」


「やめてください、それ地味にトラウマになります」


「で、どう止めるの?」トットが床をつつきながら問う。


「止めるには、地下七層に突入して、起動炉の中枢を“ぶっ壊す”しかない」


「ぶっ壊すって……誰が!?」


そのとき――


「私が行きます」


静かに言ったのは、ナタリーだった。


「社屋を守ることは、営業部の任務の一環です。敵が我が社の敷地に攻撃を仕掛けたなら、営業として“交渉”します。魔導炉でも、直接対話します」


「交渉って、殴る気だろ……」


「まあ、交渉手段はいろいろありますので」


ナタリーはすでに上着を脱ぎ、内部装甲モードに切り替え始めていた。体に刻まれた龍鱗模様が、戦闘態勢への移行を告げる。


「ただし、単独では危険です。カミラさん、護衛をお願いできますか?」


「断る理由がない。あれは“研究所”に許可なく侵入してきた存在。……排除対象だ」


二人は目配せを交わし、即座に行動を開始した。


カルロスも思わず立ち上がる。


「ぼ、僕も! ポーション……いや、ポーションはたぶん役に立たないけど、何かしら手伝いは……!」


「なら後方支援を頼む。ミスが少なければ昇給対象に入れておく」


「うおおお、まかせてください先輩!」


三田は、その様子を見ていた。


(……不安もある。恐怖もある。でも、こいつらが動いてる限り、俺も止まっていられない)


(俺は……この会社の“土台”なんだ)


地下へ向かう3人の足音が遠ざかると同時に、空気がピンと張り詰める。


戦いは、始まったばかりだ。



そのころ、空の彼方。社屋の真上、数キロ先の浮遊島にて。


クロノス社の黒服の男が、静かに呟いた。


「始まったな。さあ、“三田啓司”――お前の芯を、見せてもらおうか」



地下七層。そこは本来、魔力制御設備のメンテナンスルームだった。だが今は違う。


「っ、これが……“重力圧縮炉”……!」


ナタリーが思わず声を漏らした。


目の前に鎮座しているのは、円柱状の黒い魔導炉。その表面には無数の古代文字と、クロノス社の社章が刻まれていた。そしてその周囲には、異様な数の黒いケーブルが張り巡らされ、まるで生き物のように脈動している。


「魔力が暴走してる。……これ、ただの浮上装置じゃない」


カミラがすぐさま周囲の魔力流をスキャンし、即断する。


「これは……重力圧縮で、物質の“核”ごと粉砕する兵器よ。浮いてるのは副産物。……本命は、おそらく“社屋ごと圧縮消滅”」


「消滅……って、それ、俺ごと!?」三田の声が上空から響く。


そのとき、魔導炉の上部に――人影が立った。


それは、クロノス社の黒服だった。先ほど空中で社屋を見下ろしていた男。


「やはり来たか。“社屋”の中枢反応が地下に集中しているとあってはな」


その男は、黒い仮面を外し、正体を現す。そこには――人間の顔。だが、目は赤く染まり、肌は硬質化していた。


「人間……?」


カミラが低く呟いた。


「いや、違う。“人間だったもの”だ」


男が笑った。


「我々クロノス社は、“非生物型転生体”を研究していた。無機物に生物を転生させ“物言わぬ器”として利用する道を模索していたのだ。だが……君は想定外だった。“自我を持ったまま、社屋として機能している”などという前例はなかった」


視線を落とした男は表情なく小声で言う。


「おまえは……本来、起動すらしてはならない失敗品……」


ナタリーが目を細める。


「つまり……あなたたちは、“三田さん”のことを処分しに来たんですね?」


「……いや、逆だ。彼こそ我々の求めた“理想個体”だ」


男は狂気の笑みを浮かべた。


「だが残念ながら、我々の制御下に置けなかった。ならば、再構築するだけ。社屋ごと、いったん“潰す”必要がある」


「言ってくれるじゃない……」


ナタリーの鱗が光を帯び、蒸気が全身から噴き出す。


「そんな理屈でうちの“社長代理”を消されてたまるか」


カミラが横に立ち、無表情のまま槍を構える。


「三田は、私たちの会社の“柱”よ。根拠もないのに、なんでそう思えるのか不思議だけど……でもそういう奴なのよ。消したければ、私たちを倒してからにして」


「ふん。やれるものならやってみろ。“転生体解体兵装”、起動」


黒服の男の両手が機械のように変形する。金属の鋭刃が両腕に伸び、魔力を帯びて唸りを上げた。


「ナタリー、挟撃で行く。私は魔導炉に接触して防壁を解析する」


「了解。交渉開始!」


カミラが横に逸れて走り出し、ナタリーが正面から突っ込む。その瞬間、地面が爆ぜ、黒服の男が鋼の腕で応戦する。


魔導炉周囲が衝撃波で揺れる。上層階にもその振動が走り、社員たちが会議室で椅子ごと転倒して悲鳴を上げた。


ナタリーが拳を叩き込み、黒服の男が血を吐く。


「まだだ。これしきで、我がクロノスの――」


その背後に、無言でカミラの槍が突き立った。


「……遅い」


低い声とともに、男の体が崩れ落ちる。


同時に、魔導炉のケーブルが一斉に暴走を始める。動力部が過熱し、赤熱を帯びて発光していく。


「暴走が止まらない!」


ナタリーが叫ぶ。


だがそのとき、三田の声が再び響く。


「俺に任せろ。今、炉の内部接続に割り込む」


「えっ、どうやって?」


「社屋だから。配線、床材、全部“俺の体”だ」


その言葉と同時に、魔導炉がガコンと音を立てて揺れ、周囲の光がすぅっと引いていく。


《圧縮炉、停止完了。》


マリーの無感情な音声が、空気の張り詰めた地下に静かに響いた。


そして、社屋の浮上も――止まった。



社屋が、静かに地面へと戻っていく。


かすかに軋む鉄骨の音。だが、それは崩壊の兆しではなかった。むしろ、重力を取り戻した建物全体が「ふぅ」と一息ついたようにさえ思えた。


地上では、社員たちが、転がった書類や倒れた机を起こしながら、ぽつぽつと立ち上がっていく。


各部署でどよめきが広がるが、何よりもまず全員が無事であることを確認する声が飛び交う。書類が舞い、机が傾き、ペンが床を転がる中――ナタリーとカミラは、地下から階段を上がって戻ってきた。


「抑制は完了。炉は解体処理に入った。クロノスの残存コードも焼却済み」


カミラが淡々と報告すると、社員の一部が小さく拍手を送る。


ナタリーは一拍遅れて、その隣で軽く手を振った。


「無事なのが一番でしょ。ほら、もう少し整理したら通常業務に戻るよ」


その声に呼応するように、社員たちは徐々に、再びいつもの雑多な業務へと戻っていく。


そんな様子を、上階の監視端末越しに見下ろしていた三田は、ふっと声を漏らした。


「……なんだろうな」


彼自身は、社屋の中心部に意識を置いたまま。構造損傷の再チェックをしながら、データログの修復を進めていた。


「さっきの戦いで天井一部ひび入ってるし、ケーブルもいくつか焼き切れてる。予備電力は残り9%か……はは、笑えないな」


それでも、口調はどこか明るかった。


そこへ、受付フロアのスピーカーから声が飛んできた。


「おつかれ、社屋くん。さっきラムネ勝手に飲んだの誰かと思ったら、地下に魔導炉あったとか聞いてるよ? つか、飛んだ? 空、行ったの? うちの社屋、飛行型だったの?」


トットの早口は相変わらずで、三田は苦笑する。


「飛んだんじゃなくて、飛ばされたんだ。まあ……次からは飛ばされても、もうちょっと着地マシにする」


「そのへんの調整も自己責任ってこと? まじで多機能だね、うちの社屋!」


「なんなら、飛行ユニットでも検討してみようか?」


「やめて! 予算会議が凍るやつ!」


スピーカーがノイズ交じりに笑い声を返す。


そのやりとりを見ていたカミラが、階段を上りながらぽつりと言った。


「……うるさいけど、悪くない」


ナタリーも隣で同意するように軽く頷いた。


「こういう“ごちゃごちゃした日常”、案外嫌いじゃない」


一方、屋上近くのフロアでは、グラント部長が腰を押さえながら「誰かマッサージ頼む……あとラムネとタオル……」と呟いていた。


その声も、転送音も、雑多な書類の再印刷音も、すべて三田の“体”を通して響く。


社員の声、息遣い、足音、笑い声。


三田はそれを、耳ではなく“躯体”全体で受け止めていた。


多少のひび割れと、空を飛んだ後のズレを抱えながらも――この会社は、今日もなんとか稼働していた。

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