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#18 社員旅行(強制)のお知らせ

午前11時、社内ネットに一斉通知が届いた。


《【臨時通達】本日午後、社員旅行(強制)が発動します》


「──はあ?」


一瞬、時が止まる。


グラント(熊獣人/営業部長)が、昼飯のカレーを咀嚼中に噴き出した。


「しゃ、社員旅行……? 今日いきなり? 強制って、どういう──」


《【目的地】地獄級混浴温泉郷『ラーバ火口郡』》

《【手段】社内魔法により転移》

《【注意】逃げられません》


三田──つまり俺(社屋)は、空調ダクト越しに社内全域の騒然とした空気を感じ取っていた。


(は? ちょっと待て。これ、オレの同意は? ていうか、俺ごと転移されるパターン?)


「おい誰だこれやったの! 社内イベントの権限って俺じゃ──」


──ピコン。内部ログイン履歴:社長アクセス


(社長ォォォ……!!! お前どんだけ地雷置いてってんだ……!)


そして午後。宣言通り、問答無用の転移が起きた。


「ちょ、服──ッ! 着替えッ──」


「ぎゃあああ!! この姿で転送しないでぇぇ!!」


「バスタオル!? バスタオルが体にぴったりフィットしてる!? 魔法かこれ!?」


社員全員、瞬時に「温泉仕様」へと強制着替えさせられた状態で転移完了。

目の前に広がるのは、赤岩の断崖と無数の蒸気柱が立ち昇る、灼熱の大露天風呂。


温泉地・ラーバ火口郡。


地面には魔法文字でこう刻まれている。


《ようこそ! 社員の疲れとストレスを癒す、強制レクリエーション地獄へ!》


「レクリエーションの意味とは」


副主任(リリス族)は険しい顔のまま、自身の胸元を押さえながらタオルを引き寄せる。


「……誰が企画したか知らないけど、温泉なのに混浴一択って、倫理観どうなってんのよ」


「でも……変なことはされてないみたいです……。服も魔法で再構成されてて──あ、フェリア!? 顔真っ赤だよ?」


「~~~っ!! 透けてません!? 透けてませんよね!?」


亜精霊族のフェリアは、湯気に耐性がなく、髪も耳もほんのり発光している。

背後で、研究班のクロウエルが鼻血を出して倒れていた。


「純粋に、幻想的すぎて……尊死……」


「生きろ研究班」



「なんなんだこの騒ぎ……ていうか俺の建材、地面から突き出てるんだけど!?」


三田(社屋)は、温泉の一角が「受付カウンター付き岩風呂」になっていることに衝撃を受けていた。

完全に“俺”の一部が観光施設と化している。


「俺、サービス精神ある方だけど、ここまで来ると……辱めでは……」


受付横には“おしぼり”と“ラムネ”が自動で用意されており、トットちゃん(妖精)がタオル姿で飛びながら接客していた。


「いらっしゃいませ〜♪ 本日は“地獄の湯”コースでーす! お飲み物は毒消しハーブティーか、精霊ドリンクが選べまーす!」


「完全にテーマパークのノリだ……」



「っていうか、混浴なのやっぱりおかしいでしょ!? 誰か壁作って、せめてのれん!」


ナタリーが叫ぶが、冷静なカミラ(蛇人族)はタオルを巻きながら首を振る。


「ここ、“のれん破壊属性”が設定されてる。物理的にも魔法的にも区切れない仕様らしい」


「そんなパラメータあるかよ!」


グラントはタオル一丁の熊姿で、腕を組みながら周囲を見回す。


「まあ……せっかくの温泉だ。せめてゆっくり疲れを取るか……」


「じゃあまずは岩盤浴エリア行こうよー! あっちに“溶岩風味サウナ”もあるよー!」


「お前ら、バグ温泉でテンション上がりすぎだろッ!」


三田はどこか虚ろに、社員たちの浮かれた声を聞いていた。

蒸気、肌、赤岩、騒がしさ……これ、どう見ても“サービス回”だ。


(……いや、違う。おかしい。これで終わるはずがない……)


直後、地の底からゴゴゴ……と不気味な振動。


(やっぱりな!?)


湯の中心、最奥の地割れから、巨大な影が立ち上がる。


ズズン……!


「え……あれ、ゴリラ……? 温泉タオル……?」


クロウエルが震えながら呟いた。


「違う……あれは……混浴を司る地獄の番人、“温泉魔獣ガルド・セントヴェル”──!」


咆哮。

熱気が吹き飛ぶ。


「なにこれ……社員旅行って、バトルアトラクション込みなの……!?」


「──来るぞッ!」


三田(社屋)から全感覚で鳴り響く、警告音。


湯けむりを切り裂き、魔獣が吠えた。

全身が火山岩で覆われたような巨体。肩からは湯の蒸気が常に噴き出している。

腰には、まさかの社章入りタオル。


《温泉魔獣ガルド・セントヴェル》

《属性:火・蒸気・羞恥心破壊》

《特性:空気を読まない。混浴上等。羞恥無効。》


「いや、最後の要素が一番やばい!」


悲鳴を上げたのは、リリス族の副主任。

目線を逸らしながらタオルを胸元で押さえ、「こんなバカげた混浴イベント、職場で許されると思ってるの!?」と叫ぶ。


「今それより魔獣優先しよう!? てかタオル固定してるのどういう魔法だコレ!?」


グラント部長が咆哮。


「行くぞッ!! 社員旅行だろうが、戦いに来たからには勝つ!!」


熊の脚で大地を蹴り、拳を固めて突進。

ガルド・セントヴェルと正面からぶつかる。


ドガン!!


衝突の瞬間、蒸気が爆発した。


「ぬぉおおおおおおッ! 重ッ……!」


「効いてない!? 火属性に物理通すには──」


「水だッ!! 水、誰か水系スキル持ってないかッ!!」


「呼ばれた気がして!」


即座に反応したのは日和(経理)。経理なのに水魔法スキル持ち。


「水魔法・帳簿の涙ァァアア!」


シュバッ!


青白い水流が弧を描き、魔獣の背に命中。

その瞬間、岩の甲殻に一部亀裂が走った。


「通るぞ、これ! 弱点は湯の下っ!」


「だったら、あたしが上からいく!」


ナタリー(ドラゴニュート)が飛膜を広げ、空中から蹴り込む。


「炎脚──ドラゴン・カノンキィィィック!!」


蹴りがガルドの額を直撃。爆音が鳴り、蒸気が晴れる。


しかし──


「……なっ……無傷ッ!?」


「頭は固いのよ!」カミラが冷静に告げる。「狙うなら足、膝、腹。あと浴場管が集中してる右肩!」


「浴場管って何!?」


「“俺”の構造的な弱点らしい!」と、三田(社屋)が叫ぶ。


「ちょ、俺いま戦場の一部なんだけど!? 今ぶっ壊されたら、社屋として終わるってば!」



その頃。


フェリア(亜精霊族)は湯の中で小さく震えていた。


「……こわい……けど、何かできないと……」


その瞳が蒼く光る。


「──癒しの泉、起動!」


小さな精霊が彼女の周囲に現れ、負傷者に癒しの光を放つ。


「回復班、形成されたわ!」副主任が叫ぶ。「ナタリー! もう一回、左脚から行って!」


「ラジャーッ!」


再度飛び上がり──


「せいっ!」


ナタリーの蹴りが魔獣の左脚に当たる。今度は岩盤が大きく砕け、ガルドが呻く。


「グ……オオ……!」


よろける魔獣。

一斉に、社員たちが突撃する。


「いけえええええええええええ!!」


湯けむりの中、魔獣に向かって──タオル一丁の獣人、飛膜を広げた女子、ヒールで岩場を走る副主任、背中で光る精霊の花、そして全裸に近いコボルトが駆ける。


「社畜なめんなああああああああッ!!」


バシャアッ!


突撃の中、コボルト・ミツルだけは滑ってそのまま転倒。


「タオルオオオオオッ!!」


「誰かカメラ回してたら死ぬぞこれえええええ!!」


「カメラ回ってませんが社屋の録画機能は動いてます!」


「お前だよ三田あああああああああ!!」


場面は一気に混沌と化した。


──しかし。


カミラの放った魔法槍《水圧撃・螺旋貫通》が、ついにガルドの右肩を貫いた。


「うおっしゃああああああ!!」


魔獣が、ぐらりと揺らぐ。


「──ナタリー、トドメッ!」


「うん、行ってくる!!」


爆熱の魔力を纏い、彼女は跳躍。


「ドラゴンキィィィック──!」


渾身の回し蹴りが、魔獣の脇腹を直撃。

風圧と衝撃が地面を揺らし、蒸気が一気に噴き出す。


そのまま──ガルド・セントヴェルは、湯の中に沈んだ。

豪快な音を立てて、湯船の底へと沈み、赤く発光していた背中の蒸気孔も、静かに火を落とした。


「……勝ったのか?」


「勝った、よね……?」


勝利の実感がわく前に、社員たちはどっと湯縁にへたりこんだ。

地熱で赤く染まる岩、蒸気、汗と疲労。そして、体に巻かれた一枚のタオルだけ。


「……まじで、タオル一枚で戦闘とか、会社としてどうなの」


「社内規定に“服装自由”って書いてあったけど、これ“自由”って言わないよね……」


ナタリーは湯の中でぐったりしながら、濡れた前髪をかき上げた。


「……ぜったい筋肉痛になる……あたし、帰ったら絶対クレーム出す……」


カミラは湯に膝まで浸かりつつ、冷静に髪を整えていた。


「……まぁ、“強制社員旅行”と明記されてたから法的にはセーフかも」


「どこがだよ」


と、三田(社屋)は岩場の一部から静かに呟く。


(……オレ、建物なんだけどな……。なんで体ごと風呂になって、皆の汗と叫びと羞恥に包まれてるんだ……)


そんなときだった。


「──動いてる……あれ、扉……?」


湯気の向こう。

岩肌に溶け込んでいた社章付きの扉が、ひとりでに開きはじめた。


ギギギギ……ズズン……


扉の奥には、薄暗く、それでいてどこか懐かしい光が灯る空間。


副主任がタオルをぎゅっと抱えながら言った。


「……社長室、よね。あれ」


ナタリーも立ち上がる。飛膜が濡れて垂れ下がり、少し恥ずかしそうだ。


「今の社員全員、社長の姿知らないんだよね。最後に直接会ったの、いつ?」


「ログ上は……半月前の“社内方針魔法”発動時が最後」


「それ、これじゃん」


三田の体内に記録された“起動記録”が、扉の中と同じ魔法式であることに気づく。


(つまり、このイベントそのものが……社長の手による“メッセージ”?)


扉の中へ、社員たちが一人ずつ足を踏み入れる。


狭い。岩盤に囲まれた小部屋。

けれど、中央には、ちゃんと“社長席”と書かれた石製の椅子が鎮座していた。

その上に、一冊の黒革の手帳。


「……これ、まさか……“社長の手帳”?」


カミラが近づき、そっと開く。


だが、中は白紙。


「なにも……書いてない?」


「待って……この装丁、ただの紙じゃない。魔法記録式かも」


カミラが魔力を注ぐと、手帳のページに、ゆっくりと文字が浮かび上がった。


『社員旅行に行っている間は、連絡不可。温泉でのインスピレーションに期待せよ。』

『トラブルは自己解決すること。特に営業部は勝手に騒がないように。』

『社屋くんへ:すまん。たぶん、おまえも連れて行かれてる。おつかれ。』


「……ふざけんな!!!!」


三田の声が天井に響いた。



そんな中、フェリアが一枚の書き置きを発見した。


「これ……地図?」


そこには、“第二温泉ポイント”の位置と、「開発中・社長専用ゾーン」というメモが。


「まさかまだ続きがあるの……?」


「いやいや、もういいでしょ!? 帰ろうよ! 身も心も限界!」


「でも……“第二の社長手帳”があるって書いてあるよ?」


ナタリーがニヤッと笑う。


「じゃあ、次のミッションは“社長を温泉で捕まえる”ってことね」


「鬼ごっこかよ……」


社員たちはどこか呆れながらも、少しずつ笑っていた。


汗まみれで、湯けむりまみれで、タオル一枚で。


……それでも、なんだか不思議と、会社っぽい。


「三田、次はどこ連れて行ってくれるの?」


「いやオレ、連れて行かれる側なんだけど!?」


こうして、“強制”社員旅行は、何とか幕を下ろした。


社長の姿は相変わらず見えない。

けれど、その影はどこかでこちらを見て、微笑んでいるような──気がした。

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