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#17 ライバル企業が攻めてきた

異世界の朝は、いつも通り喧騒から始まる。営業部の執務エリアでは、朝礼も終わり、各自が机に向かってバタバタと書類をまとめていた。俺、社屋──三田──の全身に振動と足音が染み込んでくる。うん、元気だ。今日も皆、絶賛ブラック寄り勤務中。


──が、異変は静かにやってくる。


まず最初に異常を察知したのは、受付のトットちゃん(妖精/身長40cm)。その愛らしい笑顔のまま、ふわふわと受付カウンターから舞い上がり、真剣な顔で社内アナウンスボタンを押した。


「えーっと……えっと……その、皆さん、ちょっとマジでやばいです! あの、その、変なスーツの団体さんが、エントランスを埋めてますぅ!!」


ピンポーン♪


アナウンス終了と同時に、エントランスのセキュリティランプが赤に点滅。俺は急いで外壁カメラを起動し、映像をプロジェクターに投影した。


そこに映ったのは──


「なんだ、あのスタイリッシュすぎる軍隊……!?」


黒一色のスーツに金のライン。瞳は冷たく光り、腰にはマジで“鞘付きのペン”を差している。異様な威圧感と気取った雰囲気……やつらは間違いない。


異世界多次元企業連盟に属する、最大手ライバル企業のひとつ──「クロノス株式会社」だった。


その中心に立つ男が、手にした端末をかざしてこう言った。


「――ごきげんよう、タナトス社の諸君。クロノス株式会社、時空営業部より来訪しました。今日より、我々がこの地域のクライアント営業権を“優雅に”譲り受けます」


(なにが優雅だ、侵略じゃねえか!!)


俺の中のスピーカーが、危うく火を吹くところだった。



「いったい何事!? 不法侵入じゃないの!?」と声を荒げたのはナタリー・ヴァルク(ドラゴニュート)。受付から一瞬で飛び出し、鼻先からほのかに煙を上げながら、仁王立ち。


それに続いて現れたのは、営業部のドアを破壊しかけながら飛び出してきたグラント・ベアード(熊獣人)。片手には、朝食代わりの干し肉。


「クロノス!? あのやろう、またうちの顧客名簿に手ぇ出しやがって!!」


「営業部長、手を出すのは“顧客”ではなく“書類”までにしてください!」


そう叫びながら、カルロス(人間・自作ポーションマニア)が社内ポータルのデータベースを調べ始める。


「そもそもですよ!? この“クロノス”って、半年ごとに営業戦争しかけてくるくせに、実績だけは毎回エグいんですからね!? 去年の決算、うち負けたんですよ!? 利益の……なんか三段階ぐらい上いってたんですって!!」


「そんなことより、お客さん取られたら飯が減るんだよ!!!」


「なにそれ怖い!」


まさに社内はカオス。俺(三田)も、エントランスのドアを半自動的に“粘らせる”ことで時間稼ぎをしているが、向こうは一枚上手。


「ふふ、社屋ごときが我々クロノスの“扉侵入術式・時縫い(ときぬい)”を止められると?」


そう言って、リーダー格の男が手をかざした瞬間、空間が歪んだ。ドアが、勝手に開く。


(……おい、俺の身体、いま無理やり開けられた!?)


完全にセキュリティバイパスされた感覚に、俺のセンサー系統が赤アラートを発した。


──これはまずい。これは……戦争だ。


次の瞬間、営業部の床下で、あのモカちゃん(魔獣・イケボ鳴き声)の低いうなり声が聞こえた。


「……ンモォ……」


緊急モードだ。


次は、戦う準備を始める。ドタバタの幕が、静かに上がった。



「ま、待て! 待て待て待てって、誰が勝手に侵入許可出したんだよ!」


悲鳴交じりの声と共に、カルロスがバインダーを抱えて突っ走ってくる。端末を片手にフロアを滑りながら、ナタリーとグラントの間に滑り込み──


「ねぇグラントさん、ナタリーさん、いま冷静に考えてほしい! これ、法的にはどうなってるんですかね!? うちの“建物”に無断侵入って、たぶん軽く戦争案件ですからね!?」


「戦争って言ったな?」


ナタリーが、ふっと目を細めた。


「つまり──交戦の許可は、出たってことね?」


ドラゴニュート特有の魔力が、彼女の足元からじわじわと昇る。まるで空気が熱を持ち始めたかのように、社内の気温が2℃ほど上がった。セラピーモンスターであるフリードルが慌てて人の少ない奥の休憩室に避難するほど。


「やる気か、ドラゴン娘」


クロノス側のリーダー格の男は、艶のある髪をかき上げながら、不敵な笑みを浮かべた。


「君のような火遊び娘が、我々の“時限式営業術”に勝てると?」


「うっざ」


ナタリーの声に、社屋の中枢である俺──三田──は思わずうなった。


(ああ……こいつら、スーツ着てるだけで100倍面倒くさい……!)


ただの営業戦争じゃない。今回は物理的に踏み込んできた。つまり、これは全面対抗戦。こちらとしても黙っていられない。


「……なら、こっちも用意しよう」


社内通信を通して、俺は必要な部署に連絡を飛ばした。


「――総務。あと、技術開発部。非常時動員、コードK23、発令する」


十数秒後、スッと現れたのはフェリア・リィ。透き通る耳の奥が、わずかに揺れている。


「了解しました。社屋あなたの指示通り、記録回線をオープンに。こちら、内部監視記録──現在、法的手続きに基づく“警告映像”を送信中です」


彼女の冷静さが、全体のバランスを取り戻す。


「っていうか、さすがに映像記録出せばビビるでしょ……あのクロノスさんたち、わりと違法だし?」


カルロスがボソッと呟いたが、その瞬間──


「ふむ、面白い。記録を取りながら、我々を迎撃しようというのか」


クロノスの幹部が手をひと振りすると、背後のスーツ連中が一斉にビジネスバッグを開いた。


(あれ? 武器出てくるやつじゃない?)


と思った瞬間、黒光りする端末から無数の小型ホログラムが広がり──


「おい! 客リスト、うちのデータベースにアクセスかけてるぞ!」


カルロスが目を見開いた。


「外部営業シミュレートを、社内Wi-Fi経由で!? えっ、そんなの、現実にできるんすか!? 物理営業じゃなくて、電脳営業!? なにそのRPGの中ボス戦!?」


パニックとともに、ナタリーが前に出る。


「黙ってなさい、カルロス。今、現実に“襲撃”されてるのよ」


フェリアが落ち着いた調子で言い添えた。


「こちら、魔導ネットワーク遮断開始。建物内からのアクセスをすべて切ります。……三田さん、内部結界、使えますか?」


「やってみる」


俺の意思が社屋の構造を伝い、床の魔導回線がゆっくりと光り始める。数年前──いや、数十年前?──に建築された時点で備えられていた防衛結界。社長の趣味か、陰謀か、それとも転生前の俺がいつかの備えに突っ込んだのか──そんなの、もうわからない。


だが、いま使えるのなら使うだけだ。


俺の中に、小さく低く響く音声。


《社内魔導結界、解放。防衛術式“閉域の環”起動します》


ほんの数秒で、空間が歪む。クロノスの営業部隊の周囲を、うっすらと青い光の帯が囲い込んだ。


彼らのリーダーが、ほんの少しだけ眉をひそめた。


「……少しは、やるようだな。だが、これで我々が引くと?」


「いや、引かせるよ」


と、グラント・ベアードがようやく姿を現した。


筋肉でできた“熊”のような男が、無言でタバスコ片手に書類を手に取る。


「顧客は、渡さねえ。契約も、信用も。あと、うちの新人もだ」


ナタリーが、フッと横で笑った。


そう、ここは“戦場”だ。武器は契約書、魔導式顧客端末、そして根性とお茶菓子と、ほんの少しのブラックジョーク。


やるぞ。うちはうちのやり方で、この戦争を“迎撃”する。



「いいか、いまから言うことを一字一句間違えるな。重要だからな!」


カルロスの声が応接室フロア中に響き渡る。グラントに詰め寄られたクロノス幹部の一人が、冷や汗をぬぐいつつ、こそこそとスマホを操作している。


「そっちの行為は、うちの営業秘密への不正アクセスに当たる。……わかるか? 社内ネットワークに不正ログイン。しかも、この建物、意思を持ってるんだぜ」


「…………」


「つまりな、今おまえらがやってるのは──“人の体を勝手にまさぐってる”ってことになるんだよぉぉぉ!!」


カルロスの雄叫びに、一瞬社内全体が沈黙。


「うん……そう言われると……キモいな……」


ナタリーがドン引き気味につぶやいた。


「よし、じゃあ法務部も加えよう。フェリア、呼んできてくれるか?」


「もう呼んである。あと十秒で来るはず」


返事と同時に、ドアが開いた。


――が、来たのは法務部ではなく、なぜかカミラだった。


「……おい、呼んだのは誰だ」


「通信回線が混線してたから、私が来た。なんか爆発でもあるのか?」


「いや、まだしてないけど!?」


カミラは白衣の袖をまくりながら、クロノスの幹部たちをじろりと見回した。


「ふーん……なるほど。営業部が戦ってるんじゃなくて、サイバー空間のゲリラ戦やってんのね。なら、私の出番じゃない。ちょっと裏でツールでも起動してこようかしら」


「いや、それ違法になるからっ!」


カルロスが飛びついて止めようとするが、すでにカミラはタブレットを展開済み。技術部の超特化型端末から、無言で何かを起動している。


その一方、グラント・ベアードはというと──


「……お客様を“奪う”というのは、つまり信頼関係を壊すってことだよな?」


「は……はい……」


クロノス側の営業マンが圧に押されて小声で返す。


「だったらよ」


机にドスンと拳を落とした。響く衝撃に、部屋の照明が一瞬だけ揺れた気がする。


「この“グラント・ベアード”から信頼を奪おうってのは、まず、何トンの信用を崩すつもりなのか、言ってみな?」


「ひっ」


(うん……これはもう、交渉じゃない。恐喝のレベルだ……)


グラントがフンッと鼻を鳴らすと、部屋に緊張が再び張り詰める。


そのタイミングで──


「よっ、グラントー。ちょっと大事な報告ー」


ひょこっと顔を出したのはトトリィーナ、通称トットちゃん。受付の妖精さんだ。


「いまクロノスさんって人たちが“顧客名簿”盗もうとしてるの、ぜーんぶ1階の受付端末にログが残ってるって! 面白いくらい時間と照合できてるって!」


「ログ!?」


「うちの顧客が不正アクセスされてたこと、これで証明できます!」


フェリアの声が被さるように続いた。


「さらに、クロノス側のアクセスは建物意思と社員の“営業権”に対する侵犯。これ、契約法だけじゃなく、会社憲章にも違反です。うち、ちゃんと定款あるから」


「定款あるんだ……」


カルロスが初耳らしく呟くなか、クロノス幹部がようやく口を開く。


「……どうやら、貴社は思っていた以上に組織だった企業だったようだ」


「失礼な」


ナタリーがぴしゃりと言う。


「混沌の中にも規律はあるのよ。あと、うちはわりと“地獄の社内恋愛”とかもあるし、メンタル的には鍛えられてるの。舐めないでくれる?」


その瞬間、クロノス側が一歩引く。


が、その背後から──


「うぃーっす。お届けものでーす。クロノス株式会社さん宛、強制執行通知ー!」


異世界の裁判執行者が、なぜか魔道宅配便の袋を抱えて登場する。


「届け先? この建物で合ってるよ。“法人格が意志持ってる系の不動産”だから。はい、これが命令書ね。……じゃ、あとよろしくー」


空気が完全に凍った。


(もしかして……俺、いま、全社の中で一番“法的に保護されてる建物”なんじゃ……)


そう、俺は会社そのもの。意志を持った社屋。つまり、他社が手を出せば──“国家間侵略”と同義。


「これ、もはや営業戦争どころじゃないぞ……」


誰かがぽつりと呟いた。


だが、まさにその通り。


次は、全面決着へ──



「──以上の証拠と証言により、貴社クロノス株式会社は当ビル、並びに法人格を持つ社屋三田啓司氏に対する“企業侵害行為”を行ったと認定します」


異世界裁判執行者が冷ややかに言い放つと、空中に浮かぶ魔封印文書が淡い光を放ち、ひらりと舞い落ちた。文書が床に触れた瞬間、クロノスの幹部たちの足元に“バインド魔法陣”が展開される。


「……えっ、ちょっと待って!? 話せばわか──」


「話した結果がこれだよ!」


カルロスが容赦なく突っ込んだ。


拘束された幹部たちは、まるで社畜のような顔で連行されていく。名刺がばらばらと落ち、ナタリーがそれを拾い上げてふっと鼻で笑った。


「“誠意営業部”……看板に偽りあり、だね」


「おお、うまいこと言った」とグラントがうなる。


執行者たちが退場したのを確認して、社内にはやっと安堵の空気が広がる。技術部から戻ってきたカミラが、カップラーメン片手にひょっこり顔を出した。


「終わった?」


「うん、爆発はなかったよ」


「残念」


彼女はふてくされたように席に戻っていく。フェリアも書類をまとめながら、静かに言った。


「でも、本当によかった。営業先を守れたし、うちの社員のネットワークも無事だった。……あ、ナタリー。ありがとうね、途中の機転、助かった」


「ふふん。まあ、あれぐらい朝飯前よ」


そう言いながらも、照れ隠しにスーツの袖をぎゅっと引っ張るナタリー。そんな姿を、社屋としての“俺”は天井越しにしっかり見ていた。


だが、安心も束の間。


受付から突然、トットちゃんの慌てた声が響く。


「ちょっとー! 今、地下階層に謎の影が二つ……! なんか、クロノスの連中が落としていった“異物”、起動しそうなんだけど!?」


「え、まだ終わってなかったの!? ちょっ、誰か止めて!!」


再び社内に響くドタバタな足音、叫び、悲鳴、魔法の閃光。


──それでも、俺たちは止まらない。


なぜなら、これは戦場ではなく、職場だから。


企業という名の異世界、その中で今日も俺は──建物として、社員たちと共に“働いて”いる。


(……今月の電気代、請求どうしよう)


そんなふとした心配も忘れずに、俺は今日も、軋みながら耐える。

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