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#11 国王から「税」を請求された日

ある朝、俺は社屋として目を覚ました。いや、正確にはずっと起きているのだが、「朝」という区切りを感じるのは、廊下を歩く社員たちの足音や、カフェスペースから漂う珈琲の香り、誰かが慌てて書類をばらまく気配、そういった“社員の活動”によってである。


総務部のフェリアが、例によって開錠音とともに玄関を開ける。


「おはようございます、社屋さん。……あ、来てます。例の“書状”」


「書状?」


俺は不穏な予感を覚えた。“例の”とは何だ。“書状”っていうのも嫌な響きだ。


フェリアが手にしていたのは、漆黒の封蝋で閉じられた巻物だった。重厚な魔法紙に、きらびやかな金糸の刺繍。紛れもなく、“重要書類”のオーラを放っている。しかも――


「宛先、社屋さんです」


「俺!?」


「はい。『タナトス社屋、現代表 三田啓司殿』って書いてあります」


「代表!? いつから!?」


フェリアは申し訳なさそうに視線をそらした。


「……第九話の終盤あたりから、そういう流れに」


「メタい説明やめろ!」


俺のツッコミを無視して、フェリアは封を解き、丁寧に巻物を読み上げ始めた。


「『貴社の繁栄、国王陛下におかれましても喜ばしく存じ上げます。つきましては――』」


この時点でもう嫌な予感しかしない。


「『今期分の法人税を、下記の通貨単位にて納付いただきたく存じます』」


「法人税……?」


「はい。異世界国家“魔導帝国ガルドレク”の法に則った、正式な納税請求だそうです」


俺の中のどこかの回路がキュイィンと警告を発した。


「で、その“下記”の額は?」


「えっとですね……“金貨12,000枚”、および“竜の涙5滴”、さらに“高位魔石30個”とのことです」


「バカか!!」


フェリアが耳を塞いだ。


「ちょ、社屋さん、音響設備まで震えました!」


「俺の震えだよ! 怒りによる震え!」


金貨12,000? 竜の涙? 魔石? そんなもんどこから出てくる!? カフェの自販機で出てくるようなアイテムじゃねぇぞ!


「ちなみに、納付が遅れた場合は“社屋を差し押さえの上、強制執行対象とする”と書かれてます」


「俺、差し押さえられるの!?」


こんな理不尽な納税請求書、転生して以来初めて見た。ていうか、誰も相談してこなかったのか? 総務部も財務部も営業部も、俺のことを社屋扱いするわりには、ガチの“法人”として国に認定されているってことじゃないか。


「いやいや待て……納税義務って、法人格を有することが前提だよな?」


「はい。……つまり、社屋さんは“法人”認定されてます」


「俺、ビルだけど、人格もあるから“法ビル人”ってこと!?」


「造語を捻り出すの、やめてください……」


いずれにせよ、期限は刻一刻と迫っている。


――俺たちは、このとんでもない“税”にどう立ち向かうのか。


そして本当に、社屋を差し押さえられてしまうのか……?



「というわけで、緊急会議を開催します」


営業部の藤森が、マグカップを片手に会議室へ颯爽と入ってきた。腕まくり、シャツの第3ボタンまで開けたラフな姿。だが顔は真剣そのものだ。


「テーマはズバリ、“納税”についてだ」


ぽかんとした沈黙のあと、ぼそっと誰かが漏らす。


「……なんで営業が仕切ってるの?」


「納税ってつまり、稼ぎがなきゃ払えないでしょ? なら、営業だろ!」


「理屈としては合ってるけど……社屋が喋ってる時点でいろいろ破綻してるからなぁ」


会議室には、総務のフェリア、技術開発部のカミラ、受付のトットちゃん、そして新入りのカルロス。加えて、熊獣人の営業部長、グラント・ベアードの姿もある。部長は黙って席に着くなり、分厚い革の手帳を開いた。


「まず、今回の税額について整理しよう」


そう言ってフェリアがタブレットを操作する。ホログラムに、課税内容が映し出された。


「金貨12,000枚、竜の涙5滴、高位魔石30個……すべて“今月末”までに納付しなければなりません」


思わず誰かが呻く。


「……いや、無理だろ」


「そうだな。これは“普通の会社”なら即詰みの額だ」


グラントの低い声が響く。


「だが我々には、“普通じゃない”社員がいる」


一斉にカミラに視線が集中する。


「なんで私を見るの」


「君、魔石を合成できたよな?」


「理論上は。だけど、材料と精製炉が必要よ」


そのとき、カルロスが勢いよく手を挙げた。


「精製炉なら、俺の隣にあります! 自作したポーション蒸留装置、改造すれば魔石炉になるかも!」


「お前、普段から何作ってんだよ……」


トットちゃんがそっと口を開いた。


「ちなみに“竜の涙”……モカちゃんが、昔ちょっとだけドラゴンの友達いたって」


視線がマスコット魔獣に集中する。


「そのドラゴン、今はダンジョンの警備員してるらしいけど……うまく口利ければ、泣かせられるかも、だって」


「方法が根本的におかしい!」


場がざわつく中、グラントが手帳を閉じ、静かに口を開く。


「一つ、提案がある。“会社見学ツアー”を開こう」


会議室が凍りついた。


「……は?」


「異世界の冒険者向けに、我が社を観光資源として売り出すのだ。今のタナトス社は話題性がある。“喋る社屋”、“異種族共生型企業”、それに“絶叫階段あり”」


「あれは俺の自律通路暴走事件のことじゃねえか!」


「むしろそれがいい。エンタメ性抜群。“リアル体感型ミステリーツアー”として有料にすれば、金貨は稼げる」


「……天才かよ」


「ただし、準備期間は三日だ。それで最低でも金貨3,000枚稼げなければ、残りの手段を考える」


「残りの手段って?」


「……社長を売る」


「えぇっ!?」


「いないけどな、社長。行方不明だし」


会議室に、絶妙な沈黙と失笑が広がった。


こうして、“納税危機”を乗り越えるべく、タナトス社・緊急財政対策プロジェクトが始動した。



三日間の準備期間を経て、タナトス社の社内見学ツアーがついに始まった。


朝から続々と集まる冒険者たち。受付のトットちゃんが笑顔で対応し、総務のフェリアが案内役を務める。ナタリーも、制服姿で案内に加わっていた。


「こちらが、喋る社屋こと、タナトス社の正面玄関です」


ナタリーが紹介すると、冒険者たちは興味津々で玄関を見つめた。


「おお、これが喋るドアか!」「すげえ、ほんとに喋った!」


俺は、社屋としての自分を再認識しながら、彼らの反応を楽しんでいた。


ツアーは順調に進み、自律通路や絶叫階段など、社内のユニークな設備が次々と紹介された。


「次は、魔石精製室です」フェリアが案内すると、冒険者たちは興味津々でついていく。


その間、営業部の藤森が、ツアーの進行をチェックしていた。


「よし、順調だな。これなら、金貨3,000枚は稼げそうだ」


彼は満足げに頷いた。


一方、ナタリーは、案内の合間に俺に話しかけてきた。


「社屋さん、今日のツアー、すごく楽しいですね」


「そうか。君が案内してくれるおかげだよ」


彼女の笑顔に、俺は少し照れくさくなった。


ツアーの最後には、お土産として、タナトス社特製の魔法グッズが配られた。


冒険者たちは大喜びで、それぞれの帰路についた。


こうして、タナトス社の社内見学ツアーは大成功を収めた。


俺は、社屋としての自分に誇りを感じながら、これからも社員たちと共に歩んでいこうと心に誓った。



三日間に及んだ“納税フェス”の最終日、夕暮れ。


社屋の前に続いていた行列はついに途切れ、スタッフたちも徐々に後片付けに入っていた。装飾された玄関、設営された屋台、臨時の案内板……異世界中から訪れた観光客の熱気だけが、まだ微かに残っている。


「──いやぁ、終わったなぁ」


トットちゃんが空を見上げて伸びをする。フェリアが傍で帳簿を確認しながら笑った。


「見てください、これ。三日間で合計、金貨9,860枚、竜の涙5滴、高位魔石30個です」


「……ギリッギリじゃねぇか!」


カルロスが思わず頭を抱える。だが、その表情に悲壮感はない。


「金貨はともかく、涙と魔石が本当に間に合ったのが奇跡だな。」


カミラがタブレットを閉じながら呟く。


地下の魔石炉も、いまは静まり返っている。最終日の最後の一個を精製した瞬間、文字通り“炉が止まった”のだ。


「この三日間、あたしたち、がっつり“社屋を売った”ってことだよね」


カミラの言葉に、皆が頷いた。


「それも、誇っていい売り方だったと思うよ」


フェリアが柔らかく笑う。


「うん……この建物の中に、笑ってくれる人がいて、喜んでくれる人がいて。ちゃんと“価値”があったって、証明できたんだもの」


誰も言葉を返さなかった。だがその沈黙は、心地よい余韻のようなものだった。


社屋の中で、三田はその一言一言を静かに“感じ取って”いた。


(価値か……)


ただの無機物だったはずの自分が、異世界の国家に税金を課せられ、観光名所として“営業”し、今や社員たちと感情を分かち合う存在になっている。


どこまでが“社屋”で、どこからが“俺”なのか、もはや線引きもあやふやだ。


だが──それでも構わないと思える何かが、この三日間に確かにあった。


「社屋さん」


フェリアが声をかけてくる。


「本当に、お疲れさまでした」


「……ありがとう」


三田の“声”は、今日だけは、少し人間に近かった。


──こうして、納税フェスは終了した。


そして、タナトス社はまた、次の試練を迎えることになる。

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