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8、政略結婚をしよう



 エスメラルダの実家から彼女の寝泊まりする女性研究所員宿舎に手紙が来た。結婚についての書類も同封されており、書類には国王の押印がされていて、エスメラルダは日取りを確認する。それまでにできるだけの準備を済ませておかなければならなかった。


「アルガス所長!私、結婚します!」


 その日の朝、時間ギリギリに職場に出勤してバーンと扉を開け放ったエスメラルダは真っ先に報告をする。


「あぁ、知ってたよ」


「エメ!嘘だろおい!」

「先輩困りますって!」


 事前に知っていた王弟のアルガス所長に対し、混乱するユラン。机の書類を勢いよく全部落としている。ガノとカルロは突然のことにびっくりして目を見開いた。


「どういうことだ!相手は誰だ!ここを出ていく気か!?」


「国王からの命だから仕方ないね。相手はバルテミアの辺境伯。所属は外さないで欲しいんですけど、所長いいですか?」


「もちろん。私は最初からそのつもりさ」


「そうだそうだ!俺を置いていくな!」


「ユランちょっと落ち着きなよ」


 どうどうと馬をなだめるように、ユランの背に手を当て椅子に座らせる。すると次は静かに「うぅ…」としょぼしょぼと泣き出した。エスメラルダはこの同僚は本当に同い年かと心配になる。


「でも、いきなりすぎませんか?王都を離れて、辺境伯の所へ行かれるんですよね?」


「結婚式は一ヶ月後に執り行うんだって。私は準備もあるし一週間前にはバルテミアへ行くよ。帰れる時はちょくちょく顔見せるだろうから、安心して!」


 カルロは、エスメラルダは恋人も婚約者もいなかったのにいきなり結婚することになるだなんて平民ではあまり無いことだったので戸惑ってしまう。しかも一ヶ月後には結婚だなんて。貴族とはそういうものなのか。それとも遠縁ながら王族の血がまじっている侯爵家だからなのか、カルロにはわからなかった。


「本当はもう少し早めにわかればゆっくり引き継ぎとかできたんだけど…、ちょっと相手からの返事が遅くて話まとめるのに時間かかったみたいで。いや〜申し訳ない」


「そんなエメ先輩が謝ることじゃありません!ただやっぱり頼りにしてたので心細いですね…」


 カルロもユランと同じように顔をしょぼしょぼとさせて落ち込んだ。

 エスメラルダはアルバートから政略結婚の話を聞いてから、実家や関係者から情報収集し、個人的な準備は進めていた。ただ正式な決定が出されるまでは、職場には何も言わなかった。もしかすると政略結婚の話が頓挫することだってあると思ったからだ。同僚は皆優秀なので、自分の抜けた穴が大きいとは思わないが、急な報告は新人であるカルロ君には多少不安に感じさせてしまったかと少し反省する。


「実はここだけの話、辺境伯にも色々と事情があるようでどういう結婚生活になるかわからないんですよね。もしかしたら名前だけの辺境伯夫人になって王都で過ごすかもしれないし。ちょくちょく報告します!面白いもの見つけたら解析しに戻ってきますので」


 エスメラルダはユランとカルロに心配かけないように明るく振る舞う。アルガス所長とガノは「どんな肩書きになっても迎え入れるよ」「いつでも帰っておいで」と温かい言葉を送る。

 エスメラルダは居場所があるって良いなぁと今日の業務を元気にこなして行った。そしてカルロは定時退勤、ユランはいつもどおり残業した。







 エスメラルダは仕事での引き継ぎと挨拶を終え、彼女の実家であるレヴィン侯爵邸へ帰り、準備をしていると、あっという間に出発の時となった。

 移動に馬車で数日かかるため、エスメラルダは動きやすい訪問用のドレスと軽いコートを身につける。スラックスとシャツに白衣を纏った研究所での格好が恋しくなるが、そんなことも言っていられないとエスメラルダは侯爵令嬢として気持ちを切り替える。

 部屋を出て階段を降りると、玄関にはエスメラルダの母と父が見送りに来ていた。兄達は仕事で忙しくしているし、姉達は結婚してここにはいない。

 少し自由なところがあるエスメラルダを貴族として育てるのは大変だっただろうに、優しくも厳しく一人前にしてくれた両親に彼女は感謝していた。


「まさか貴女にとうとうお役目が回ってくるとはね。賢い貴女ならわかっているでしょう。しっかり勤めていらっしゃい」


「ありがとうございます。お母様」


 エスメラルダは差し伸べられた色の白い母の手を包み込むように握る。


「身体に気をつけるんだぞ。いつ何が起こるかわからんからな、しっかり備えること。私たちはエルの判断をいつでも支持するよ」


「期待に沿えるよう最善を尽くしますわ」


 父からも手を差し伸べられたので、両手でぎゅっと握りこむ。


「行って参ります」


 エスメラルダは自信に満ちた笑顔を両親へ向けた。そして玄関をでると馬車が用意されており、そこには今回連れていく二人の侍女と侯爵家からの護衛二人、そして第一騎士団のギリアムが待っていた。エスメラルダはすました顔をしているギリアムに、きっと内心は困惑してるだろうなと思いながらニヤリとして目線を送る。


「待たせたわ。行きましょう。ミリとラミは先に乗っていて」


「「はい、お嬢様」」


 ミリとラミは息ぴったりに返事をした。エスメラルダより数個年上で、髪の長さ以外はほぼ一緒の双子の姉妹である。侯爵家からの護衛はベテランの二人を父が選んでくれた。

 そして、エスメラルダは王令の結婚ということで第一騎士団からも護衛を一人所望した。といっても、第一王子のアルバートに頼んで国王に口添えしてもらったのである。エスメラルダはギリアムの前に立つ。


「ギリアム、突然だったのに今回の任務を引き受けてくれてありがとう」


「いえ、こちらこそご指名して頂いき光栄です。ですが私みたいな実力の無い者で良いのでしょうか…」


 少し不安げなギリアムの声色を聞いて、エスメラルダはにっこりと笑った。


「気にしなくて良いわ。ギリアムだから指名したの。詳しく説明するわね。今回はギリアムも馬車に乗って移動中に話しましょう」


 エスメラルダはギリアムの馬を他の護衛に預け、ギリアムも馬車の中に乗せる。四人乗りの馬車はエスメラルダとミリとラミ、そしてギリアムを乗せて出発した。




 ギリアムは正直戸惑っていた。

 目の前のエスメラルダは職場で見慣れた白衣姿でユランと一緒に砕けた話をすることもなく、品の良いドレスを着て、話し方も雰囲気も令嬢然としているからだ。そして、まさか馬車に同乗して行くことになるなんて、今回の任務は護衛では無いのではないのかもしれないと疑惑が頭をよぎる。そしてそれは的中した。

 エスメラルダはギリアムに話し出す。


「今回ギリアムにはね、従者のような立ち位置にもいてもらいたいの。もちろん護衛ではあるのだけど、侯爵家の護衛がいる時は、私の近くで私との受け答えに専念するように」


「…それはどうしてなのでしょうか」


「ギリアムを呼んだ理由はね、私の味方を増やしたかったからなの。ちゃんとした護衛任務じゃなくてごめんね」


「味方…?」


 ギリアムは少し乾いた笑い声をあげたエスメラルダをみて、なんだか困ってしまった。彼女だけでは捌けないようなことがあるのだろうか。王命での結婚で相手方も了承しているのに?辺境伯についてそうきな臭い噂は聞いたことが無いが。


「ギリアムは私が研究所にいる様子を少なからず知っているでしょう?そういう人が近くにいてくれると、私が過ごしやすくて心強いかなって思ったの。貴族の立ち振る舞いもわかってるし、私が身動き取れないときに王都との橋渡し役にもなれる。適任だったのがギリアムだったってわけ」


「私なんかがお役に立てるのでしょうか…」


「もちろんよ!なにより私と仲が良いじゃない」


 エスメラルダはギリアムを励ますように言った。ギリアムはまだ少し不安は拭えない。でもやるからにはやり遂げるしかない。自分だからと頼まれた任務なら誠意を尽くさなければ。ギリアムは決意を新たにした。


「それに、ギリアムは私のいろんな噂知ってるでしょう?たまに探るようなことしてたわよね」


 彼女のその言葉にギリアムはヒヤリとする。一時期、エスメラルダの主に男性関係の噂の出所や信憑性の有無について気になって聞き回っていたことがあったからだ。


「お気づきでしたか」


「うん。そんな知ろうとする態度が合格だったので、今回の旅のお供に選ばれました!疑いを持てることは良いことです!」


 エスメラルダはからかうような口調で笑顔を向けた。ギリアムは自分がまた彼女に振り回されていることが嬉しいようでもあり、胃が痛くなるようだった。


「ちなみにアルバート王子やロイド第二騎士団長との関係の真偽は…」


「秘密です!」


 エスメラルダの笑顔の守りにギリアムは歯痒くなった。



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