7、先輩風を吹かせたい
※下ネタです。
カルロが入所して時は経ち。
エスメラルダは気になっていた。
「うひゃああ!おはよう、ございます」
「ううう、あのこれ、この部分、教えてもらっても良いでっ、すか!」
「あっひ、えすめらるだ先輩、書類の、確認お願いしまぅ…」
カルロの震える書類を受け取りながら、どうにも気になっていたことを口に出す。
「…カルロ君、ユランより私のが苦手だよね?」
「はぇえっ?そっ、そんな、こと!ないっすよ!?」
「絶対ウソだね!私以外にはもう普通に話してるのに」
自分にだけまだ緊張しているようなカルロがエスメラルダはもどかしかった。打ち解けようにも心理的に、そして物理的にも距離をとられて上手くいかないのである。これはもう直球最短距離で詰めるしかないと彼女は先手を打った。
「何かしたかな?私はできるだけ早く仲良くなりたいと思ってる!」
私はあなたの敵じゃないですよ〜とカルロにアピールする。
「ひえっ、あの、ちが、ちがうんです。これは本当に俺が悪くて…うう…」
「エメが泣かせた〜。所長にチクってやろ」
「ユランだって気になるでしょ!」
カルロと普通に話せるユランは余裕の表情でおちょくってくる。
「エメが怖いんだよ」
「いやっ!いや、違います!エスメラルダ先輩というか、女性が苦手って感じで…ちょっと、悩んでて。もうクセのようなものというか…治したいんですけど、なかなか」
カルロは表情を曇らせながら、決してエスメラルダが悪いわけじゃなく女性なら誰にでもこうなのだと弁解する。
「深刻そうじゃん。先輩の俺が話聞くよぉ。絶対解決してやっから!」
「ずるいずるい!わたしも力になるから!」
後輩の悩みを解決するだなんていかにも先輩らしいことである。二人はカルロにギリギリまでせまる。
「ほら二人とも、締切の仕事終わってからにしてね」
「「はぁい」」
所長は二人の仕事進度にはしっかり目を光らせていた。好きにさせすぎるのは良くないので、うまく調整することが大事である。
ユランとエスメラルダは仕事を時間内に終わらせ、「親睦会をしよう!」と二人は怯えるカルロを食堂へ引っ張っていく。所長とガノは楽しんでくれとカルロを助けるはずもなく帰っていった。
食堂は少し早い時間だったからか空きが多く、奥にある壁付けの四人席を陣取る。ここなら端で目立たないからである。ユランはカルロを奥へ座らせ、自分は隣に座ることで逃が道を塞ぐ。エスメラルダは料理人に追加料金を払って特別に作ってもらったご馳走を厨房へとりに行く。
「すごい!食堂ってこんな豪華な料理も出るんですか!」
「お金払えばね」
エスメラルダは厨房の料理人とは仲良しなのでわがままを聞いてもらっているのだ。
「本当は後輩を外の美味い店に連れて行くの憧れるけどな〜。俺ら全然外に出ないから店知らない」
「そうなんですか?」
「外出るの面倒だし、出るならエメに護衛が要るから」
「さすが侯爵令嬢」
あまりの品数で机に乗らなくなってしまったので、エスメラルダは先にサラダ取り分けて一皿撤収させる。ユランは早速酒の準備をし始めたが、カルロが酒が飲めないと聞いて化け物を見るような目で彼を見た。
「酒飲めないなんて可哀想なやつだ…」
「すぐ気分悪くなるから仕方ないです。ぅえす、えすめらるだ先輩は飲めるんですか?」
なだめるように肩に置かれたユランの手をカルロは鬱陶しくて振り払う。
「こいつはなかなか飲む!てかエスメラルダ先輩って言うの長くないか?エメで良いよ、エメで」
「そう呼ぶの、ユラン先輩だけですよね?普通に略すならエルなのに」
「エメのが可愛いだろうがよ」
「誤差ですね」
「どっちでも良いよ〜」
エスメラルダは普通にやりとりをする二人をみてやっぱり羨ましくなったので、やけくそのように肉をもりもり頬張った。カルロも好き嫌いはないようでなんでも美味しそうに食べている。
「それで、どうしてカルロは女が苦手なわけ?男のが嫌じゃね?」
「いや、その…理由はちょっと言えないです」
気まずそうに視線を泳がせるカルロをユランは逃さなかった。絶対に吐かせると心に誓っていたのだ。
「おい、カルロ。こっちむけ」
ユランは珍しく真剣な表情でカルロの両肩に手を置き、自分と向き合わせた。カルロは驚きつつもしゃもしゃと口を動かしている。
「俺は一緒に働いてみてわかったよ。お前は優秀だ。しかもめちゃくちゃ。仕事の飲み込みも頭の回転も早くて、俺たちもガノさんもこんな早い段階から少しずつ仕事を安心して任せてる。俺たちはお前が入所してきてくれて本当に助かってるんだ」
カルロはゴクンと飲み込んだ。いきなり褒めちぎられて恥ずかしいやら嬉しいやら身を捩りたくなるが、肩をガッチリ掴まれていてままならない。
「だからな、カルロ」
そもそもカルロはユランのこんな真剣なところを見たことがない。
「お前には後々俺たちの面倒な仕事を全部引き受けて欲しいんだ」
カルロはそれを聞いて目に力が無くなった。そんなことお構いなしにユランの真剣な表情は変わらず、口も止まらない。
「女嫌いを直して、エメとも気安い仲になれればもっと仕事に励めるだろ?お前くらい優秀な奴が些細なこと気にする暇はねぇよ。もっと楽に職場で過ごせるようにしてやりたいんだ。それが先輩ってもんだろ」
「ユラン先輩が楽したいだけじゃないですか」
「もちろん、そうだ。九割はそれが本心だ。でも、お前だって直せるなら直したいだろ?エメだって気にしてんだ。早めに解決した方がみんなの為になる」
ユランはカルロのどうしようか悩み苦しむ顔を見てもう一つ押しだと、次の一手をどう繰り出すか様子を見る。
「でも、でもぉ…解決するために僕が恥をかかなきゃいけないとしたら?」
「恥は早めにさくっとかいた方が良い!その方が予後が良いからな!恥しかかいてない俺達からの有難いお言葉だ。な、エメ!」
「本当に私達恥だらけだから!そんな言いづらいことなら尚更早めに解決できた方が良いって。私たち結構、力になれると思うよ?きっとカルロ君一人じゃ解決できないから今まで悩んでるんでしょ?」
「それは、そうですけど…」
どうしようと気持ちがぶれ始めたカルロに二人は早く口を割るよう念を送る。だが我慢ができないユランはつい口を滑らせた。
「それに悩みって金になるんだ」
「えっ、金?」
「俺もエメも色んな悩みごとを解決する為に物を作って金に変えてきた。第三研究所は予算が少ないだろ?その分、商売をやって良いことになってる。そして俺とエメはその利益で第一研究所の予算越えを目指してんだ。勝手に」
「どうしてですか?」
「いや、なんか勝ったら楽しいかなって」
「ね」
そんな薄い理由もあってあわよくばと説得されてたのかとカルロはまた一段目に力がなくなった。そんなことは気にせず二人は言葉を畳み掛ける。
「今期はまだ収入が足りてない。今のところ二勝八負けで惨敗さ。あいつら予算もらいすぎ」
「だからそこでカルロ君なんだよ。君の悩みだって金になる。私、売るの上手いから。カルロ君の力で勝てるかもしれないんだよ」
エスメラルダはカルロをじっと見る。カルロは諦めて、手をもじもじとさせて迷いながらも話すことにした。
「実は僕、彼女がいるんですけど…」
食堂奥のテーブルから、エスメラルダとユランの笑い声が聞こえてくる。夕飯をとりにきていたギリアムはよく声が通るなと少し引いていた。同じテーブルに赤毛の男がおり、あれが第三研究所の新人かと遠目からみる。
「あそこ賑やかだね」
同じ夕飯のプレートをもって前の席に着いたアインもギリアムと同じ感想を抱いていた。
「何話してるんだろうね」
「さぁな」
仲が良さそうな三人を見てギリアムは少し妬いた。
「彼女に怖がられるほど、あそこが大きいってそんなことあるか!?!」
ユランは意外な理由に笑いが止まらなかった。それはエスメラルダも同じである。
「笑い事じゃないんです!そこから彼女とギクシャクし始めて、何回やってもダメで、こじれに拗れちゃって…」
カルロは泣きながらヤケクソになって話した。
「他の人ができていることが僕にはできなくて、彼女もピリピリして口喧嘩で色々言われて、男の自分を全否定された気分になったんです。そしたらなんだかどんどん自信がなくなって、女性と話す時、この人からも馬鹿にされてるんじゃないかって思うようになって…そんなことはないんですけど。わかってるつもりなのに何故か不安な気持ちが表れちゃうんです」
「まぁ、体の悩みは繊細だよな」
「性的な悩みは特に抱え込みやすいしね」
ひとしきり笑った後に先輩達は何か思い当たる節があるのか、うんうんと頷き始める。カルロはそんな二人を見て、失礼ながら悩みに寄り添う優しい心があるのだと見直した。ただのいじめっ子ではなかったのだ。
「被害妄想から過剰に反応しちゃって、エメ先輩に気を使わせてすみませんでした」
「謝ってくれたし、理由も聞けたし、もう気にしてないよ」
エスメラルダは謝るカルロを見て素直なのは良いことだとすぐに許した。
「先輩達に聞いてもらって笑い飛ばしてもらったおかげで少し楽になりました!彼女とはまだ少しぎくしゃくしてるけど…上手く行くよう頑張ります!」
カルロは恥ずかしかったがそれより心がスッキリしていた。そんなカルロにユランが待ったをかける。
「おい、一人で解決したような雰囲気出すんじゃねぇよ。まだだろ。要は無事にやれれば彼女がビビる必要なし。ちょっとお前、ブツ見せてみろ」
ユランはそう言うと悲鳴をあげるカルロをお手洗いへと連れていった。エスメラルダは手を振って見送る。
少しして、なぜかユランだけが戻ってきた。かなり困惑しているようである。
「どうだった?」
「全てが俺の二倍あった」
衝撃がすごかったらしく、ユランは顔を両手で覆う。その反応を見てエスメラルダも興味がそそられる。
「ユランのが小さいんじゃない?」
「んなわけあるか!俺は平均だ。あいつのすごいよ。あんなのが存在して良いのか?」
エスメラルダは二倍かぁ…と思いつつ、空の酒瓶を手に取る。確かにこれは彼女をびっくりするかもしれない。そもそも入るのか。怪我してしまいそうだ。
他にも大きくて悩んでいる人はいるのだろうか。カルロの彼女は別れを切り出してはいないのだから、将来的にはどうにかしたいと思っているのだろう。普通の潤滑油よりもっと優れたものが要る。あとは体を慣れさせるしかないのではないか。
潤滑油は娼館でも使われているし、良いものができれば流通させることもできるかもしれない。
「ユラン先輩、見た瞬間に突き飛ばすのやめてくださいよ…!」
くたびれたカルロが席へ戻ってきた。
エスメラルダはこれからの戦略を練りつつ、彼に笑顔を向けた。
それからというと、ユランとエスメラルダは一般的な潤滑油から、更に粘度を上げたりゼリー状にしたりと好き放題に改良した。
事前調査として、ユランと泣き叫ぶカルロにいくつかの娼館に出向いてもらい、実状のチェックと、実際の使い心地や改善点などを聞き込みにいかせた。もちろん試作品についても二人に試してもらっている。
カルロは日中はガノと通常業務、仕事が終わればユランとエスメラルダの手伝いと、初めての激務を経験した。ちなみに二人は通常業務はそこそこに済ませ、お金稼ぎのために開発へ時間を割くという、特別な時間配分をアルガスから許してもらっている。
カルロ自分が発端であるのに、日中は二人の手伝いができないことに歯痒さを感じて、普段の処理スピードの倍速で仕事をこなし、時間ができれば二人を手伝っていた。
そうして完成した製品を手にカルロは彼女がいる地元へ一時帰宅し、二人はそれを涙ながらに見送った。結果は上々で適宜、経過観察要との判定である。二人が作った潤滑油は新製品として、ユラン達がかなりお世話になった娼館が定期購入することになり、また一部の貴族で流行ったことから、ギリギリの黒字収支で幕を閉じた。
副産物としてカルロの仕事能力の向上にかなり貢献したため、アルガスとしては及第点である。