6、可愛い後輩がやってきた
ついに念願の日がやってきた。
本日はあの入所式である。
「はぁ…ワクワクが止まらん」
ユランは頬を染めて心臓を抑えるようにして胸の前で手を合わせる。エスメラルダはそれを見てドン引きしていた。
「さすがに気持ち悪いよ」
「だって念願の後輩だぞ!ついに俺たちにこき使える手下ができるんだ。こんな嬉しいことがあるかよ…面倒くさい仕事全部押し付けちゃいそうだ」
「普通に可愛がってあげなよ」
「エメだって嬉しいくせに!隠しやがって!」
ユランはエスメラルダの肩を掴んでガタガタと揺さぶり、堪らず彼女はユランを平手打ちした。
「暴力だ!!」
「も〜ユラン君、さすがにうるさいよ。そろそろ式も終わる頃だ。迎えに行ってあげなよ」
「所長、私が行きます!ユランより良い先輩だって先に刷り込ませたいです!」
「本性と下心が出てんだよ!俺が行く」
「二人で行っておいで」
「「行ってきます」」
仲良く飛び出して行った二人の姿を見て、大丈夫か…とガノはつぶやき、所長はあんまり大丈夫じゃなさそうだねと返事をした。
式は王宮の大広間で、騎士団や研究所、文官など関係なく新人が集められ執り行われる。終了後は自分の部所へ移動し、仕事生活が始まる。
第三研究所は場所が分かりづらく、新人が一人でたどり着くのは難しいため、先輩が迎えに行くのが定番だった。
「おい、まだ終わって無いんじゃね?」
「懐かしいね」
二人は大広間を覗き込むと、まだ現国王のありがたい長話が響いていた。アルバート殿下を始め、弟君たちも壇場に済ました顔をして立っている。部所別に分けて整列した新人たちの後ろには上長達がいた。
「これ、アルガス所長は出席しなくて良いのか?」
「私たちの時も出席してないから良いんじゃない?ガノさんが迎えに来たし」
「王弟だと色々あんのかな〜。外出て待ってようぜ」
エスメラルダは大人しく外の庭園のベンチに座る。良い天気で絶好のお昼寝日和である。ふんわり香る花の匂いが心地よい。
ふとユランの声がして目を向けると、大広間入口の衛兵に「式っていつ終わるんですかね」と話しかけていた。後輩がくるからとかなり気分が上がっているらしく、普段ならやらない行動である。衛兵も困り顔で「さぁ…?」と返事をしていた。そりゃそうだ、王様の気分次第なのだから。
ユランの襟首を掴んで隣に座らせる。
「お、第一騎士団が出てきた。終わったみたいだな。待ちくたびれたぜ」
「いこう」
ユランとベンチで待つこと数分。大広間からぞろぞろと人が出てきた。制服に身を包んでいるため、離れていても所属がわかりやすい。
「俺らの後輩はどこだー?」
広間から出ていく人の流れを止めないようにユランとエスメラルダは入り口から中を覗き込む。
出ていく人らから好奇の目で見られていたが、二人は知る由もなかった。
「あれじゃない?端にいる子」
エスメラルダは所長から見せてもらった顔写真と同じクセのある赤毛を見つけた。
「おお、あれじゃん。カルロ君〜〜!」
「あっ!ずるい!ぬけがけだ!」
おーいとユランがエスメラルダの前に出て手を振る。完全に隠されてしまったエスメラルダは、ユランの白衣を引っ張り抵抗するがユランは微動だにしない。カルロはこちらに気付き、戸惑いと不安な顔をしてユランへ向かってきた。
カルロは十六にしても幼い顔で大きな目をキョロキョロとさせながら、目の前のガラの悪い男を前にしてとても緊張していた。
「あの、も、もしかして第三研究所の、方ですか?」
「…赤鹿みたいだ」
ユランは小柄でビクビクしているカルロを見て、何かに似ていると首を傾げてすぐピンときた。挙動が赤鹿の子どもにそっくりだ。
「ねぇどいてよ!あっ、初めまして!第三研究所のエスメラルダです。きみがカルロ君?」
「わっ!っひ、はいぃ…」
エスメラルダは全然動かないユランからひょっこりと顔だけ横に出す。カルロは大げさにビクッとして、とても緊張しているのか、顔は青ざめ、今にも泣きそうに見えた。
「ユランのこと怖がってるよ。早く研究所に連れて行こう」
「いやそれよりもこいつ赤鹿じゃね?」
「へ?あ、え?」
キョトンとするカルロをさておいて、エスメラルダはユランの一言で頭の中が一瞬でクリアになった。カルロの顔写真を見た時から何かに似てるな〜とモヤモヤしていたのである。
「それだぁ〜〜!」
思わず声を上げ、どうして気づかなかったのかとエスメラルダは自分のポンコツ具合を反省した。
「赤鹿だよ!ずっと何かに似てるなって思ってたんだよね。いやぁスッキリした〜」
エスメラルダはユランの前に出て、カルロに近づきまじまじと全身を見た。見れば見るほど、赤鹿を人間にしたような雰囲気である。エスメラルダより少し低い身長に痩せ型。赤みの強い髪色と目尻がツンとした大きい瞳にそばかすがある丸い頬。
「はひ、ひいぃ」
「まだ何もしてないのに泣いちゃいそう」
「いじめるのはこれからなのになぁ」
近づくと尋常じゃないほど震えだすカルロにエスメラルダはなんだか面白くなる。震える姿もまさに赤鹿。楽しみがいがありそうだとニタニタ笑うユランを無視して、エスメラルダは「それじゃ研究所にいこっか」とカルロの背中をポンと押したその瞬間。
「ぴゃぁああっ!」
とカルロは叫び声を上げ、泣きながら膝から崩れ落ちた。
その声は正しく赤鹿の子どもの鳴き声で、ユランとエスメラルダは顔を見合わせた後に腹が捩れるくらい笑った。後輩のことが全く理解できなかったからだ。
ひいひい泣きながら腰が抜けたらしいカルロをユランが半分引きずるようにして研究所へ連れていく。エスメラルダがハンカチを差し出そうとするとなぜか赤鹿の鳴き声を出すので、彼女は接近禁止で後ろを歩いていた。エスメラルダはお腹を押すとピーと音が鳴る動物のおもちゃを思い出していた。
研究所に着き、ユランは涙でベショベショのカルロをアルガス所長とガノの前に突き出して「迎えに行ってきました!」と褒めろと言わんばかりに報告した。
「ユラン君、泣かせてるじゃないか」
「いや、コイツが勝手に泣きました。エメのこと泣くほど嫌いみたいです」
「初対面でそんなことあるかぁ?ほら、顔拭きな」
「はぃ、ひぃ。ありがとう、ござぃます」
ガノは初日で号泣しているカルロが不憫でならなくて、ちり紙を渡す。カルロが意外にも豪快に鼻を噛んだので、ガノはちょっとびっくりする。
「カルロ君、第三研究所へようこそ。所長のアルガスだよ。どうしてそんなに泣いているのか聞いてもいいかい?」
「ぁう、すみません…。初日で緊張して…ユランさんはガラ悪いし、エスメラルダさんは美人で怖くて…。俺はずっと泣き虫なんです…」
ぐしぐしと顔をこすりながらも説明するカルロ。
「俺がガラ悪いわけない」
「私は美人だけど怖くないよ」
「いや、エメはたまに圧がある」
「ユランは猫背なのがいけない」
「俺のが良い先輩になれるね」
「まず人として生活リズム整えなよ」
「お前は肌の調子だけ気にしてろ」
先輩二人はやいやい言いながらカルロの周りをウロウロし、カルロはそれを見てまたぴゃっと涙を出す。ガノは好きにさせていた。子ども同士のいざこざは子ども同士で解決できるのが一番だからだ。
「まぁおいおい慣れていってね」
アルガスはまた賑やかになるなぁとコーヒーを飲んだ。