3、経験は大事
エスメラルダはロイド団長とオーウェン団長に許可を取り、第一騎士団の若手有志が護衛つくことになった。コドル捕獲の準備が粗方完了し、本日は一日確保し護衛につく騎士二人との打ち合わせである。
「第一騎士団所属のギリアムです」
「お、同じく、アインです。本日はよろしくお願いします」
研究所裏の倉庫前に立つエスメラルダの前には、騎士服に身を包んだ黒髪の長身のギリアムと、茶髪で小柄のアインが姿勢よく並んでいた。
コドル狩りの護衛任務に志願したのはこの二人のみ。ギリアムは子爵家の次男で、アインは平民出身である。ギリアムに関しては貴族出身ながら出来が良くオーウェンが一目置いているとエスメラルダは聞いていた。
「初めまして、第三研究所職員のエスメラルダです。コドル狩りには私と、今日は来てないけどユランっていう男が同行するので、二人には私たちの護衛兼お手伝いをしてもらいます」
無表情で話を聞くギリアムと、少し緊張しているのか顔がこわばっているアインを見ながら、エスメラルダは話を続けていく。
「二人は先に第二騎士団からコドル狩りについての概要は聞いてるんだよね?」
「はい。副団長より直々に説明を受け、内容は把握しています」
少々大雑把なロイド団長ではなく、説明が上手い副団長かとエスメラルダは一安心し、作業机に地図を広げる。
「じゃあ復習にはなるけど、日程を一度確認します。今回はコドル狩り任務はレニ河近郊のこの地域で発生した群れの駆除です。観測隊によれば、今は群れの数は少ない方だけど、大きい個体がいるため、これから繁殖し増える可能性が高いとのこと。数が少ない今のうちに最短期間で駆除します。期間は片道移動で一日、駆除期間は三日ね。合計五日間の日程です」
エスメラルダは地図の上に今回使用する罠の設計図を広げる。
「二人はコドル狩りしたことある?」
「私はありません」
「僕は一度、見たことならあります…」
「アインは見たことあるんだね。その時、どんな方法で駆除してた?」
「僕が見たのは、群れからはぐれた一匹のコドルが町に来たので、漁師の人が槍を目に突き刺してました」
「すごい力技ね…」
エスメラルダはなかなか残酷な方法で少し引いた。
「弱点を突けばもちろん倒せるけど難易度が高いので、痺れ薬と致死性の高い毒を配合した特殊な毒を使って倒すのが普通です。弓矢で遠距離から狙うんだよね」
エスメラルダは二人に設計図を指差す。ここからが本題である。
「だけど、今回は私とユランで開発した罠型の捕獲檻を初使用します!それがこちらです」
「わ、僕こういうの見たことあります!漁で使っていました」
「そうなの〜!実はそこから着想を得たの!」
意外にもアインは興味があるのか食いつきが良くてエスメラルダは嬉しくなる。ギリアムは相変わらずで無表情で淡々と質問をした。
「なぜ今回は捕獲するんです?」
「よくぞ聞いてくれた!」
エスメラルダは大げさにビシッとギリアムに指を指す。
「コドルを食べるためです」
「食べる…!?」
ギリアムは思わず顔を顰めた。害獣を食べるなんて発想は貴族の坊ちゃんにはなかったようで、エスメラルダは表情を崩したギリアムを見て、してやったり!とほくそ笑む。意外なのはアインだ。美味しいのかなとすんなり受け入れている。
「アインはあんまり驚かないね」
「はい。僕の町は漁業が盛んで、魚を食べることが多かったのですが、寒さが厳しくて漁にいけない冬は狩りをしてなんでも食べてたんです。コドルは近くにいなかったけど、山蜥蜴はよく食べてました」
「あ、あれ美味しいよね〜」
「あなたも食べたことあるんですか!」
ギリアムは信じられない顔をしてエスメラルダを見る。
ギリアムはエスメラルダを食堂でよく見かけていた。決まった時間になると食堂に現れて、厨房から大量の野菜の入った籠を受け取り、食事をするわけではなくすぐ外へ出ていってしまう彼女をよく目で追っていた。そこにいる他の団員や職員も少なからずそうで、男が多い職場で唯一の花のような存在だった。
侯爵令嬢でありながら、高難易度の試験を優秀な成績で突破し、さらには狭き門である第三研究所の所員である。加えて麗しいプラチナブロンドと可憐な美貌は目を引いた。
彼女の入所が決まった時は、変人の集まりと名高い第三研究所でやっていけるのかと思われていたが、そんなのは杞憂で彼女にも真偽不明の変な噂が付き纏い、今でも楽しそうに仕事をしているようである。
ギリアムは今回の護衛任務の募集があった時、もともと他の騎士団の仕事がみれる良い機会だと思ったし、彼女の名前を見てより一層参加を希望したくちである。他の団員は五日も野外活動であることですぐ手を引いた。
アインはただコドル狩りをしたかったそうだ。
「実はコドルってすっごく美味しいんだよ〜。今回の捕獲目標数は三匹!大きさにもよるけど、最低二匹かな。安心して食べれるように、毒を使わず、この特殊電撃が走る檻を使って皮膚を丸焦げにして失神させ弱らせます。あわよくば感電死してくれたら嬉しい!皮剥ぎもしやすくなる優れものです!」
「すごいです!僕も解体手伝います!」
「アイン君、助手として頼もしいねぇ!一緒に血抜きやろうね」
謎に盛り上がる二人についていけず、ギリアムは困惑が隠せなかった。貴族であるはずに、令嬢とは思えない言動が次々と飛び出てくる。見た目が麗しいから尚更だった。
「ギリアム君は血とか内臓とか平気?無理だったら、第二騎士団の人たちと一緒にいても良いからね」
「解体はしたことないですが、多分大丈夫です…やります。お気遣いありがとうございます…」
「うん!せっかくだから第一騎士団ではやらないことやって色々な経験してみましょう」
ニコニコと笑いかけるエスメラルダを見て、ギリアムは頷くしかなかった。
「帰ってきたら、一緒にコドル焼き大会しようね!」
「…はい」
真面目なギリアムは誘いに断れなかった。
その後は第二騎士団で教えてもらったこと以上に丁寧にコドルの生態や遠征の流れを教えてもらい、なぜか第三研究所の研究室へ赴き、所長やガノ、ユランと顔合わせまで行った。
ギリアムはこんなに丁寧にしてもらえるものなのかとエスメラルダの配慮に感心した。アインもいつの間にか緊張がほぐれ、貴族だからと気が引けていたギリアムに対しても気安く接することができるようになった。
ギリアムとアイン用に作ったエスメラルダ直筆の準備物の指示書に沿って完璧な用意をし、二人は緊張しながらもすこし楽しみな気持ちで遠征当日を迎えた。
自分の荷物と普段の騎士服とは違う遠征服は少し違和感があった。ユランとエスメラルダもいつもの白衣ではなく、動きやすい作業服で荷物を背負っている。
第二騎士団は団の三分の一の人数が今回の遠征に参加する。三つの荷馬車と、最後に研究所の面々と荷馬車を一つ付け足した、小部隊の構成である。
「わ、エスメラルダさん、馬乗れるんですね!」
「うん。乗れないのはユランだけ」
「俺は運動が全くできないからな」
堂々と言い放つユランはいそいそとエスメラルダの後ろに乗り、ガッチリと腕を回す。怖いからである。その様子をみてギリアムは気を利かせた。
「…私の後ろに乗りますか?」
「男にしがみつきたくない」
細身のエスメラルダより自分の後ろの方が安定感があるのでは?とのギリアムの配慮だったが、ユランはバッサリと却下した。ユランは全体的に人が嫌いだし、女と男なら男の方が嫌いで女が好きだった。自分が男だから。
「いつものことだから大丈夫だよ。ありがとね」
「いえ、それなら良いんです」
「アインは荷馬車、よろしくね!」
「任せてください!」
一番馬の扱いが上手いアインが第三研究所の荷馬車を担当することになった。
「ユランさん、荷馬車に乗り込むのはイヤなんですか?」
「それは酔うから無理」
思い出す用に青い顔をしたユランをみて、この男の頼りなさに呆れるギリアムだった。もちろん顔には出さないが。
「時間どおりの集合、ご苦労さん」
ロイド団長が馬に乗りながら、エスメラルダ達のほうへわざわざやってきた。ギリアムとアインは姿勢を正す。エスメラルダはにこにことロイドへ挨拶した。
「今回はよろしくお願いします。打ち合わせ通りについていきますね」
「おう。念の為、お前らの後ろに団員二人付けておくからな。なんかあったら使ってくれていい」
「助かります」
「それじゃあ出発するから、無事についてきてくれ」
ロイドはエスメラルダの頭を撫でてから、隊の前方へと戻っていった。ギリアムはそれが何となく引っかかっていた。
初日の長時間の移動を問題なく終え、コドル群れから一番近い街の宿についた。研究所の面々は、第一騎士団から費用の援助を受けたので、第二騎士団が泊まる宿と隣りにある少し高級な宿に泊まることにした。
本当は同じ宿に泊まる予定だったが、思っていた以上にバテバテの三人を見たエスメラルダの配慮である。初日から疲れが残っていてしまっては、明日からの大仕事に支障が出るからという判断だった。
エスメラルダは受付と支払いをすませて、部屋へ向かうことにした。
「部屋はここね。初日だから特別に良い部屋にしました!帰りの宿は第二騎士団と同じところだからね」
ギリアムとアインは初めての長距離移動で、初日にも関わらずかなり体力を消耗してしまっていた。ユランも同様で、しきりに腰をさすっている。なぜかエスメラルダはいつもと変わらずピンピンしており、ギリアムは不思議に思わずにはいられなかった。
「えっ、ひと部屋に全員泊まるんですか?」
「寝室とお風呂は二つあるよ〜。ギリアムとアインでそっち使ってね。私とユランであっち使うから、他は兼用で使いましょう」
「エスメラルダさんは別じゃなくて良いんですか!?」
ギリアムは女性は別の部屋かと思っていた。せめて寝室は男女で分けるべきでは?と疲労と困惑で頭がぐるぐるし始める。
「もう一部屋借りるより、こっちのが安かったんだよ。ユランとはよく残業で一夜を明かす仲だから、問題なし!」
「俺もエメと泊まるほうがいい。朝起きれん」
何でもないことのように言うエスメラルダにギリアムは呆気に取られる。ユランもユランでもう勝手に寝室へ入っていた。
気にするのは私だけなのかとギリアムはアインに助けを求めたが、アインは本人たちがそう言うなら…となだめるだけである。
「じゃあそういうことで。今日は早めにご飯食べてゆっくり休みましょう」
困惑するギリアムをそのままに、それから四人は食事をとり、すぐ就寝した。
二日目はコドルの群れがいる地域近くまで移動し、テントをはって野営となる。
ギリアムは野営地点の川が近くに流れる石原を見渡し、奥の緑広がる草原地帯の美しさに目を奪われた。王都に住んでいるとなかなか見ることのできない光景である。
「アイン〜、これなんて言う魚?」
「カザメの稚魚ですね!美味しいですよ」
「よっしゃ獲ろうぜ。今日の晩御飯だ」
「僕、掴み取り得意です!」
ユランとアインは何故か意気投合しており、テント設営が完了すると早速川へ向かっていった。
「…あの二人はそのままにして大丈夫ですか?」
「ん?」
二人が怪我しないか心配するギリアムの隣で罠設置場所を地図で確認していたエスメラルダはふいに顔を上げる。何となく距離が近い気がして、ギリアムはすこしぎくりとした。
「ああ、まぁ思ってたより早く着いたからね。今ロイド団長達が日程の再調整してるだろうから、それが決まるまでは休憩しましょ。ギリアムも魚釣ってきて良いよ?」
「いえ、何かあればお手伝いします」
「じゃあ焚き火用に、こういう枝を集めてきてくれる?着火剤にするから三、四本でいいよ。私は落ち葉とか集めてくるから」
「わかりました」
エスメラルダは貴族の割になんでも素直に聞くギリアムの後ろ姿をみて良い子だな〜と思っていた。
エスメラルダが今まで接したことのある第一騎士団所属の貴族達は概ね嫌なやつだった。同じ貴族であるエスメラルダに、やれ令嬢のくせに研究してるだの、いきおくれだのとコソコソ話しているのはよくある事だった。エスメラルダの姿に気づくと、黙ってどこかに散っていったが。
ギリアムもエスメラルダのことを変に思っていることはわかっている。それでも、素直に言うことを聞き、失礼なことは言わない礼儀正しいギリアムにエスメラルダは好印象を持っていた。生真面目で情に熱いオーウェン団長が好きそうな好青年だと納得したものである。
アインは狩猟に慣れていて、大家族で育ったからか面倒見が良く生活力が高い。だから性格に難があるユランの相手を上手くこなしていた。一人っ子のユランは常日頃から年下に飢えていたため、たいそう可愛がっているようである。エスメラルダはこの人選で良かったとしみじみ思った。
「テント設営は無事に終わったみたいだな」
「あ、ロイド団長。今後の日程はどうなりました?」
第二騎士団のテント側から、ロイドがエスメラルダ達の様子を見にやってきた。
「夜の予定を前倒しで、午後から駆除にはいる。早く終われば早く帰れるからな」
「わかりました。じゃあ午後から私たちも罠を設置しにいきますね。予定通りに明日の朝方に回収で問題ないです?」
「それで構わない。夜はエスメラルダとユランはテントで待機。第一騎士団の奴らはせっかくだから連れて行く」
ロイドはエスメラルダの高く結んだ髪をサラサラと流してもてあそぶ。マントをしているにしても、砂ぼこりの中での移動で汚れているはずなのにいつも小綺麗に見えるエスメラルダにロイドはいつも感心していた。
「朝の罠回収時の護衛は?」
「第一の若造らを叩き起こせば良いさ。回収が終われば、午前は時間がある。奴らには寝不足の中の任務も経験してもらおう」
「ふふ、そう伝えておきますね」
「よろしく頼む。時間までゆっくり昼食をとってくれ」
ロイドはエスメラルダの頬をするりと撫でて戻っていった。枝を集め終えてその様子を見ていたギリアムはある噂が確信に変わりつつあるのを感じだ。やっぱりあの二人は特別な関係なのではないだろうか。
エスメラルダは振り返るとギリアムに気づき、いつもと変わらない笑みを浮かべる。
「ギリアム早いね。ちょっと待ってて。落ち葉集めてくる。その間に二人を連れ戻してきてもらって良い?お昼ご飯にしよう」