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熟した乙女は賽を振る  作者: 花田えりんぎ


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20/20

19、なんの心配もいらない学園生活

 

(初めての学園だと緊張していたけど…とっても楽しいわ)


 午前中の授業が終わり、食堂へ行こうと荷物をまとめる。

 入学してからまだ二日。教師たちの授業はわかりやすく、一人一人個性があって面白い。編入生は放課後にダンスやマナーなどの実技的なレッスンを個別に受けられる。一日のほとんどを学びに費やすことができるなんてすごいことだわ。


(それにしても…こんな学園で上位だったエスメラルダ様は本当にすごい人だったんだなぁ)


 入試対策で自ら教鞭を振るってくれたエスメラルダ様は学園を卒業して数年経っているのに、知識は衰えず、教師陣と肩を並べられるほどわかりやすかった。


「リリア様、食堂へ一緒に行きませんか?」


「シェリルさん」


 声をかけられて顔を上げると、ニコニコとしたシェリルさんがいて、その後ろにも二人の女学生が待っていた。第一王子の婚約者であるソフィア様から聞いた、例の人だ。第二王子にちょっかいをかける平民だと目をつけられている。ストロベリーブロンドの巻き髪に、幼さがある可愛らしい頬とツンとした猫目が少し気の強さを感じた。

 後ろにいるのはシェリル派閥の人だろう。私も元々は平民だから、王家の人にちょっかいをかけるのはやりすぎだと思う。貴族教育を受けて家柄の格差とそのより良い使い方がわかり始めてから、平民と貴族の違いについて鮮明になると、シェリルさんの危なさがよりわかる。

 エスメラルダ様にはソフィア様の助けになるよう言われたし、ソフィア様からもこのシェリル派閥を攻略するよう指示は受けている。


「誘ってくれて嬉しい。もちろん行きますわ」


「席はもう予約してあるんです。リリア様とお昼を共にしたい人はたくさんいるんですよ」


「まぁ、そうでしたの?知らなかったわ」


「リリア様は私たちの憧れですから。平民から辺境伯夫人だなんて物語のようです」


「…そんな、私なんてただの第二夫人ですから」


 シェリルさん達は貴族をどう思っているのだろう。男貴族と結婚はしたいけど、女貴族とは仲良くなりたくないという感じなのだろうか。


「そんなことありません!本当はリリア様が第一夫人になる予定だったのでしょう?エスメラルダ・レヴィン侯爵令嬢が第一夫人の座を横取りしたと聞いています。そしてリリア様を強引に学園へと入学させてバルテミア当主と遠ざけたと」


「そんなことないのよ」


「リリア様は優しすぎるのです」


 シェリルさんは熱を込めてリリア様は何も悪くないと慰めてくれる。私とエスメラルダ様とレイ様の結婚劇は側から見ればそう見えるだろうが事実は違うし、察している方々もいる。シェリルさんは自分に都合が良いように信じてしまっているのだ。

 食堂に着き、食事が始まってからもその話がずっと続いた。


「エスメラルダ様は貴族として未熟な私に、貴族として学ぶための時間をくださったのよ。シェリルさんも平民が貴族社会に馴染むのは大変だと知っているでしょう?」


「でも、きっと結婚して地位さえ得られればどうにかなりますわ。貴族といえど爵位を生まれもってしまっただけで、人間であることは平民と同じだもの」


「確かに人間であることは同じね」


 同じでなのは人間であることだけで、育ちが違えば何もかも違ってくる。食事の仕方を見るとシェリルさんはマナーがうろ覚えのようで、少しぎこちない。貴族でそんな人はいないのだ。

 たったそれだけでも馬鹿にされてしまう貴族社会で、爵位だけでどうにかなるとは思えない。


(…わたしも貴族の考え方に染まったなぁ。食べる時のマナーなんてエスメラルダ様に教えてもらうまでは気にしてなかったもの)


 でも、エスメラルダ様は丁寧にこのマナーになった由来や歴史まで教えてくれた。それを聞くと、ただのマナーでも美学があるように感じ、それに則って動く自分も少し品格が出るような気がするのだ。

 レイと隣に並ぶためにはそんな自分でありたいから。そしてそれが貴族社会での正解でもあるのだから。


「…シェリルさんはランス第二王子と懇意なのでしょう?恋人になりたいの?」


「もちろん!王家と繋がりができるなんてこれ以上幸せなことはないわ。ランス様も婚約者のヴェルリーヌ様は厳しくてついていけないと言っていらしたの。私と一緒にいると息抜きができるといつも褒めて下さるんです」


 恋人、だなんて貴族社会で意味がないことは私が身をもって知っている。そんな言葉選びをしたのは意地悪だった。まるで前の私を見ているようだったから。


「ランス王子から好かれているんですね」


「リリア様も応援してくださいますか?あっ、ランス様だわ!わたしお話しに行ってきます!」


 シェリルさんはくるくるのストロベリーブロンドをなびかせて、ランス王子の元へ向かっていく。

 ランチプレートは置いたままだ。

 シェリル派閥の人と話すチャンスだと、一緒に食堂に来たコニーさんとヘレナさんに話を振る。


「お二人はシェリルさんとランス王子の仲を応援してらっしゃるの?」


「ええ、まぁ。上手くいけば夢物語のようですから…」


「でも、リリア様を見ていると所作が美しくてかなり努力なされたのでしょう?やっぱり貴族と結婚するのは大変ですか?」


 ヘレナさんはかなり前のめりに聞いてくる。コニーさんも興味津々のようで顔をキラキラとさせている。

 二人には、今までの自分の不甲斐なさを含めて、貴族と結婚して貴族となることの大変さや自分もまだまだであることをそのまま伝えた。


「正直、乗り越えなきゃいけない壁があるのは事実だわ。私もこれからどうなるかわからないけど、それでも彼と一緒にいたいから…」


 こんな話をエスメラルダ様と侍女のマリー以外にしたことはなくて、自然と頬が熱くなり、目を伏せる。


「あっ、もうこんな時間ね。私は用があるので、先に失礼いたしますわ。またお昼ご一緒しましょう」


 二人にそれでは、と挨拶して退席する。

 照れたことがバレてませんように。


 去っていくリリアの背を眺めながらコニーとヘレナはうっとりとした。


「リリア様ったら一途だわ。あれこそが純愛ね」

「本当に素敵。第一夫人にはもうなれないのかしら…」

「そうなったら本当に夢物語ね!私、リリア様を応援するわ!」

「私も!」







「ソフィア様、リリアです」


「どうぞ」


 前もって指定されていた時間に生徒会室の扉を叩く。扉を開けると、生徒会長の席に優雅に座るソフィア様がいた。後ろの窓から光が入り、綺麗にまとめられた銀髪がキラキラと輝いている。

 ソフィア様は応接用のソファーに移動し、私に向かいに座るよう促して、紅茶の入ったティーカップを用意してくれた。


「授業はいかがですか?もうなれました?」


「はい、とてもわかりやすくて楽しいです」


「そうですか。ついていけているなら良かった」


「入学前にエスメラルダ様からしっかり教えて頂いたので、なんとか…」


「ああ、エル姉様が?」


 品よく紅茶を飲んでいたソフィア様が首を傾げて、少し口角をあげられる。ソフィア様はエスメラルダ様のことになると反応が良い。いつも無表情のお人形のようなのに。


「はい、ここの教師と同じくらいわかりやすく丁寧に教えて頂きました。エスメラルダ様はとても優秀な方なのだと実感しましたわ」


「わかりますわ。エル姉様は知的な好奇心が強いし、賢さを持った方ですものね」


「…ソフィア様はエスメラルダ様と仲がよろしいのですか?」


「婚約者が懇意にしている方なので、しっかり把握しておかねばと思ってね」


 ひやりとした。

 エスメラルダ様が第一王子と仲が良いのは本当だったんだ。しかもソフィア様に知られている。公認なのかな。


「半分、冗談です。私はもっと仲良くしたいのですけど、エル姉様から警戒されているの」


「そうなのですか?私には何かあればソフィア様を頼るよう言われたので、信頼されているかと…」


「おそらく信用はしているけど、面倒なことに巻き込まれそうだとも考えているのね。エル姉様ったら上手に距離をとるのよ」


「そうでしたか…」


 二人だけの絶妙な関係があるんだろうな。

 ソフィア様からしたらエスメラルダ様は自分の婚約者と関係を結んでいる相手である。制裁などされていないエスメラルダ様はきっと立場をわきまえてソフィア様と関わっているのだろう。

 第一王子と、格上であるソフィア公爵令嬢と関係をのらりくらりと捌いてきたエスメラルダ様。恐れ多くて私には到底できない芸当だ。

 そんな中、バルテミア辺境伯第一夫人という新たな肩書きになってパワーゲームをこなしている。

 もしかしてエスメラルダ様ってとんでもない方なのでは?

 なんだか目がまわる感覚がした。


「そういえば、シェリルさんについては進展はあって?」


「今日はお昼に食事をご一緒しました。シェリルさんはかなり考えが固まっているようで、ランス王子と恋人になれると信じておられますわ。シェリルさんと特に仲の良い二人は柔軟に考えてくれそうでした」


「まぁ、リリア様はお仕事が早いわね」


「そんな、偶然です。でもここは話が広まるのが早いですね。私のことやエスメラルダ様のことまで彼女達に知られていました」


「そういう場所なのよ。貴族社会でも情報が回ってくることは早いの。特に人間関係に関することはみんなが好きだから」


「…シェリル様を変えることは難しそうですが、私の話を広めることで、派閥が大きくなることは抑えられるかもしれません。平民と貴族の結婚が大変であることを知ってもらわないと」


「良い案ですわ。その調子でどうぞよろしくね」


「はい」


 ソフィア様の覚めるような青い瞳で見られると緊張してしまう。でもこれは任務だ。頑張らなきゃ。

 話が終わって、紅茶を飲み干して席を立つ。


「失礼しました」


 ふぅ、と息を吐いて教室へ向かう。

 大丈夫。きっと上手くやってみせる。





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