2、美しく味あるもの
定例会から少し日が経ってから、エスメラルダは第二騎士団庁舎のロイド団長の部屋へ来ていた。久しぶりの逢瀬である。いつもどおりの行為を済ませ、ソファーの上で毛布にくるまり、体を少し休める。
「ほら、どうぞ」
騎士団のスラックスに、上半身はシャツをひっかけただけのロイドがティーカップをテーブルに置く。お礼を言って毛布を巻きつきた体を起こすと、ロイドが隣に座り、肩に手を回してきた。
エスメラルダはカップに手を伸ばし、目を輝かせる。
「こんな綺麗なピンクのお茶、初めてです」
「バルテミアの特産品の花を使っているらしい。名前は…なんだったかなぁ?」
「ユーコニカ?」
「ああ、それだ。よく知ってるな」
ロイドは褒めるようにエスメラルダの額に唇を寄せる。
「甘くて美味しい!果物の味がします。これは女の子が好きですね」
「乾燥させた果物も使ってるらしい。帰りに渡すよ」
「うれしい。ありがとうございます。最近仕事忙しくて、美味しいもの食べれなかったんですよね」
「それは良かったなぁ。俺も久しぶりに疲れが取れたよ」
「普通、つかれません?」
「いや、全然」
「不思議だなぁ。なんでわたしはこんなに疲れるんだろう。男女の違いですかね?」
ペタペタとロイド団長の腹筋を触る。硬くて分厚い筋肉の鎧はエスメラルダには無いもので、羨ましくてたまらなかった。
「美味しいものといえば、今度、コドル狩りいくが来るか?」
「コドル!そっか、もうそんな時期でしたね」
「レニ河近郊に群れが発生したとかで依頼が来たんだ」
コドルは四足歩行の特殊生物である。硬い毛皮と蹄が特徴で、繁殖能力が高く、今の時期は群れを作り、畑を荒らすことがある。攻撃性は並だが、数が多いと一般市民での駆除が難しいため、特殊な武器を扱える第二騎士団へ依頼が舞い込むのだ。
エスメラルダにとって大事なのは、そんなコドルが実はとても美味しいということである。ただコドルの狩猟方法は主に毒を使うので、食べるためには毒を使わずに捕獲せねばならない。そのための新しい方法を前にユランとやっとの思いで開発したのだった。
今回はそれを試す絶好の機会である。そして、美味しいコドルの肉を久しぶりに食べれるかもしれない。
エスメラルダはよだれが口の中に溢れそうになりながら、ロイド団長へキラキラした顔を向ける。
「行きます。絶対行きます!お休みとってでも行きます。ユランも連れて!」
「わはは!そんなに喜んでくれるなんてなぁ。誘ったかいがあるよ。まぁ前回と同じ要領で、後ろをついてくれば良いさ。また後で研究所に依頼をだすよ」
わしゃわしゃと頭を撫でられて、エスメラルダの髪はボサボサになった。これはユランにすぐ教えなければ、とお茶を飲み干し、よたよたと服を着た。
「ユラン!コドル捕まえに行こう!」
バーンと研究所の扉を開けて、エスメラルダはロイド団長が作成した依頼書をかざす。
うるさいエスメラルダを一目見やることもなく、黙々と作業するガノ。ユランは机に向かいながら寝不足でゆらゆらしていた頭をハッと上げた。目の下のクマは相変わらずで、眠気のせいで目はうつろである。
「コドル…!?行きます!」
ユランは前に自作したコドル用の罠がやっと出番になることが嬉しく、そしてコドルの美味しさを思い出して、目に輝きが戻った。
「所長、今お仕事ひと段落してるし行ってきて良いですか?ロイド団長から連絡ありましたよね?」
アルガス所長に依頼書を手渡し、ソワソワとエスメラルダは返事を待つ。アルガスは書類に目を通し、不備がないか確認する。
「問題ないよ。ユラン君と行っておいで。ただし条件がある」
「えっ!なんでしょう?」
まさか無理難題をふっかける気ではなかろうかとエスメラルダはぎゅっと胸元に拳を握って身構える。
「コドルを上手く捉えられたら、それで携帯食を作っておくれ」
「携帯食?騎士団が食べてるような?」
「そう。コドルの肉を日持ちするように加工して干し肉にして欲しいんだ。もちろん美味しくね」
思っていたより手がつけやすそうな条件でエスメラルダは拍子抜けした。コドルの干し肉…どんな味になるのか。前回初めて食べた時は、ただ焼いただけでも美味しかったので、さらに美味になるのではないだろうかと希望が膨らんでいく。
「干し肉くらいの加工ならできると思います!あれですか?それ商品化して売り捌くんですか?」
「騎士団に売りつけようかと思ってね。あそこの携帯食はあんまり美味しくないし変わり映えしなくてさ。小さい不満はずーっとあるけど、耐えれる程度だから誰も動かない。そこを僕たちが助けてあげようってワケ」
「…もしかして、今、研究所のお金カツカツだったりします?」
エスメラルダは思い当たる節があり、冷や汗が出る。所長はいつもと変わらず穏やかな顔を崩さない。
「この前、君とユラン君が行った第二研究所からの新薬開発、目標値達成した後も君たちが楽しくなって、勝手に試験繰り返して改良しちゃったよね」
「はい…限界を…超えられるなら超えたくなってしまって…」
エスメラルダはブルブルと震えだす。その様子を見ていたユランも同期しているかのように青ざめブルブルと震え出した。
「請求書が昨日届いたけど、超えたのは予算です。第二研究所から最初に提示された額を遥かに超えてて、君たちが勝手にやったことだからと、追加資金は無し。第三研究所は今、赤字の状態です」
「ご、ごめんなさい…」
あまりにも自分の失態すぎてエスメラルダはべしょべしょと泣くしかなかった。完璧に盛り上がってしまったエスメラルダとユランの責任である。
「まぁ、二人が作った試薬はこれから第二研究所の方で更なる試験が行われるから、おいおい良薬だと認められれば協力費として私たちに取り分をくれるとのことだったよ」
「えっ!本当ですか!やった〜!」
「でも今はお金がないから、稼げる商品作って予算超過した分をさくっと取り戻してきてね」
「はい…」
お気楽にコドルを狩るつもりが、自業自得なプレッシャーが追加されてしまいエスメラルダはしょんぼりした。ユランも同じようにしょんぼりする。
お金は大事だ。わかっているけど、止められなかったのだ。エスメラルダはしょぼしょぼと席に戻る。
「おい、今度予算超える時はお前が自腹切れよ、侯爵令嬢」
「いや、ユランとわたしのお給料から天引きが筋ってもんでしょ」
「俺の給料には絶対に手をつけさせん」
「お財布の紐がかたすぎる」
エスメラルダはユランの肩に指をぐりぐりと押し当てる。ユランはその弱い力に従って机に上半身を倒した。
「コドル、あんだけ美味かったんだから騎士団だけじゃなく、珍品扱いで高値にして業者とも取引してぇよな〜」
「そうね〜。今後流通させるなら今のうちに業者も軽く当たりつけておこうかな〜」
「前回コドルを綺麗に仕留められたのは偶然だったが、今回は自信作の罠があるし、目標はとりあえず二、三匹ってとこか。運搬もあるし。騎士団の奴らに手伝わせよう。コドル用の保存容器もいるな」
エスメラルダはユランとのゆるい会話をメモにとる。ユランは物事の決定が早く、かついつも的確で抜けがないので任務遂行能力がとても高い。エスメラルダはユランの立てた計画をもとに利益をさらに上げるにはどうしたら良いか、人脈をいかに繋げて恩を売るかと、最大効率で最大利益が出る方法を考えるのが得意である。
いわば仕事をする上で相性が良すぎる二人なのだ。第三研究所は、若手で馬力がありすぎゆえに突拍子もない二人と、その手綱を巧みに操り権力の後ろ盾がある王弟のアルガス所長、通常業務を一人でさばける処理能力と知識を持った万能であるガノが上手く歯車として噛み合うことで上手くいっている。
「あ、そうだ、アルガス所長。私たちの護衛兼お手伝いとして第一騎士団の若手数人を所望します!」
エスメラルダは元気よく挙手をして、コーヒーを飲んでいる所長に向き合う。
「どうして?」
「第一騎士団のオーウェン団長がこの前若手に根性がないと愚痴ってきたからです!」
貴族や王族の護衛任務が主である第一騎士団は花形で、対人戦が専門となり、野外での危険任務は少ないため、貴族の子息が多く在籍している。
中には親のコネで入団した者もおり、実力のない日弱な口だけの若手が年々増えているのを平民出身の叩き上げであるオーウェン団長は憂いていた。
先日の定例会で、若いながらも臆せず適切な意見を言うエスメラルダをみて、うちにもこんな若手がいれば安心なのにと会議が終わってからエスメラルダ本人に褒めの言葉とついつい本音を漏らしてしまったのである。
ちなみにユランは会議中、猫背になり顔はうつむき加減で陰気臭く、気になるところだけエスメラルダにコソコソと話しかけていた。
ハキハキと明るく姿勢を正して座るエスメラルダとは正反対の姿である。
「遠征に連れて行けば、外の厳しさや生物の恐ろしさを実感し良い経験になると思います。貴族の坊ちゃん共は流石に熟練の第二騎士団と同じ待遇にはついて行けないだろうけど、比較的安全で快適な私たちと一緒なら、若手のお試し体験としてちょうど良いかと」
「ふむ。確かにね」
「そして金持ちの第一騎士団に少し関わってもらうことで、コドル携帯食の買取手になってもらうのです!」
本当の目的はこれある。資金調達をするには金持ちを相手にするのが手っ取り早いからだ。売るために必要なのは仕込みと金である。
「よろしい、そうしよう。話は私から通すかい?君がする?」
「私がさくっとお願いして、調整までしてこようと思います」
ついでにエスメラルダが第一騎士団とのツテを作るための布石でもある。