14、恋愛相談に向いていない
エスメラルダは事態が好転する兆しを感じてニコニコしていた。
スープの味について、ラミが自分が抗議しに行くと息巻いたがあしらわれてしまう可能性が高いと思い、エスメラルダ本人が行くことにした。できるだけ角が立たないように、「お節介かもしれないけれどあなた達のことを思って言っている」という体で、おこがましいが悪気は無いという物言いにすることにした。
意外にも厨房ではすぐに犯人がわかり、偶然そこにいたリリアとお茶会の約束を取り付け、極め付けはレイにスープを食べさせることにも成功したのである。使用人の行いは当主に繋がることを身を持って理解してくれたのでは無いだろうか。
謎のうめき声をあげながらスープを半分食べたレイの姿を思い出してエスメラルダは大変愉快な気持ちなった。
そしてこれからリリアとのお茶会である。エスメラルダが提案したのにも関わらず、お茶とお菓子、場所までリリアが用意してくれることになった。エスメラルダはお礼に花柄のスカーフをプレゼントすることにした。ちょうど新品で箱から出していない物があったのだ。それを持ってエスメラルダはギリアムを護衛につけて、リリアとの待ち合わせ場所に向かった。
「エスメラルダ様!こちらです。ご案内します」
リリアが案内したのは庭園の中にある白い東屋だった。綺麗に手入れされていて日が当たりキラキラとしていた。周りは剪定された植木に囲まれ、周りを気にせずくつろげるようになっている。
「まぁ、手入れが行き届いていて素敵なところですね。もしかしてリリアさんがお手入れを?」
「私はお手伝いだけです。熟練の庭師がいるんですよ。さ、エスメラルダ様どうぞこちらに」
リリアはそう言って、椅子に案内する。お茶とお菓子の準備はもう完了していた。料理長に今朝のお詫びとして腕によりをかけてお菓子を作ってもらったのだ。ギリアムは少し離れたところで待機する。
「ありがとうございます。美味しそうな焼き菓子だわ。私、甘い物が好きなんです」
「私もです!料理長のクッキーはホロリと口溶けが良いのです。エスメラルダ様、お茶はどれになさいますか?」
リリアは4種類のお茶を用意していた。今朝作ったセゼリカの青とユーコニカのピンク、ヴェルニウムの紫、リロエの緑だ。
「こんなにも種類があるのね!どれも飲みたいけど…リリアさんの1番お好きなのは?」
「お茶だけの時はユーコニカが好きですけど、甘いものと一緒ならリロエですね。さっぱりした爽やかな味です」
「ではまずそれをお願いしますわ」
エスメラルダは忘れないようお礼のスカーフをリリアに渡す。バルテミアではこんなにもお茶が豊富だとは知らなかった。リリアが丁寧にお茶を淹れているところをじっと眺める。ポットの中では草原のような綺麗な緑色が抽出されていた。
こんなに綺麗ならば王都で流行りそうなものなのに流通が難しいのだろうかとエスメラルダは疑問に思う。
リリアが淹れてくれたお茶はスッキリとして爽やかでエスメラルダはとても気に入った。
「王都ではこのようなお茶はなかなか見れませんわ。バルテミアにこんな魅力があったなんて知りませんでした」
エスメラルダが素直に褒めるとリリアは首を振る。
「王都にはもっとたくさん良い物があるでしょう?素敵なものが溢れているはずです。…きっと、おしゃれで魅力的な人もたくさんいるんだわ」
リリアは尻すぼみになりながら声を少し震わせた。そして少し俯いた顔をバッと上げ、エスメラルダを見る。
「エスメラルダ様、わたし、第二夫人になりますっ」
リリアは昨日から考えていたことをひたすらに言葉に出した。役に立っていると思っていた自分が貴族としてのレイの足を引っ張っていたことを認めなければ、前に進めないと思った。そしてもっと貴族であるレイの役に立つにはこの人の力を借りるしかない。
「私があまりにも未熟すぎたのです。平民の頃の感覚が抜けず、貴族としての勉強を蔑ろにしました。それでレイにもエスメラルダ様にも迷惑をかけて…ごめんなさい。でもっ、だから、今度こそ第二夫人になって貴族として力になれるようになりたいです」
リリアは自分が言葉を発するたびに、その言葉が刺さってくるように感じた。この情けない自分が現実であるとやっと実感できた。勝手に出てくる涙が恥ずかしくて、手で顔を覆う。
「リリアさん、大丈夫よ。泣かないで。こんな早くに決断してくれてありがとう」
エスメラルダはそっとリリアの手に自分の手を重ねる。
「さっき、スープを飲ませに行った時に、レイ様に少し話を聞いたんです。レイ様がリリアさんにはあんまり貴族の仕事をさせたくなかったんですってね。リリアさんは最初手伝おうとしていたんでしょう?」
「でも、私は頭が悪くて…よくわからなくて。レイに見限られたんだと…」
「向き不向きは誰にでもあるわ。私の同僚なんて研究は優秀だけど、運動は全くダメだもの!」
エスメラルダはリリアをどうしても元気付けたかった。正直もっと悩むことに時間を費やし、恋人のままで居続ける選択をするかもしれないと思っていた。それがこんな早くに良い返事を貰えるだなんて、そんな決断をしてくれたリリアのことを支持したいと思ったのだ。
「貴族教育は短期間で行うには厳しいけれど、きっとリリアさんの糧なるわ。私が最良のものを用意するから安心して欲しい。少し考え方の違いに驚くこともあるかもしれないけれど」
リリアの不安をできるだけ取り除きたいとエスメラルダは言葉をかける。貴族教育についてはある程度目処を立てていたため、あとはそれをリリアに合うよう調整せねば。
「レイ様は貴族の価値観にリリアさんが染まるんじゃないかと心配されていたのよ。だから、貴族の仕事はさせなかったんだと思うの。ありのままのリリアさんを好きなレイ様が、貴女を見限るなんてことないわ」
「…そうでしょうか」
リリアはまた表情を暗くする。エスメラルダはそんな彼女を見て心配になった。まだ他にも気になることがあるのだろうか。
「何かあるの?なんでも言ってみて」
「…レイは私を本当に好きなのでしょうか」
絶対好きでしょ!とエスメラルダは叫びたかった。でも叫ばなかった。リリアなりに思うところがあるのだろう。最初から大声で否定するのは良くない。ぐっとこらえる。まずリリアの考えを聞かなければ。
「…どうして、そう思うの?」
「…レイとは、あの、キスより先はしたことなくて。手を出されたこともないんです…」
エスメラルダはレイの執務室のドアをバーンと開ける。早急なため事前連絡も無しに失礼極まりないが、大事なことなので致し方なかった。
レイはびっくりして書類から顔を上げる。家令のグレンも驚いて彼女を見た。後ろからギリアムも申し訳なさげについている。
「失礼しました。大事な用があってきましたの。今よろしいですか」
「…ああ。大丈夫だが、もう少し穏やかに入室してくれ」
「申し訳ありません、つい。さて本題ですが」
エスメラルダは真顔で近づき、戸惑いの表情を浮かべるレイをじっと見る。
「な、なんだ」
「どうしてリリアさんに手を出さないんですか」
レイの顔が瞬時に赤くなる。
「はぁっ!?」
「リリアさんが悩まれてましたよ!自分に魅力がないのかと!貴族にとって世継ぎは大事なのに、なぜ自分は手を出されないのかと!自分には幼馴染として家族のような愛情を向けられていただけなのではと!」
「ちょっと待ってくれ!いきなり何の話だ!」
「リリアさんがレイ様のために第二夫人となり、貴族教育を受けると覚悟を決めようとしているのです!でも、もしレイ様が後々他の令嬢に靡いてしまったらどうしようと不安になり、その決断が揺らいでいるのですわ!あなたの愛情表現が足りずに、リリアさんが自信を持てずにいます!早急に手を出しましょう。今すぐにでも」
レイは突然のことで混乱し、赤くなった顔を片手で覆う。自分のせいでリリアが不安に思っているなんて考えたことが無かった。自分なりに愛情持って接していたつもりだったのに。
「…事情は、わかった。手を出していないのは事実だ。そこは、その、俺と彼女で頃合いをみてというか…」
「リリアさんはすでに不安がっているのに?原因は貴方が手を出していないからです。手を出せば解決するのでは?先送りにする理由はなんです?」
エスメラルダは色んなことが心底わかっていなかった。リリアが何故急にレイからの好意を疑い始めたのか、レイが何故リリアに手を出してないのか。わからないから本人たちに直接聞くしか無かった。
そしてこの問題をさっさと解決してリリアの貴族教育を早くから始めたかったのだ。
「リリアさんに魅力を感じませんか?そういう行為がそもそも苦手とか?バルテミアでは婚前交渉は厳禁なのですか?」
「う、いや…そんなことはない」
「では、何故?」
エスメラルダはレイの顔をじーっと見続ける。自分が考えつく理由が全て違うのならば、本人に教えてもらうしかない。レイは視線を泳がせ、観念したように口を重々しく開いた。
「…したことがないんだ、俺が」
「ん?」
「…貴族だが、そういうことをしたことがなくて。なんというか…自信がない」
「へ?」
その歳で?生まれながらの貴族であったのに?貴族教育の一環であるものでは?と思いながらエスメラルダは壁の花になっているグレンの方へ顔を向ける。
「グレンさん、どういうことですか?」
「その…前当主がレイ様の容姿を鑑みて、そういったことは最後にと後回しにされたので…」
「美しいレイ様が女遊びを覚えたら、女性問題が多発して厄介ごとが増えるかもと思われたんですね」
前当主の配慮があったらば仕方がない。疑問は解けたし、あとは本人の自信の無さだけだとエスメラルダは再びレイに向き直る。
「レイ様、やり方はご存知ですか」
「や、やり方って…」
「初めてで、好きな相手とするのは緊張して恥ずかしいものです。それはリリアさんも同じです。今回リリアさんは貴方の為に第二夫人を決断されたのですよ。次は貴方もリリアさんのために一歩踏み出さなければ!」
そう言ってエスメラルダはレイに一歩近づいた。
「自信がないのは、わからないことが多いからでしょう。それはしたことが無いので当然です。本当は娼婦を呼びたいところですがリリアさんが嫌でしょう」
エスメラルダはさらにもう一歩、レイに近づく。
「自信を持ちたいのであれば、私がやり方を教えて差し上げますが、本当にそんなことしたいですか?」
「う、いや、それは…」
「そうですよね。お二人の関係なのに他の方が関わってくるのは嫌ですよね。だったら、お二人だけのやり方を模索すべきです!初めてなら尚のこと!大事なのは丁寧さです!…早急に手を出してくださいね」
「…はい」
力説するエスメラルダにレイは圧倒されて、思わず返事をしてしまった。
そして2日後の朝、エスメラルダは顔を赤らめたリリアから「相談に乗ってくれてありがとうございました」とお礼をいわれたのだった。




