12、嫌がらせと文化の境界線
エスメラルダは食堂での夕食を終え、バルテミア邸の客室で身綺麗にし、柔らかい生地の寝巻きへと着替えていた。ミリが手早くエスメラルダの寝巻きを整えて、ラミは簡単に髪型を夜用にする。
ギリアムはずっと部屋の中で扉の近くに待機しているので、エスメラルダと双子の侍女のやりとりや様子をずっと見聞きしていた。着替えなどは衝立で隠されてはいたものの、目の前で女性の着替えが行われていると少し落ち着かないものがある。もちろん顔には出さないが。
エスメラルダは何も気にせずに、着替え終えてラミがいれたバルテミアのお茶の香りを楽しんでいる。
「ミリとラミは初日どうだった?何か困ることなかった?」
「そうですわね〜…。まだ、気のせいかもしれないのですが、掃除用具など借りたい備品をメイドに尋ねると何故か遠回りして案内されたりとか…」
「私もお茶の用意をしたくて厨房に行ったら、説明が雑だったり無視されたり…気のせいかもしれませんが」
「ええっ!」
エスメラルダはびっくりした。そんな嫌がらせをしてくるとは。細やかなことでも初日からそんなことをされてはたまったものではない。二人はまだこの屋敷のことを何も知らないのに。
使用人と懇意にしているリリアの敵だと思われているようだ。確かにそのような構図ではあるのだろうが。仲睦まじい恋人である二人の間に突然現れた悪評ある貴族の女。平民から見るとそんな感じなのだろう。
アルバート様や他の貴族からは、私が結婚相手なのは相手にとっての利点であると言ってもらえたし、正直自分でもそう思っているのだが、その考え方の違いは独自の文化がある貴族制ゆえのものであるので仕方がない。ユランやカルロ、アインからも不思議がられることも何度かあった。
「リリアさんが夕食に来なくて部屋に塞ぎ込んじゃったし…私のことがすごく悪印象だったのね。でもそれをそんな風に表に出すとは思わなかった」
「まぁまぁ、お嬢様。まだ初日ですから」
「そうですわ。もう少し様子を見なければ」
ミリとラミはエスメラルダの行動が早いことを知っていた。寝巻きのままバルテミア当主にすぐに釘を刺しにいくのではと、二人は不快感を示したエスメラルダを宥めた。
先が思いやられる…と眉に皺を寄せたエスメラルダはふとあることに気づく。
「もしかして、あれも嫌がらせだったのかしら」
「まぁ!お嬢様もなにか?」
「いや…気のせいかもしれないんだけど、夕食のスープの味が変だったの。すごく塩辛くて」
エスメラルダは夕食のスープを思い出す。見た目は何も変わりはなかったが、味がすごくしょっぱかったのだ。
「そうだったのですか?」
「バルテミアの味付けかなんなのかわからなくて、とりあえず食べたけど…二人の夕食はどうだったの?」
「王都での食事と味付けは同じでしたね」
「食材が少し違っていただけです」
「私の食事と二人のは内容が違うから、嫌がらせなのか食文化なのか調べなきゃね。ある国では砂糖が希少だからと身分の高い人たちの料理になんでも砂糖をいれてるらしいし」
初日からレイとリリアと一悶着起こしたので、エスメラルダは少し大人しくしていたい気持ちがあったが、嫌がらせについてはできればすぐ対処したかった。侍女二人への妨害はエスメラルダに直結する問題だからだ。
「ギリアムはなんともなかった?」
「はい。私は何も問題ありませんでした」
「騎士様には手を出せないのかしらね」
人を選んでいるのかもしれない。馬鹿にされていると感じたエスメラルダは使用人たちもどうにかせねばとつい棘のある言葉が出てしまう。ギリアムは内心困ってしまった。
「お嬢様、もしお料理に何かされていたのであればそれは一番の問題ですわ」
「そうです。明日の朝食は部屋へお持ちしますので、私たちに味を確認させていただけませんか」
ミリとラミは大事なお嬢様の体に何かあったらと提案した。最悪、毒でも盛られてしまったら…そんなことはあってはいけない。
「そうね。ありがとう。そうするわ」
エスメラルダは提案を受け入れ、二人は安堵した。
次の朝。
ミリはエスメラルダの身支度をすませ、ラミは厨房から朝食を持ってきた。テーブルに料理を広げる。エスメラルダは料理をしっかりと観察する。王都で食べられている貴族の朝食とあまり差はなく、見た目も変なところはない。
「私が最初に食べるわ。昨日のと同じくらい塩辛いか確かめなくちゃ」
「お待ちください、お嬢様。私が先に食べますわ。毒でも入っていたらいけません」
躊躇なくスープに手を伸ばしたエスメラルダにミリが待ったをかける。
「でも毒だったら私の方が気づけるから平気よ。研究所でも扱っているし。ユランと毒草を食べ比べしたことあるし」
毒草は食べ比べするものではないとギリアムはそれを聞いて思ったが、エスメラルダとユランならしでかしてもおかしくない気がしてしまった。二人が合わさると変な方向へいってしまうのだ。
「大丈夫よ。準備もしてるから。いただくわ」
三人は緊張しながら息を呑んでエスメラルダをじっと見守る。そんなことなど露知らず、スープを口に入れたエスメラルダは顔を力無くしょぼしょぼとさせた。
「やっぱり塩辛い…」
そして水を手に取りごくごくと豪快に飲む。
「これ、さすがにおかしいよね?二人も食べてみて」
ミリとラミは失礼しますと匙でスープをすくい、口に運ぶ。
「んんっ!お嬢様これは…」
「これはあんまりですわ!」
二人はすぐに顔をしかめ、慌てて水に手を伸ばした。想像以上の、初めて食べるほどの塩辛さだった。食べれたものではない。二口目を運ぶ気にもなれない。二人は平然としていた昨日のエスメラルダのおかしさに思わずせめたててしまう。
「水を飲んでも舌がピリピリします!」
「こんなの毒物と同じですわ!」
「こんなものを一杯食べきられるなんて!」
「夕食の時、いつもより水の減りが早いとは思っていましたけれど!」
「ほら!見てくださいませ、底の方に塩の粒が溜まっていますわ!」
「流石にすぐお取り替えすべき代物です!」
「えぇ〜…頑張って食べたのに褒めてくれない」
エスメラルダはさらにしょぼしょぼと体を縮こめる。変であることにはもちろん気づいていた。気づいていたが、リリアがおらずレイと二人きりの静かな夕食を早く切り上げたかったのだ。心ここに在らずで、反応の薄いレイに話しかけてもつまらない。
舌に当たるとピリピリするスープを無理に喉に流し飲み、謎の汗を滲ませる体に鞭打ってなんとか耐えたのだ。流石に底に溜まっていた塩は残したし、浅く小さい皿だったため量が少なかったのは運が良かった。
「ギリアムも食べてみてよ」
頑張った自分が何故か責められて不満なので、エスメラルダはこのスープをギリアムにお裾分けすることにした。この塩辛さを体験してもらって大変さを共有する仲間を増やすためだった。要するに道連れである。
エスメラルダが差し出した匙をギリアムは口にする。ギリアムの目が大きく見開かれる。
「う、ゴホ、すみませ、ゴホッ」
「あはは、反応良し!」
顔を背けながら咳き込むギリアムを見て面白くなりエスメラルダは満足する。ギリアムは涙目で息絶え絶えになりながら姿勢を正した。
「申し訳ありません。これは飲めたものではありません…」
「んふふ、やっぱりそうだよね。でももしかしたらこれがバルテミアの味なのかもしれないし…地元の人にも食べてもらわないとね」
エスメラルダは満面の笑みでそう言い、スープを持って部屋の外に出ると、通りがかった数人のメイドを捕まえてスープを飲ませて悶絶させていた。エスメラルダはそれを見てニコニコと楽しげにしており、メイド達からさらに嫌な目で見られていたが本人は気にしていなかった。




