11、"好き"は証明すべきか
私は自室として寝泊まりしている辺境伯邸の一室に暗い顔で戻った。
「リリアお嬢様、大丈夫ですか」
侍女のマリーが心配そうに駆け寄ってくる。
「大丈夫。少し疲れただけなの。しばらく一人にしてくれる?」
自分の発する声があからさまに元気がないのがわかる。これではマリーを余計心配させてしまう。マリーが外へ出たのをみて、ベッドに倒れ込むと、じんわりと涙が溢れてくる。
ああ、どうして自分はこんなにも情けないのだろう。
さっきだってそうだった。
エスメラルダ様の提案に、すぐに返事ができなかった。私は貴族としてレイを支える覚悟ができなかった。時間をくれと一旦逃げる選択をした。
きっとレイには幻滅されただろう。
こんなに愛しているのに。
レイと小さい頃から一緒に過ごして、口約束ながら将来結婚する約束をした。父が鉱物の加工業で一代を成し、男爵の爵位をもらってからは、レイと同じ貴族になったことで自分がレイの妻になるのだと確信していた。
貴族になったからと父が突然用意した家庭教師との勉強もおざなりに、レイの屋敷に出入りし、使用人達と仲良くなった。レイのためにお菓子や料理を作ったり刺繍をしたりして、レイの喜ぶ顔をみてこれからも過ごせるのだと思うと幸せでいっぱいだった。
ニ年前にレイのお父様が病気で急死してしまってからは、レイのお母様も体調を崩してしまい、人と会わず離れの屋敷で療養している。一人残され、当主となってしまったレイの心を私は支えてきた。
まだ見習いとしてしか関わっていなかったレイは突然全ての領地経営をすることになった。家令のグレンになんとか教えてもらいながら毎日必死に働いていたレイの大変さを少しでも癒せるように、私は屋敷に住むようになった。気を張り詰めていたレイが息抜きする時間を作ってあげたかった。何か力になりたかった。
私も領地経営について何か手伝いができないかとレイに伝えたが、学がない私は賢いレイについていくことはできず、レイの「これは自分の仕事だから。今までどおり一緒にいてくれるだけで良い」という言葉を間に受けていた。
その方が楽だったから。
一緒にいるだけで自分は役に立てていると思っていたかった。
でもそれは違っていて、私がレイの足を引っ張っていた。レイは私がいるから社交の場には行かなかったし、私が不安になるからとあまり遠出はしなかった。
私がもっと賢くて、貴族としての素養が備わっていれば、今ごろレイの妻として役に立てただろうに。
私がダメだったから、国王がレイを低く評価し、政略結婚を指示することになったんだ。
レイは政略結婚について不安がる私に「大丈夫だからリリアは気にすることない」と抱きしめた。私はそれを信じた。
だってそう信じる方が楽だったから。
でも、全然大丈夫じゃなかった。
お相手のエスメラルダ様はとても美しく賢く貴族としての気品溢れる人だった。あんな綺麗な人を初めてみた。そして失礼なレイに対して引くことをせず堂々している強さは私には無いものだった。何もかも私は負けていた。
そんなエスメラルダ様の文句のつけようの無い提案を私は保留にしてしまった。エスメラルダ様に嫉妬したのだ。認めたくなかった。素直にいうことを聞けばいいのに、今までの自分が無駄だったと認めるのが嫌だった。いらない意地を張ってしまった。なんて情けない。
私はもう覚悟を決めるしか無いのに。
だってレイを愛しているから。
でももし、レイがエスメラルダ様のことを好きになってしまったらどうしよう。私が貴族教育を受けている時に、エスメラルダ様に気移りしてしまったらどうしよう。私にさえ優しく接してくれたあの素敵な人を好きにならない人がいるのだろうか。実際、王都ではいろんな男性と逢引きをしているらしいと聞く。女性としての魅力も私なんかじゃ敵わない。
私が第二夫人になったとしても、レイがエスメラルダ様と離婚せず第一夫人で居続けることを所望するのでは無いか。そうなったら私は一体どうすれば良いのだろう。
子を産めばそばに居させてくれるのだろうか。
キスから先はまだ一度もされたことがないのに。
「リリア、入るよ」
ドアを開ける音とレイの声が聞こえた。マリーがきっとレイに伝えたんだろう。寝室へ来る足音がする。ひどい顔を見られたくない。体を丸め、シーツを手繰りて寄せ顔を埋める。
「リリア、大丈夫か?」
「ごめんなさい」
レイの心配する声を聞いて言わずにはいられなかった。こんな優しい人に対して、私はなんてひどいことを。ベッドがきしむ。レイが近くに座ったんだろう。大きい手が私の頭を撫でる。
「謝ることない。今日は疲れただろ、ゆっくり休んで。エスメラルダ殿の言うことはじっくり考えれば良い」
顔をシーツから上げ、レイを見る。表情からは何も読み取れず、ただ穏やかに私を見ていた。温かい手がするりと頬を撫でる。
「リリアが第二夫人にならなくったって俺が頑張れば良い話だ。俺が一人でもやっていけることをエスメラルダ殿に認めてもらったら、離婚してリリアと結婚すれば良い」
レイはこんなにも私のことを考えてくれている。
いつも私にとって一番楽な選択肢をくれる。
罪悪感がさらに湧き上がる。
「でも、ね。レイ、私は貴方の役に立ちたいの」
「今まで通りで十分支えてもらっているよ。今回のことは俺が悪いんだ。リリアに負担を背負わせたくない」
違う、違う!なんと言えば良いんだろう。うまく言葉にできなくて代わりに涙が出てきた。
「リリア…」
レイがまるで痛みを感じているかのような、痛ましいものを見るような顔をして私を抱きしめる。胸元に顔を寄せると、レイの匂いがする。
ああ、ダメだ。これが好きなんだ。
この人を独り占めしたいんだ。誰にも渡したくない。この人は、私のものだから。
それなら、私が変わらなきゃ。
レイの背中に守られてるだけじゃ足りなかったんだ。
だってそれだとレイが振り返ってくれた時しか、私を見てくれない。レイの優しさに甘えて、後ろから縋りついていなきゃいけない。ずっと不安を抱えたまま。
そうじゃない。
せめて、隣にいなくては。
置いていかれないように。重たくないように。
エスメラルダ様みたいにレイと対等になれるように。そんな自分になってみたい。
そしてレイの手を引っ張っていけるようになれたなら、それは今よりも絶対幸せなことだから。
「レイ、私、第二夫人になる」
「本当に?無理はしないでくれ」
抱きしめる力が強くなる。少し苦しい。
「違うの。私がそうしたいの。ちゃんと私もレイと一緒に頑張りたいから…」
私は賢くないから、こんな頭に血が上ったような状態で決めて良いのかとも思う。
でもこれはきっと間違わない。
だって今までも、これからも私だけのレイでいて欲しいから。
他の人に譲れるもんか。
「エスメラルダ様には自分で伝えにいくわ。色々相談した方が良いと思うから。わからないことが多いし…もう少しだけ時間をくれる?きちんと整理してから話にいかないと」
「そんなに気負う必要はないんじゃないか」
「ううん、むしろ気負わなきゃ」
そう言って私もレイを強く抱きしめる。
「私、レイのことすごく好きなのよ。知ってる?」
「もちろん、知ってる」
レイは泣きそうな嬉しそうな顔をして口付けをしてきた。




