10、こういうのはどうかな
「ギリアムは中に入って、扉の前に待機していて」
ミリとラミはエスメラルダの部屋の準備をしに二階へ案内され、エスメラルダの護衛二人は応接室の外で待機する。ギリアムも外で待機しようとしたところ、エスメラルダに声をかけられた。自分も話を聞いて良いものかと思い中に入ったが、その疑問を問いかけられる雰囲気ではなかった。扉の横で姿勢を正し、待機する。
応接室のソファにエスメラルダは腰掛け、向かいのソファにはレイとリリアが並んで座っている。グレンはお茶と茶菓子を用意してテーブルへ置き、後ろへ控えた。
エスメラルダはお茶で喉を潤し、カップを置く。
「それでは改めまして、私はレヴィン侯爵家五女のエスメラルダ・レヴィンと申します。王立第三研究所に勤務して主に特殊生物についての仕事をしております」
まずは自己紹介と、それぞれに挨拶をしなければとエスメラルダは厳しい顔をしたレイへ視線を移す。
「レイ・バルテミア辺境伯のお噂は予々聞いておりますわ。前当主のマードック様が急死されたこと、心からお悔やみ申し上げます。レイ様もいきなりのことで大変でしたでしょうに当主としてしっかり励まれているそうで、頭が下がりますわ」
「そんな挨拶は要らない。本題に入ってくれ」
「まぁまぁ、私はリリアさんとも初めて会うのです。少しくらいご挨拶してもよろしいでしょう」
エスメラルダはレイをあしらい、リリアの方を向く。リリアはびくりと体を揺らし、顔をこわばらせた。
「リリアさんのことも話は聞いていたのです。レイ様に可愛らしい幼馴染の恋人がいると。その通りでしたわ」
「あぁ、いえ、そんな」
「謙遜なさらないで。レイ様が社交に出られないのはリリア様がいるからだと聞き及んでいましたの。大事にされていらっしゃるのね」
リリアは照れているのかうつむき加減になり、ダークブラウンの髪が顔に影を作る。エスメラルダはここから本題へ移ろうと思い、レイへ向き直った。
「それで今回の結婚についてですが、私はレイ様の代わりに王都や他の貴族との橋渡し役となり、社交を行うという役割を与えられています」
レイはそれを聞いて眉を顰めた。
「待て、そんなことをしてもらう必要はない。それは私の仕事だ」
「それでは、なぜ国王がこの結婚を押し進めたとお思いです?」
「それは…」
エスメラルダは言い籠もるレイの返事を待つ気はなかった。大した返事が来ることを期待していなかった。
「隣国が面する北国と西国は現在、政治情勢が少し揺らいでいます。細やかな揺れですが、私たちの国王はそういう機微に先手を打つことができるお方です。今回は二国にとって重要国である隣国との友好関係の強化と、隣国との繋ぎ役となるこのバルテミアの土地へ支援を円滑に供給できるようにすることを考えられました」
一区切りする為にエスメラルダはお茶に手を伸ばす。レイに考えてもらう時間にする為だ。
「…それで今回の結婚というわけか」
レイは眉をひそませながら重く口を開いた。
「そうです。レイ様はあまり社交へは出られないでしょう?その代わりに国王が私にと命を下しました。私は社交が得意な方ですし、情勢にも詳しいですわ。人脈や他の貴族への影響力も少なからずあります。国王は人の采配に狂いがないのです。賢王と言われる所以ですわ」
「そうやって脅迫じみたことを言って、バルテミアを乗っ取る気じゃ無いだろうな」
レイは今回の結婚が自分の外交力不足を補う為のものだの認めたくなかった。今まで父が守り続けたこの土地を何故見ず知らずの悪評ある女と手をとり運営しなければいけないのか。
それは今まで一緒に過ごしてきた愛するリリアと共に成したいことである。その為にエスメラルダには大人しくお飾りの妻でいてもらう必要があった。
それなのに一筋縄ではいかず弁が立つ目の前の女に憎々しい思いが湧きあがる。
「脅迫ではなく事実で、加えて王命ですし、そもそも私がバルテミアを乗っ取ったとしても国としては問題ありません。私は国益のためにここに来ています」
「貴様!」
レイは拳をテーブルへ叩きつける。
ギリアムはレイが拳を握りしめたのを見た瞬間、エスメラルダが殴られるのではないかと一歩、体を動かした。
それを視界にとらえたレイは若い王国騎士に目を向ける。
「…場違いな若い騎士を連れ回している貴女は悪い噂が多くて信用ならない」
「ギリアムはオーウェン第一団長から一目置かれている有望な騎士です。実際私のわがままで着いてきてもらいましたけど、承諾は得ていますし、ただの私の良き友人ですわ」
そういえばまだだったとエスメラルダはギリアムの紹介をする。レイはその説明に結局連れ回しているじゃないかと青筋を立てそうになる。
そんな様子をハラハラと見るギリアムは自分はどうすれば良いのかとわからなくて黙り込むしかなかった。
「ギリアムはウェンリー子爵の次男です。仲良くなさってくださいな」
実は友好関係が乏しいレイに貴族の知り合いを増やしてもらうための人選でもあった。呑気に紹介するエスメラルダにレイは話にならないと首を振る。
「…もういい。貴女のいう事は理解できた。この結婚は私の力不足が原因だ。しかし貴女の手助けは要らない。これから私が外交へ力を入れれば良い話だ」
「それはそうですけれど、その外交を上手くできるのが私だと国王が判断したのです。どうでしょう、最初だけだと思って期限付きで私を使ってみては?」
「は?」
レイは訝しげにエスメラルダを見た。エスメラルダはずっと変わらない表情でにこやかにしている。
「レイ様の言うとおり、レイ様自身が外交へ力を入れ良い関係が作られれば私は用済みですわ。しかし関係作りには時間がかかるものですし、まず接点を持つことが重要で難しいものなのです。ですので、レイ様の関係作りができるまでお手伝いします。私と社交の練習をしましょう」
エスメラルダはにっこりと二人に提案をする。
「そしてリリア様もその間は貴族社会について学ばれると良いですわ」
「どうして、リリアがそんな大変なことを」
レイはこの件に関してリリアを巻き込むつもりはさらさらなかった。それなのにそんな提案をするなんて、目の前の女がさらに嫌になってくる。
「お二人はご結婚して一緒に過ごされたいのでしょう?良い案を思いついたのです。まずレイ様と私が結婚して第一夫人、そしてリリア様が第二夫人になります」
「なっ…!」
これはエスメラルダがアルバートから政略結婚のことを教えてもらってから考えていたことだった。恋人同士である二人と今回の結婚の折り合いをどうつけるかと考えた結果である。
そして二人と実際に会ってみて、かなり平民の一夫一妻の考えが強いことを感じた。だから私のふしだらな噂に嫌悪感をより抱くのだろう。だが、私との結婚を取り消すことはできない。それならリリアも妻として娶り、後々第一夫人へ押し上げればいい。
恋人という口約束の曖昧な関係でいるのではなく、結婚という契約を結び、正式な枠に当てはめて貴族社会の仕組みにリリアも組み込んだ方が扱いやすいと思ったのだ。
「わたしが社交を主に、第一夫人としての仕事を引き受けます。もちろん私の動きは逐一レイ様に把握していただき、許可も細かくいただきます」
レイとリリアは考えたことのない提案に驚きを隠せなかった。エスメラルダはそんなこと気にせず、話を進めていく。
「リリア様は第二夫人になりますが、今までどおりレイ様と仲睦まじくされていれば良いですわ。世継ぎについてはリリア様に一任いたします」
「世継ぎ…!」
レイとリリアはその言葉に顔を赤らめた。エスメラルダはそれをみて頭にハテナを浮かべる。
世襲する貴族にとって世継ぎは大事なことである。多ければ多い方が良い。そして当主の血が流れているということが最重要であった。エスメラルダは私が産もうがリリアが産もうが大差ないと考えて、恋人同士の二人に配慮しての世継ぎ発言だったが、何をそんなに照れているのだろうとわからなかった。大事なことなので、きちんと明言しておくべきだろう。
「お二人とも大事なのはここからです」
何故がギクシャクしてソワソワしている二人にしっかりするようエスメラルダは声色を変える。
「レイ様が社交にも慣れ最初の関係作りを終えたら、私と離婚してください。そしてリリアさんが第一夫人を務めるのです」
エスメラルダはリリアの目をしっかりと見つめ、念を押した。
「リリアさんに覚悟があるのなら、まず第二夫人となり、後に第一夫人としてレイ様を支えるべく厳しい貴族教育を受けていただきます」
エスメラルダの提案は以上だった。
要は貴族として未熟な二人が成長するまでエスメラルダが手助けするということである。




