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誰が為に時は戻る

作者: 佐位守

「キモいんだよ」

……またか。


「近づくなよ」

……こればっかりだな。


「臭い」

……どうでもいい。


「何見てんだよ」

……はぁ。


「お前、――に守ってもらってばっかだな」

……


「おい、アイツのこと…」

 ――ッ!


 とっさに叫ぶ。


 景色は実家の天井に変わった。


 現実を認識すると、体中の力が抜ける。

 額に手を当てると、汗でびっしょり濡れていた。


 最近はこの夢ばかり見る。

 中学時代の、思い出したくない記憶。


 寝返りを打ち、再び目を閉じる


 こういうときは別のことを考える。

 昨日の夜は友人たちと飲み会をした。

 仕事が終わって、21時頃に集合して、最近のアニメや漫画の話などをしながら、朝まで飲み歩いていた。

 みんな会社に勤めているため月に一回程度しか会えないが、気の置けない仲間との会話は何事にも代えがたい時間である。

 次の日の朝6時前に解散し、家に帰って床に就いた。


 そこで、おかしいことに気づいた。


 今みた実家の天井。

 自分は一人暮らしで、東京に住んでいる。

 実家は東京から電車で数時間のところにある。

 記憶が正しければ帰ったのは東京の自分のアパートのはずだ。

 

 目を開いて周囲を確認する。


 カーテンの隙間から光が差し込んでいる。


 そこは、実家の自分の部屋だった。

 

 ベッドボードに置いてある時計を確認すると、時間は6時30分だった。


 からだの重さと、汗による不快感を感じながら、ベッドから出る。


 勉強机には昔使っていたデスクトップパソコンが置かれていた。

 電源を入れると、

 

 テンテ テン テテン

 

 起動音が鳴る。

 久しぶりに聞いたこの音は、懐かしさと安心感がある。


 親のお古のパソコンで、起動まで5分くらいかかる。

 そこで我に返る。

 このパソコンは、自分が実家から出て一人暮らしを始めるころに買い替えたはずだ。


 パソコンが起動してデスクトップ画面が目に入る。


 青空と草原。


 現在はサービスが終了しているウェブブラウザを開く。

 お気に入りには、動画共有サイトのURLが並んでいる。

 一番上のURLをクリックする。

 すると、当時よく見ていた投稿者のトップページが開かれる。

 2日前に投稿されていた最新動画を再生すると、世界のすべてが1辺1mの直方体のブロックで構成されているゲームのプレイ画面が流れる。

 そんなはずはない、と思いながら投稿日を見た。


 投稿日は、2014年4月5日だった。


- - -


 一階に降りて、状況を整理する。

 自分が寝たのは2024年1月19日の朝だった。

 だが、現在の日付は2014年4月8日。

 テレビも確認したが、放送されているニュース番組には当時メインアナウンサーを担当していた男性が出演していた。

 家のカレンダーも2014年4月だから、日付に関しては間違いないだろう。

 自分は過去にいることになる。


 タイムスリップ。

 創作ではよくある題材だ。

 いやこれはタイムスリップか?

 自分の手を確認する。

 随分と肉付きがよい。

 まさか、からだが重いのは昨日酒を呑み過ぎた訳ではなく――。

 鏡を確認するため、洗面所に向かう。

 

 鏡には、目には隈が出来、肌は荒れ放題、頬にはたっぷりのお肉という、当時の自分の姿があった。


 当時は2年近く引きこもりしていたため、生活リズムは崩壊していた。

 衣食住が勝手に整っている素晴らしい生活で……という訳でもなかったな。


 今自分が受肉している体は、2014年当時15歳の自分だ。

 中学生だった自分は周囲になじめず、学校に行かなくなり引きこもりになった。

 

 ―……ッ!―


 当時のことを思い出して、胸が苦しくなる。


 どうでもいいことだ。

 それよりも、タイムスリップではなくタイムリープであることがわかった。

 タイムリープしたのなら、2014年時点の自分の自我はどこへいったのか、某入れ替わり映画のように未来にいったのか、消滅したのか、そもそも今の自分に繋がる過去なのか。

 元の自分の肉体はどうなっているのか、死んだからここにいるのか、死んだとしても、原因は思い当たらない。

 理由があってタイムリープしたとしても、皆目見当もつかない。

 理由があるなら何度もタイムリープすることになるだろう。

 そうなったらそうなったときに考えればいい。


 まるでSF小説の中に迷い込んだみたいだ。

 そう考えると、無性にわくわくしてきた。


 とりあえず当面の行動目標を考えよう。

 自分の部屋に戻ると辺りを見回す。


 本棚には歴史関係の本がずらりと並べられていた。

 小学生のころは歴史が好きで、いろんな本を買ってもらっていただけでなく、休みの日には史跡巡りに連れていってもらった記憶もある。

 あの頃は楽しかったな・・・。

 まあ今も楽しいけど、などと思いながらクローゼットを開けると、小学生時代の服がかけられていた。

 どれも埃を被っていたが、クローゼットの下段に真新しい段ボールが置いてあった。

 段ボールは開封された痕跡がなく、伝票もそのまま付いていた。

 発送元を確認すると服屋だった。

 服屋から?

 不思議に思って段ボールを開けてみる。

 中には、高校の制服が入っていた。


- - -


「今日からの高校生活是非実りあるものにしてください。」


 校長の式辞が終わる。

 今は高校の入学式の真っ最中だ。

 まだ始まったばかりのため、物思いに耽るとする。


 もともと、高校には通っていない。

 中学生生活は散々で、学校にいい思い出がなかったため、中学3年生の自分は高校に通いたいと思っていなかった。

 ただ、親には通わなくてもいいから受験だけはしてくれと懇願された。

 引きこもりであることに自責の念があったため、断り切れずに記念受験した。


 結果は合格だった。


 まさか一切受験勉強をしていない自分が合格するとは夢にも思わなかった。

 飲み会での鉄板ネタで、数少ない自慢話である。

 英語はインターネットで英語が使えると海外ゲームの英語で書かれた解説が見れるようになるため、ある程度勉強していた。

 これが幸いしたと思う。

 今でも普通の人よりは英語ができるという自負もある。


 そんな高校通ってないエピソード一本で乗り切ってきた自分だが、正直高校生活には羨望がある。

 なぜならよく見るアニメや漫画の登場人物は大体が高校生だからだ。

 部活、趣味、仕事、その時にしかできない何かを必死に行いながら、学生生活も送っている。

 大人の、学校にいい思い出の無い自分から見ると、彼ら彼女らの青春の物語はどうしても輝いて見えてしまう。

 その度に『みんな頑張ってるのに自分って……』と思いながらも『この物語はフィクションであり……』と言い聞かせて、自制心を保っている。


 しかし、この度めでたく高校生になれるチャンスがやって来た。

 せっかく過去を変えられるこのチャンス、ものにするしかない。

 当時はコミュニケーション能力が低く周囲になじめなかったが、現在は会社に勤めて仕事を行っており、他人との会話も普通にできるようになった。

 ペラペラ喋れるわけではないが、少なくとも社会人と会話できる程度のスキルがあれば、学生相手なら大丈夫であろう。

 うん。大丈夫だ。

 行動目標は決まった。高校生活を楽しもう。


 などと考えながら、シャワーを浴びて、制服に袖を通して、いざ家を出て高校に乗り込んだ。


 正門では、入学式の立て看板の前に人だかりができており、新入生と思われる人々が順番に写真撮影を行っていた。

 そんな集団を横目に正門をくぐった。

 このタイミングで、かなり後悔していた。

 

 輝かしい高校生は、フィクションだから直視できたわけで、実際に遭遇すると精神に来た……ということはなく、単純に体力が少なくて疲れた。


 登校までに1時間半かかった。

 その間は歩いたり、電車に乗ったり、歩いたり、電車に乗ったり、歩いたりしたが、すでに汗が止まらず、足裏から首まで体全体が痛かった。


 ようやく学校に辿り着いたため、クラスを確認し、教室に入り席に着くとそのまま机に突っ伏していると、担任の先生がやってきて、入学式が始まり今に至る。


 現在入学式は、在校生の代表が祝辞を読み上げている。


 改めて周囲を見渡してみても、高校生であるという全く実感が沸かない。

 前後左右に座る新入生たちも、ひな壇に上がる校長先生や偉い人も、今祝辞を読んでいる生徒会長も、まるで物語の登場人物みたいで、自分はその物語を没入体験しているかのように錯覚する。


 本当に高校生なのか……

 

 現実に追いつけないまま、入学式が終わって、ホームルームが終わり、その日は放課になった。


- - -


 入学式から2か月が経て、6月に入った。


 入学前に一番不安に感じていた人間関係だが、自分のクラスメイトはいい人ばかりなので、一人で居ても今のところ何も起きていない。

 最初こそよく話しかけられたが、適当に相槌を打ってやり過ごしていたら、今やあまり話しかけられることもなくなった。

 隣の席の人も自分と同じタイプなのか、一人で居ることが多くあちらから話しかけてくるのは挨拶くらいだ。


 ちなみに、学校内に自分の中学時代を知る人はいない。

 隣の市の高校だからだ。

 なぜ隣の市の高校をわざわざ受験したのか。

 実際に通うことを考えていなかったということもあるが、一番は試験会場で自分を知っている人に会いたくなかったからだ。

 同じ市内では出会う可能性は高い、というか必ず出会う、そのため隣の市のこの高校を受験した。

 実際、知らない人しかいなかったからよかった……


「終点です。ご利用ありがとうございました。」


 電車のアナウンスで現実に戻る。

 現在は下校中で、今最寄りの駅に到着した。


 今日は金曜日で気分がいい。

 散歩がてら遠回りで帰るとしよう。

 駅を出ると、自宅とは反対方向の道を行く。


 2024年の自分はよく散歩していた。

 特にお気に入りなのは、午前3時の住宅街である。

 誰も居なくなったかのように静寂である空間がどこまでも続くため、自分の世界に没頭するのに丁度いい。

 思考の洗濯。

 楽しいことも楽しくないことも大事なことも大事でないことも気ままに思い出しては感想を付けて別のことを考える。

 嫌なことがあったときには必ず散歩をしていた。


 薄明の西の空を見る。

 太陽はまだ丘陵に隠れたばかりで空はオレンジ色一色だ。


 子供の頃はよく、隣に住む幼馴染の女の子と一緒に山の上の公園に通っていた。

 眼前に広がる平野と市街地を見下ろすあの瞬間が何とも言えない気持ちよさを当時感じていた。


 久しぶりに行ってみるかな。


 駅に戻って、公園行のバスに乗る。

 公園に着いた頃にはもう日は完全に沈み、辺りは薄暗くなっていた。


 風が木々の間を抜ける音を聞きながら、展望台に向かって歩く。

 数年前から変わらない公園の風景に、小学校時代の記憶が溢れてくる。


 必死に自転車で登った坂道、ベンチに座って食べたお弁当、どちらが一番高く漕げるか勝負したブランコ、そして何より二人で眺めていたこの絶景。


 宝石のように輝く夜景を吸い込まれるように見つめる。


 しばらくして、後ろから誰かが近づいてくる音が聞こえる。


 はじめは風の音だと思った。

 だがその音はやがて止まって、別の音に変わる。


「……――?」


 振り返ると、幼馴染の彼女だった。


「久しぶり、……元気だった?」


 薄暗くて顔はよく見えないが、長い髪とその声は間違いなく彼女だった。

 10年以上ぶりにみた彼女は、今の自分と同じくらいの身長になっていた。


「中学の時以来だね。」


 彼女はさらに近づいて、自分の横に立つ。

 

「高校、通ってるんだってね。」


 彼女は市内の進学校に通っている。

 今着ている制服もその学校のものだ。

 近くで見る彼女の顔は随分大人びていた。


「頑張ってるんだね。」


 こちらを一瞥してまた景色を見る。


「ここ、本当に景色いいよね。」


 しばらく公園で思い出話をして、一緒に帰った。

 彼女は勉強ができて、運動もできて、努力家で優しい、まさに非の打ち所がない人物だ。

 中学時代に周囲になじめなかった自分を常に気にかけてくれていた。

 中学3年生になると生徒会長を務めていたという。


 高校でも部活動と勉強を頑張っているようだ。


 ただ、こちらを見た彼女の表情がとても苦しそうだったことが忘れられなかった。


 数日後、登校しようと家を出たとき、彼女の母親と丁度出会った。


 お隣さんのため時々顔を合わす。

 小学生の頃は一緒に公園に連れて行って貰ったりしたが、今は軽く挨拶を交わす程度の仲である。


 ふと、あの時の彼女の顔がよぎった。

 気になって彼女の様子を聞いてみた。


「実は……」


 彼女は、自分の部屋から出ようとしないらしい。


- - -


 学校に着いて、隣の人が挨拶をしてくれる。

 その挨拶になんとなくしか返事できなかった。


 彼女と出会ったあの日、自分は小学生から不登校になるまでの記憶が一気に溢れ出てきていた。

 彼女と話しているときは、嫌でも中学校時代の記憶がちらついて、胸が苦しかった。


 もしかして彼女も同じだったのではないか。


 彼女も過去に何か嫌な体験があって、それが自分と結びついていて、それが原因で……と考えたが、あくまでこれは妄想に過ぎない。

 そもそも、自分と彼女では雲泥の差がある。


 彼女は努力家だ。

 彼女は小学生のとき、ピアノ教室に通っていた。

 最後のピアノの発表会では、今まで弾いたことがない難しい曲を演奏するために、毎日学校が終わるとすぐに家に帰ってピアノの練習をしていた。

 そんな彼女と卑屈で自己中心的な自分と同じにしては失礼であろう。


 とにかく、本人から聞いてみるしかない。


 この日の授業はいつもよりも数倍も長く感じた。


 放課後。

 ようやく授業が終わった。

 今日はまっすぐ家に帰る。


 一度家に帰って、荷物を置いて着替えてから彼女の家に行く。

 チャイムを鳴らすと、彼女の母親が応対する。


「あら、ちょっと待っててね。」


 玄関のドアが開いて、彼女の母親が出てくる。


「ごめんね、あの子まだ部屋から出てこないのよ。」


 さぁ、上がって、と言われて彼女の家にお邪魔する。


 彼女の母親と一通り近況報告をする。

 自分は高校を通うに至った経緯をタイムリープの部分をぼかしながら話した。

 彼女の母親によると、どうやら彼女は第一志望の高校に行けなかったらしい。

 それでも、最初は普通に学校に通っていたが、次第に元気がなくなっていき、公園で出会った日の翌日から学校に行かなくなったという。


 まさか本当に自分が原因なのか……


 お互いに話すことがなくなり、沈黙が流れる。


「よかったら、あの子とお話してくれないかな。」


 彼女の母親の提案は渡りに船だった。

 彼女と実際に話したいと思っていたが、自分からは行けない性格のせいで、なかなか話題に出せなかった。

 

「これ、持って行ってくれる?」


 二人分のジュースとお菓子を乗せたお盆を渡される。

 気遣いに感謝して、彼女の部屋に向かう。


 彼女の部屋の扉をノックする。

 返事はない。


 とりあえず名乗ってみる。

 返事はない。


 自分もこんな感じだったのかな。


 引きこもりを始めた頃は、両親もことあるごとに自分の部屋の前にやってきては、扉越しに話しかけてくれていた。

 しかし返事をしたくなかった自分はそれを無視をしていた。 

 両親も、返事も無く引きこもりを続ける自分の扱いに手を焼いていたのだろう。

 次第に部屋まで来る頻度は少なくなくなっていき、1年くらい経ったころには全く来ることはなかった。

 彼女の母親も同じに違いない。


 ただ、返事をしない彼女の気持ちもわかる。


 めんどくさくて返事をしていないわけではない。

 引きこもりを始めたころは、親を心配させている自分に自責の念を感じていて、どのように話していいのかわからなくて、返事が出来なかった。

 その後の数年間の引きこもりの生活も、孤独と社会になじめていない疎外感と自責の念を常に感じ続けていた。


 自分が引きこもりを辞められたのは、インターネットで引きこもりの経験があった人たちと出会えたことだった。

 みんなと実際に外で会っているうちに、外に出る抵抗感が無くなって、実家から出て東京で一人暮らしをしながら仕事をすることができるようになった。


 その人たちに出会えなければ、今も引きこもりのままだっただろう。


 自分は彼女にとってのその人たちになれるのではないか。


 自分は意を決して扉越しに彼女に語り始める。


 自分が引きこもりを始めたときのこと。

 引きこもりの時に感じていた気持ち。

 引きこもりをやめる契機になった出会い。

 その人たちとの大切な思い出。

 東京での一人暮らしと社会人生活。

 そして、タイムリープをしたこと。


 彼女に自分の過去を語るうちに、自分がタイムリープをした理由は彼女を引きこもりにさせないためではないかと思うようになった。


 彼女には同じ思いをしてほしくない。


 お盆を持つ手に力が入る。

 コップに入るジュースが揺れる。


 高校生活に憧れていたこと。

 高校に行ってみたこと。

 普通に高校生活を送れていること。

 ここに至るまでの自分の体験をすべて話した。


 彼女からの返事はない。


 考えても見れば、突然押しかけて来て自分のことを一気に話されてもどう反応してよいかわからないだろう。


 完全に悪手だったかもしれない。


 とりあえず、ここから離れよう。

 お盆を置いて、彼女に挨拶をして振り返り、歩を進めようとしたそのとき。


 ガタン


 かすかに部屋の中から音がした気がした。


 そのまま待つこと数瞬。

 扉がゆっくり数センチ開いた。


 扉の隙間から彼女がこちらを覗いている。


「……あの……、どうぞ……」


 彼女からは聞いたことがないほどか細い声だった。


 扉が開かれて、彼女の姿が目に入る。

 パジャマ姿の彼女は、髪はボサボサで、表情は暗く、視点は斜め下を向いていた。


 タイムリープをしたときに見た鏡の中の自分と同じだと感じながら部屋に入る。


 彼女の部屋は、昔に来たときと違って、床には服や本などが散らばっていた。


 テーブルにジュースとお菓子を置いて、彼女と対面に座る。 


 なんとも気まずい時間が流れる。


「……タイムリープしたって本当?」


 しびれを切らした彼女が質問してきた。

 彼女に隠すことでもないと思ったため、タイムリープのことと、その前後の状況を話した。

 彼女は黙り込んでいる。

 まぁ、いきなりそんなことを話しても信じないだろう。


「……わたしは……どうだった……のかな……」


 正直、この質問が一番困る。

 外界と断絶していたため、彼女のことは引きこもりを始めてからは全くわからない。

 そのことを素直に話した。


「そう……だよね。ごめんね……」


 彼女に気をつかわせてしまった。

 話題を変えるために、勉強の話をする。

 国語と英語はある程度でき、歴史や公民は好きなのでできるのだが、数学と理科は中学校レベルで止まっているため、全然わからない。

 中間テストも赤点で、もし期末テストまで赤点だと夏休みに補習になってしまう。

 彼女に数学と理科を教えてもらえるように頼んでみる。


「うん。いいよ。」

「数学と理科は基礎が大事だよね……」


 彼女は快く引き受けてくれた。

 会話が続きそうなので、彼女の中間テストの結果を聞いてみた。


「英語以外は大体80点くらいかな。英語はあんまり得意じゃなくて……」


 彼女にできない教科があることが意外だった。

 どうしてできないのか聞いてみると、単語を覚えることが難しいとのことだった。

 たぶん、英語を単語を覚えるだけだと考えているようだった。

 自分は、英語は単語を暗記するだけじゃないことを必死に伝えた。


 彼女は最初はキョトンとしていたが、自分が話し終わるとフフッと笑った。


「そうなんだね。じゃあ、今度英語教えてよ。」


 彼女は、そう言うと一口ジュースを飲んで話始めた。


「さっきはありがとう。」


 彼女に先ほどの自分語りを感謝された。

 自分が面を食らっているのをそのままに、彼女は話を続ける。


「頑張ったんだけどね……」


 彼女は今までのことをポツリ、ポツリと話始めた。


 彼女曰く、ずっと自分のことを心配してくれていたそうだ。

 中学校で自分が不登校になった後も、誰でも楽しく通えるような学校にするために、生徒会で活動していたらしい。

 学校を変えて自分に再び学校に通ってもらうことが彼女の目標だった。

 だか結局、自分は中学校にはいかなかった。

 人の心はそう簡単に変わるものではない。

 自分も学校の生徒も。

 彼女もそのことに気づいて、自信を無くしたらしい。

 その後も高校受験に失敗して志望校に行けなかったこと。

 さらに滑り止めの学校でも、周囲との実力差の前にした彼女は完全に自信を失ってしまった。

 そして、あの公園で自分に出会ったこと。

 彼女なしで高校に通い始めた自分に出会ってしまったことを。


 彼女は時折、言葉に詰まり、涙を流しながら話していた。


 自分は、またも面を食らった。

 彼女の人生において、自分がここまで影響を及ぼしているとは思わなかった。


「だけど、わたし嬉しかった。わたしと違って、頑張ってるんだって思って……」


 彼女は公園で見せた苦しそうな表情をしていた。


 自分は慌てて彼女に伝える。

 自分のことをこんなにも想ってくれていたことがすごくうれしかったこと。

 そして、自分のためにも、彼女自身のためにも、彼女は頑張っていることを。


 ハッとした表情で、こちらを見たのちに、何かを言おうとして口を開くが、彼女の口からは言葉が失われていた。


 彼女は自分が高校に通っていることを喜んでくれた。

 自身が苦しんでいるにも関わらずだ。

 彼女への感謝は伝えても伝えきれるものではない。


 彼女の目からは大粒の涙が溢れて止まらなかった。


「こちらこそ、ありがとう。こんなに自分のこと話したのはじめてだよ。」


 泣き止んだ彼女はそう言うと、少しはにかんだ。


「もっと自信を持たないとね。」


 そうだ、彼女も自分も自信を持つことが大事だ。

 もっとも彼女の場合は自分のせいで自信を無くしたのだが……。


「また、話聞いてくれるかな。」


 もちろん。自分でよければなんでも聞こう。


「ありがとう。英語もよろしくね。」


 うん、勉強会もやろう。


「じゃあ、さっそく……」


 彼女は中学校の数学の教科書を取り出す。


「まずはここからだね。」


 彼女との新しい関係が始まった。


- - -


 「明日から夏休みですが、気を抜かずに過ごして下さい。」


 終業式が終わる。

 振り返ると1学期は一瞬だった。


 タイムリープに始まり、入学式、彼女との再会、テストに行事。

 期末テストは、彼女に数学と理科を教えてもらったため赤点を回避しただけでなく、満点に近い点数を取ることができた。

 本当に濃い3か月だった。

 高校生はみんなこうなのかな。

 いや、自分が特別なのだろうか。


 そんなことを考えながら、最寄り駅に電車が着く。


 連日、うだるような暑さ続くが、今日だけはそんな暑さも気にならない。

 今日は彼女とあの公園に行く約束をしている。

 彼女の方が近いため、現地集合だ。


 駅から乗り換えたバスは、山道を登る。

 冷房の効いた車内で一息つく。


 彼女もあれから、学校に通うようになった。

 成績もみるみるうちによくなって、期末テストは学年で1位を取った。

 表情も明るくなって、友達もできて、部活動にも励んでいる。


 やっぱり彼女はすごい。


 忙しい彼女との勉強会は夜遅くになってしまうため、二人でどこかに出かけることはいままでしてこなかった。

 公園に行くのもあの日以来である。


 バスはやがて目的の公園前に着く。


 公園に入り、彼女を探す。

 わくわくした感情が抑えられない。


 展望台まで歩くと、彼女の後ろ姿がみえた。

 彼女に声をかける。


 振り返った彼女は、自分を見ると満面の笑みを浮かべた。


「待ってたよ。」

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