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ラブコメ・恋愛

偽幼馴染、捏造した記憶で本当の幼馴染と張り合う


「幼馴染になってください」


 人生初告白だと思っていた俺の淡い期待は砕かれた。

 学年1の美少女と名高い麻倉マイは、いつも大切にしている白いキャスケット帽を腕に抱いて、頭を下げていた。

 しばしの()の後。


「幼馴染っていうのは、なるものじゃなくて、気づけば、そうなってるものだろう」


 友達理論ーーなろうと言ってなくても、いつのまにかなっている、を幼馴染に適用させた。沈黙に耐えかねて、よく分からない返答をした。

 そもそも、麻倉さんと関わりなんて一切ない。俺の記憶に、こんな美少女は存在しない。


「それって、オッケーってこと」


 口元を帽子で隠しながら、麻倉さんは小首を傾ける。

 この言葉って《了承》の意味なのか。友達理論的には『もうすでに友達だろっ、俺たち』だから、幼馴染ももうすでに幼馴染。

 頷いておこう。幼い頃に思い出がなくても、こんな可愛い幼馴染ならばウェルカムだ。

 

「やったー。じゃあ、思い出を作ろうね」


『思い出ノート』と書かれたノートブックが差し出された。


「こ、これは……?」


 顔を引きつかせるな。きっと問題のないシロモノだ。交換日記レベルの恋愛の痛いアルバム。


「幼馴染あるあるをノートに書いて、共有しよう。過去にあったことにしよう」


 おいおい、過去を捏造しようとしているぜ、この可愛い子猫ちゃんは。歴史を修正するつもりだぜ、いっそ清々しいくらいにな。残された文字だけが真実の歴史。過去は誰にも分からない理論。世界は5秒前にできました。幼馴染も5秒前にできました。

 

「幼馴染エピソードをいっぱい溜めようっ」


 麻倉さんは快活だった。負の遺産を作り上げようとしているのに。

 ホワイトアルバムにはなんだって記入できる。時空を超えた思い出さえ。


「それ捏造じゃない」


「二人が嘘をつけば《本当》……だよ」


 コケティッシュな彼女の返事に、それでいいや、と思った。可愛いは正義だから。首を傾けるの上手過ぎませんか。男子はイチコロですよ。すくなくとも、俺はイチコロ。優しい嘘は嘘じゃないよな。怒るなよ、カント。


 さて、一つだけ問題がある。

 整合性という面で。嘘をついて塗り固めていくとしても、だって、俺には幼馴染がすでに一人いるんだけど、どうするのか、これいかに。ちな、もう一人は中の上レベルのかわいさだ。俺は幼馴染み補正をかけない。


『思い出ノート』(虚偽)に、嘘エピソードが記入されていく。


「小学校の頃、砂場で遊んだ。ブランコを押し合った」


「夏祭りに一緒に行った」


「迷子になったとき、見つけてくれた」


 ああ、素朴……。


「お風呂に一緒に入った」


「ほっぺにキスした」


「結婚の約束をした」


 ああ、事案。


「なんか書いていってよね。詳細も詰めていかないと。誰かに聞かれたときに嘘だってばれないように」


「ああ、頑張る」


 可愛い幼馴染を得るため。本当に、そんな思い出があればいいのに。全高校生が思った。

 というかリアルな思い出をまず作りたい。






「実は二人は、幼馴染なのでしたーっ」


 麻倉さんは、バーンッとクラスに大大発表っ!?

 おう、陽キャってスゲー。ぎゅっと肘に抱きつかれる。

 「イエーイっ」と何が喜ばしいのか、麻倉さんはテンションが上がっている言葉。

 俺の心臓はバクバク。三重の意味で。

 一つは、注目。

 二つは、腕に当たる感触。

 三つは、本物幼馴染の視線。

 なんかかなり睨んでるんだが。誰よ、その幼馴染という目。いつのまに、幼馴染をもう一人こさえていたんだ、というーー。ごめん隠し子ならぬ隠し幼馴染がいました。

 

「え、ホントに。全然気づかなかった」


 クラスメイト女子Aのセリフ。正解には、この子は浅田さん。どうでもいい情報。きっと一生名前を呼ぶことはないクラスメイト。


「だって恥ずかしいから。でも、もうバラした方が楽かなって。お互い、ね」


「う、うん。そうだぐふぅっ!」


 棒読みクライマックスに、肘鉄が入った。

 俺の演技力を見くびるなよ。幼馴染を異性として認識してカミカミするぞ。


「そういえば、立花さんとも幼馴染じゃなかった?」


 あはは、よくご存知で。そんな情報をどこの情報屋が流しているのですか。こっちは浅田さんの幼馴染をしらないんだが。不平等だ。差別だ。情報開示を求める。冗談です。


「セカンド幼馴染なの」


 そう打ち合わせはしてある。結局、ファースト幼馴染と仲良しだった期間とずらして仲良くなったという設定になった。小学生の高学年くらいからの付き合いということだ。幼少期のエピソードは作るのも大変だし。記憶が曖昧すぎて。


「マイ、セカンドって、自分で言う、普通」


「だって、事実なんだし。でもね、一番仲良しなのは私だよねー」


 麻倉さんの有無を言わせない口撃。


「う……うん」


 女子に対しては、同意をするのがコミュケーション。反論してはいけない。共感が大事なのだ。


「あっ!これって幼馴染同士が争うラブコメ展開とか」


 キャッと浅田さんは思いがけないクラスのラブコメ的恋愛模様に気色ばむ。


「ないない。だって、わたしたち、幼馴染なんだよ。ライクな関係」


 そう、あくまで彼女ができました、ではない。幼馴染なのだ。

 幼馴染は幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもない。

 

  ◇ ◇ ◇


 校舎裏に呼び出されました。

 ファースト幼馴染に。

 どういうことだろうか、全く甘い期待が抱けない。校舎裏なんて告白か決闘の会場でしかないのに、前者の期待が淡く消えて後者の存在が立ち現れている。


「ずいぶん仲のいい幼馴染もいたようね」


 短髪で目つきの鋭くなった幼馴染様がご降臨していた。

 いや、ぱっと見はね、可愛いけどね。もうちょっと愛嬌があればと。


「いや、だって、ほら、お互い、高学年になって、男女的な、その距離感、それが大事って、ちょっと距離を置いてた、じゃん」


 しどろもどろを絵に描いたようにしどろもどろした。

 立花様、もとい立花ヒナタは追求をやめる気なし。


「わたし、把握してないんだけど」


「べ、別の学校の生徒だったし、し、仕方ないよなぁ」


「幼馴染から幼馴染に、ふーん、いい渡り鳥ね。帰巣本能あるのかしら」


「いやいやいや、俺たち、ただの幼馴染。幼馴染でしょ」


「でも、報告は必要だよね。まさか三人目とかいたりしないよね」

 

 もはや首でも絞めてきそうな目つきで見てくるヒナちゃん。まさかそこまで幼馴染ポジションがアイデンティティとして大事だったとは。

 たしかに幼馴染ポジションは、重要な恋愛ポイントだけど、現実だと腐れ縁、早く断ち切ってくれるわっ、ぐらいだとばかり。

 とりあえず、首をブンブンと振っておく。

 

「そう。それで、どこまで行ってるのかな」


 いやいや、幼馴染にどこまで行くもないよね。恋人じゃないんだから。いったい何の話をしているのかな。

 僕、全然、何もしてないよね。リア充のコミュケーションがぶっ壊れているだけです。誰とでも距離感がバグっているのです。

 普通、空気を読んで、異性とソーシャルディスタンスだよね。


「何もーー」


 と言いかけたところで、背後から抱きつかれた。


「なーに、話してんのー」


「……麻倉さん」


 そんな目つきを同級生の女子に向けてはいけない。喧嘩は男の華ということで。ニコニコしていてください。


「はい、麻倉マイです」


「わたしが幼馴染ですから」


「でも、わたしも幼馴染なんですよー」


 やめろ。幼馴染の席は複数用意しておくから。

 僕のために争わないで。

 なんで恋人でもないのに修羅場が始まりそうなんだ。間違っている。間違っているぞ、二人とも。


「お風呂も入ったしー、ほっぺにキスもしたしー」


「わたしもそれぐらいしたことあるから」


 ん、あったか。ほっぺにキスの記憶なんてないが。


「夏祭り一緒に行ったり、オモチャの指輪をもらったこともあるよ」


「わ、わたしもそれぐらい普通にあるから」


 いやいや、オモチャの指輪なんて買った憶え自体がない。

 二人とも、今、きっと嘘で張り合っているぞ。


「彼、小学生なのに将来結婚しようとかも言ったんだよ。これは、もう幼馴染でしょ」


 それは、もう幼馴染エンドのラブコメだろう。


「わたしも、将来、子供欲しいとか言われたから。あれは実質プロポーズだった」


 二人の言い争いに、一ミリの記憶もない俺。

 あははー、哀しい。二人ともきっと僕ではない誰かの話をしてるんだ、そうに違いない。


「セカンド幼馴染のくせに」


「でも、最後に愛された方が勝ちって言うし、幼馴染もそうじゃない。今、仲がいいのはわたしの方だし」


「わたしも仲はいいから。以心伝心できてるから。会話って少なくなるのよね。阿吽の呼吸で、分かり合えるから」


 俺はいつまでこの空虚な口論を聞いていないといけないのだろう。


「わ、わたしの方が、好きなんだからっ!!」


 本物幼馴染さん、冷静になろう。別に幼馴染ポジは安泰だから。

 てか、後で、こっちに八つ当たりがきそうで怖い。


「そうなんだ。わたしは、ただのライクだから。恋人の席はどうぞです」


「はへ?」


 困惑した後に、ボンッと茹で上がったように真っ赤になるヒナちゃん。


「い、いらない。恋人なんて一生できないから。こいつに」


 えっ、なんで、今、俺振られたの。

 しかも一生恋人できないとまで言われたんだが。


「とにかく、幼馴染はわたしが一番幼馴染だから、それだけ」


 ヒナタは、そう言って、校舎裏から去っていった。





 残されたのは、麻倉さんと俺。


「で、これって、何が目的なの?」


 俺は尋ねる。偽幼馴染なんて何のためにやってるんだろう。


「彼氏は作らないけど、幼馴染の男子という隠れ蓑。それに男子に興味もあるし。高嶺の花も大変なんだよー」


 身も蓋もなかった。偽彼氏と同じようなものだった。

 キャスケット帽をくるっと投げてはキャッチする。


「まぁ、実は君たち幼馴染をくっつけるためでもあったんだけど。なかなか、頑固ちゃんだね。もっと捏造しないと。とりあえず、隠れ蓑はどうでも良くなったかな。これ、楽しいね。幼馴染争い。もっと白熱させよー」


 リア充、人との争いを避けるどころか楽しむ気満々。対人ストレスをどこに捨ててきたんだ。


「あっ、そうだ。恋人紹介してあげようか。面白そう」


 ああ、ダメだ。この子、ヒナタで遊ぶ気しかない。

 ヒナタは持ち前の睨みつけるで、ちょっとコミュ力が足りないんだ。あまり、人間関係のドロドロを仮設しないであげて。


「そういえば、どうして俺たちをくっつけようと」


「君の妹はわたしの後輩なんだよなー。毎日毎日、見てられないから。さっさとくっつけ、爆死しろって」


 ふむ。


「ちょっと義妹を捏造しようかと思うんだが協力してくれないか」



「ねえ、麻倉さんって、本当に幼馴染なの。家とか来たことあるの」


「ありますよー。お兄ちゃんとはもうラブラブいや、その幼馴染とは思えないぐらいの距離感で、やめて、わたしのライフはもうゼロよ、ってな勢いのイチャイチャを見せられてます」


「よし、殺ろう」


「ちょっと待って。お姉ちゃん。わたし、義姉ちゃんはお姉ちゃんがいいなーっなんて。ヒナタお姉ちゃんの方が断然、お兄ちゃんには似合ってるっていうか」


「それって、麻倉さんが学園で一番可愛いからお兄ちゃんに釣り合わないけど、わたしは釣り合うってこと」


「ち、違います違いますっ。お姉ちゃんが一番っ。ヒナタお姉ちゃんしか勝たんっ!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった。 俺も何だか幼馴染みいっぱいいた気がしてきた
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