冷たい城と温かい瞳
次にレオが目を覚ますと、そこは綺麗な部屋とは全く違う、四方が石の壁で囲まれた寒々しい場所だった。
そこが牢屋であることに気づくまで時間はかからなかった。
「やられた……。」
天井付近の穴から光が入る。
時間は分からないが、どうやら昼間になっているようだ。
レオは壁に近づき手を当てる。
「駄目か……。結界が張られてて壊せそうにないな。料理に睡眠薬でも入っていたのか?死に至る毒じゃないってことはまだ殺す気はない、と思っていいんだよな。目的はなんだ。やっぱり、あの手紙か……?」
手紙は認識阻害の術式をかけ隠してあるため、そう簡単には見つかりはしないだろう。しかし、それも時間の問題だ。認識阻害はそんなに難しい術式ではない。部屋を隈なく探されれば絶対に見つかってしまう。
どうにかしてここから出なければ。
部屋中を隅々まで確認し、知識を捻る。だが、一向に良い案は浮かばなかった。
部屋に張られている結界は上等なもの。簡単には破れない。これを敗れるほどの力量が、レオにはまだない。
「手紙が見つからないことを祈り、ここから出る隙を探ろう。」
焦っても仕方がないと思ったレオは入口から反対側の壁にもたれ掛かり、床に腰を下ろして目を瞑った────。
─────どれほど時間が経ったのだろうか。
外から入る光は薄くなり、部屋の中は寒くなってきた。
腹の音が石造りの部屋に鳴り響く。
丸1日動かず体力を使っていなかったとはいえ、飲まず食わずの状態の身体は栄養を欲していた。
その時、外から甲冑の擦れる音と複数の足音が聞こえてきた。
「お待ちしておりました。」
ドスの声だ。
どうやら客人を迎えているようだ。
この状況で複数人の客の訪問は嫌な予感しかしない。
おまけに甲冑の音も聞こえるとなれば、あの赤い騎士達を思い浮かべずにはいられない。
「どうしたものか……。」
冷ややかな天井を見上げ、溜め息混じりに声が漏れる。
外からはドスに案内され城内に入ってくる人達の足音が聞こえてくる。それはあと数分でこの部屋の前までやってくるだろう。
剣も防具もない。体力もなければ魔力も足りない。四方は囲まれ出口は1つ。
その上相手は手練だ。ここで待ち構えていたら確実に死ぬ。つまり────。
「抜け出す他ない!と言ってもどうすればいいか……。一か八か魔力を一点集中させて放ってみるか。もうそれくらいしか思い付かない……。」
時間がない。このまま殺されるくらいなら、と覚悟を決めたレオの元に駆ける者が1人。
その足音は次第に大きくなりレオのいる牢屋の前で止まった。
少年は迎撃の構えを取り、鍵の開けられた扉を凝視する。
「レオさん!!」
勢いよく扉が開かれた。
息を切らし入ってきたのはエキナセアだった。
「エキナセアさん!どうして……。」
「私はこの城の主の娘。父上の言葉は絶対です。しかし、一時とはいえ、私は貴方という他人を知ってしまった。なぜ貴方が追われているのか、その由など知りません。レオさんは、きっと心の優しい方です。私はそう信じます。故に、私は私の考える正義を執行します。」
「そんなことをすれば君は謀反人として処罰されるかもしれない。命を取られなくても何をされるか分からない。これは…………自分の問題だ。すぐにその扉を閉めるんだ。」
「拒否します!」
ガシャンと物音をたてて大きな包みがレオの眼前に置かれた。
エキナセアは手早くそれを解き、中の荷物を取り出す。
剣に鎖帷子、少しの携帯食と少しの銀貨が詰められていた。
「レオさん、これを持っていってください。」
「これは、わざわざ準備を?」
「はい。この城の武器庫から取ってきました。この先役に立つでしょう。」
レオは目の辺りが熱くなるのを感じ、下を向き目を押さえる。
エキナセアはそれを優しく力強い目で見つめる。
「ありがとう。ありがたくいただくよ。」
「はい!」
レオは急いで鎖帷子と剣を身に付け、携帯食と路銀を懐に押し込んだ。
「後は任せてください。少しの足止めならできましょう。」
「くれぐれも無理はしないで。自分の命を優先してくれ。」
「はい。ご心配ありがとうございます。」
2人は急ぎ足で部屋の外に出た。
エキナセアはそこに留まり、去っていくレオの背中を見つめる。
「───────レオさん!」
エキナセアは迷った末、姿の消えそうなレオを呼び止めた。
「必ず、必ず、また来てくださいね。」
今にも涙が流れそうな笑みを見たレオの拳に力が入る。
「うん。必ず。待っててくれ。」
そしてお互いの姿は見えなくなった。
「ごめんなさい。私にはこれくらいしかできません。剣は疎か、魔術すら難しいものはできません。貴方に着いていっても、足手まといになる。だから……。」
誰もいなくなった空虚な廊下を見つめ、エキナセアは魔法陣を刻印していく。
レオは牢屋に向かってきているであろう騎士達の逆側を回って行くために、1度牢屋のある建物を裏口から出た。
周囲を警戒しながら城に方向へ進む。
牢屋棟から城までの間には広場があるため、木々の陰を利用し隠れながら城に近づいていった。
やっと城の壁に手を付いた時、赤い騎士達が牢屋棟に入っていくのが見えた。
「エキナセアさん……。」
彼女のことはとても心配だ。しかしもう後戻りはできない。
一旦心配を置き去りにし、レオは昨夜通された部屋に向かう。
「レオ様。」
「モールさん……!」
迂闊だった。レオは侍女の存在を失念していた。ここで大声をあげられればすぐさまあの騎士達はここへやってくるだろう。
「お早く用を済ませてください。そろそろ彼らが気づきます。まだ何かすることがあるのでしょう?私にできることならば、お手伝い致します。」
「なんで……。」
「お嬢様より仰せつかっております。レオ様のお力になるようにと。」
「そう、なんですね。でも大丈夫です。昨日の部屋に寄ったらすぐに立ちます。」
「そうですか。お達者で。」
「ええ、貴方も。」
モールの横を駆け足で通り過ぎ、部屋まで一気に向かう。
部屋の扉を勢いよく開け、自分でかけた術式を解く。そしてベットの骨組みの中に隠しておいた手紙を回収し懐に仕舞った。
その後、城の正面から外に出て一直線に森の中に駆け込む。
繁茂した草陰からそっと城の様子を窺い、追っ手がきていないことを確認する。
そして少しでも早く城から遠ざかるため全速力で足場の悪い森の中を駆け抜ける。
数秒後、後ろから大きな爆発音が聞こえ、驚いたレオは振り返る。
城のある方角から火の手が上がり、黒い煙が立ち上っている。
何も言えず立ち尽くしていた。
無事でいてくれ。そう祈ることしかできない自分が腹立たしい。
唇を噛み締め、先を急ぐ。
読んでくださりありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




