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リバース  作者: √k
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あなたを癒します

前方には開けた平野が広がっている。


そろそろあの老人の遺体が発見され、密書がなくなっていることに気づかれる頃だろう。そうなれば、赤い騎士達は密書を持っている人物を探し始める。

少し見ただけだが、あれは目的遂行のためなら躊躇なく人を殺す奴らだと分かった。


暗闇とはいえ、このまま真っ直ぐに進んでいけばすぐに見つかるだろう。


少し遠いが、離れたところに大きな森が見える。

レオはそこに目掛け一心不乱に走る。


疲れきった脚が、肺が、脳が悲鳴を上げる。


────痛い、苦しい、痛い…………。

頭の整理が追いつかない。けれど、背後に確実な死が迫っていることだけははっきりと解る。


「ふぅ……ようやく森に入った」


ひとまず一安心、と深く息を吐く。


森に入ると辺りの闇はさらに濃くなり、足元すらまともに見えない。

真っ暗な夜の森を歩く者などそうはいない。明かりを付けていれば怪しまれ、自分から狙われにいくようなものだ。


レオは身をかがめ、目線を足元にまで落とす。

遠くを見据えるように暗闇の奥を見つめる。


「よし、このまま真っ直ぐ行こう」


多少は暗闇に目が慣れたとはいえ、すぐ隣に何者かがいたとしても目視では気づけない程の暗がりだ。一歩一歩慎重に歩みを進めていく。


そうしてしばらく歩くと、遠くに小さな明かりが一つ見えた。

どうやらそれはランプの類のものではなく、建物から盛れた明かりのようだ。


「こんな森の中に家が……?」


恐る恐る、足音を盗ませ近づく。


すると見えてきたのは宿屋の看板だった。建物は民家ではなく宿だった。


くたくたの状態のレオは目の前の宿屋に入り、今すぐにでもベッドに飛び込みたい気分だ。しかし、今は一文無し。泊まろうにも払う物がない。


温かな寝床は諦め、野宿ができそうな場所を探すためさらに歩き続ける。


脚は気持ちの悪い程に疲労が溜まり、いつ膝が折れてもおかしくない状態だ。早く、人に見つかりにくく、それでいて獣や毒を持つ虫が寄り付きにくい場所を探し出さなければ。


急ぎたい気持ちに反抗するかのように、両脚は徐々に重くなり歩みを遅くする。


「もう、いい。ここならそうそう見つからんだろう。簡単な獣避けを張っておけば、まぁ、大丈夫だろう……」


獣避けの術式を辺りに張り終えると、レオは崩れるようにして地に伏した。


背を地に付け天を仰ぐ。

何も見えない森の中、夜空に輝く星々だけがよく見える。


「あぁ─────」


水が欲しい。と言える体力も気力もない。

日が落ち気温が涼しくなったとはいえ、真夏の夜。その上疲れきった身体。水分補給ができないのは絶望的だ。


こんな状況で手紙を届けられるのだろうか。

不安が感情を支配する。


しかし、やはり疲労が溜まったせいか、気絶するようにすぐに眠りに落ちた。


次に目を目を覚ましたのは眩しい光と暑い熱に耐えかねてだった。

夜とはうってかわり、気温の上がった空気が寝起きの身体を蝕む。


「……………………暑い」


疲労が残る身体を起こし、痛みを堪え立ち上がる。

木々の隙間から盛れる日光に照らされる道無き道を進み、さらに森の奥へと入っていく。


太陽の位置から、目を覚ましたのは正午頃だろう。それから日が傾き、空が赤くなり始める頃まで歩いた。


周囲は変わらず自然に包まれ、人工物は見当たらない。

丸一日飲み食いしていない身体はとうに限界を超えていた。


そろそろ今日の寝床を探し、鹿でも狩ってこようかと考えていた時、目線を上げた先に細い小道を見つけた。


人の気配に気を配りながら草陰から様子を窺う。

人通りがないことを確認し道に出る。


「真っ直ぐ行ってみるか。方向は合ってるし」


照り返す光と熱による暑さに耐えながら、レオは長く続く森の道を進む。


しばらく歩き続け、辺りがさらに暗くなり、気温も下がり涼しくなってきた。


「旅の方ですか?」


脇道から出てきた少女はレオを一目見て一瞬驚いた様子を見せたが、すぐさま落ち着きを取り戻し声をかけてきた。

長く綺麗な白い髪を持ち、整った顔をしている。

服装からしてどこかしらの貴族なのだろうかと思われる。


警戒を解かずレオは質問に答える。


「はい。クルストル国まで行く途中です。ですが、お恥ずかしい話ですが持ち合わせがなく、宿屋にも泊まれず困っているのです」


信用はできない。

だが、このままではいずれどこかで野垂れ死ぬ。であれば、多少危険があるかもしれないが今目の前にいる人間に助けを求めるべきなのではないかとレオは考えた。


「まぁ、そうだったのですね。お嫌でなければ、今夜だけでも我が家に泊まっていってはいかがでしょうか。お食事もご用意いたします」


「……では、お言葉に甘えさせていただきます」


「はい。ではご案内いたしますね!」


少女は元来た方向へ向きを変え、レオの前を歩き始めた。


身なりからして、貴族とまではいかなくとも家柄の良いお嬢さんなのであろうことは分かる。

しかし、王都から離れたこのような辺鄙な土地に人など住んでいただろうか。


「もうそろそろ日が暮れそうな時間ですが、何をしていたのですか?女の子が一人で歩き回るには少々危険な場所と思うのですが。これだけ人里から離れていると魔獣も出るでしょうし」


「お優しいのですね、旅の方。でも大丈夫です。私はこの森で生まれこの森で育ちました。幼い頃から自衛の心得を仕込まれましたので、魔獣に囲まれた程度ではなんの問題もありません。いつものように日課のお散歩をしていて貴方に出会ったという次第です。そんなに怪しまれなくても大丈夫ですよ」


「そうだったのですか。失礼しました」


怪しんでいるのは気づかれていると思っていたが、想像以上に只者ではないということが分かってきた。

彼女の言う通り、戦闘の素養はあるのだろう。外見から見て取れる立ち居振る舞いは騎士とまではいかずとも、それなりに修練を積んだ者の出で立ちだ。微かに感じ取れる魔力は微弱なのではなく、抑えているためだと分かる程の質を持っている。


絶対に油断してはいけないと本能も理性も激しく警告を出している。

だがこの少女にばかり気を取られていては気付かぬうちに囲まれてしまう可能性もある。少女から目を離さず、周囲の気配にも警戒し続けなくてはならない。


「あちらが我が家です」


そう言い示された方向に目を向けると、森の中から石造りの城が姿を現した。


レオは案内されるまま正門を潜り、城内へと足を踏み入れた。

まず目に飛び込んできたのは広いエントランスと中央にある幅の広い階段だ。

左右にはどこかへ通じているであろう廊下へ続く扉があり、奥にも2つ扉が見えた。


「おかえりなさいませ。お嬢様」


侍女であると思われる老婆がエントランスの奥から現れた。

落ち着いた雰囲気の老婆は仕えている人間からの指示を待っている。


「ただいま、モール。お客様よ。お部屋とお着替えをご用意して差しあげて。私はお父様の所へ向かいます」


「かしこまりました」


「旅の方。こちらのモールがお部屋へご案内します。風呂の用意ができましたらお呼び致しますので、お部屋でお待ちください」


「何から何までありがとうございます」


話が済むと、少女は中央の階段を登っていった。


レオはモールに案内され、向かって左側の廊下を進んでいった。


外の光が差し込む廊下を歩き続け、客室に通された。


「こちらがお部屋になります。では、また後ほど」


そう言い、モールは今まで歩いてきた廊下を戻っていった。

その背中をしばらく見詰め、レオは部屋の扉を閉めた。


部屋は客室とは思えない程綺麗にされており、庶民の感覚が染み付いているレオは妙に落ち着かない。


奥には窓が2つあり、白いカーテンが掛けられている。

左側の窓の手前には人が3人は横になれる程大きなベッドが置かれている。

そのすぐ横には小さな棚とランプがあった。


「そこらの宿とは天地の差だな。まぁ、当たり前か。おそらくここら辺の土地を治める領主の城だろう。だから、と言うか、にしても綺麗だな。見た感じ従者はあのご老人1人。老体でこの広い建物を管理するのは難しいだろうが……」


魔術を使えば例え老人であっても巨大な建物や広大な土地などを管理することは不可能ではない。

だがレオが気になったのはそこではなく、過剰なまでに行き届いた管理だ。

人が滅多に寄り付かない森の奥の城をここまで綺麗に保つ理由がレオには思いつかなかった。

綺麗好きだとしても、さすがにやりすぎだと思う程の清潔さ。


異常ではない。何もおかしなことではない。

しかし、それを、そういうものだと割り切ることができなかった。

ただの直感でしかないことだが、無視するには強すぎる直感だった。


「考えても仕方ないな。警戒は怠らず、身体を休めよう。どうせ一晩きりなんだから。」


ベッドに腰を下ろし一息つく。


気がつくと白い壁の一点をずっと見詰めていることに気がついた。

自分が思っているよりも疲弊していると知り驚いた。

不安要素はあるが、頼って正解だったのかもしれない。


レオが背伸びをすると同時に扉が叩かれ、扉越しに先程の少女の声が聞こえてきた。


「旅の方。失礼します」


「はい」


「お部屋はどうでしょうか。お気に召さなければ他の部屋もありますが」


「綺麗な部屋でベッドも上質、文句の付けようがありませんよ」


「それは良かったです」


少女は右手で口を覆いクスッと笑った。


「お父様に了承を頂きました。そちらが良ければ、何日滞在されても構わないとのことです」


「ありがとうございます。ですが先を急ぐので、一晩だけお世話になります」


「そうですか。気が変わったら言ってくださいね?こちらは大歓迎ですので。とりあえず、お風呂の用意ができましたのでお入りください。」


「ありがとうございます」


2人は再びエントランスまで戻り、今度は階段の奥の扉を開け、入っていった。

扉の向こうにはさらに廊下が広がっており、レオは少女に従い進んでいく。


「着きました。ここが風呂場です。私はここでお待ちしておりますので、何かあれば呼んでください」


「お嬢様直々にすみません」


「モールはただ今夕餉の支度をしておりますので、他に人もいないため私が案内をしております。もちろん仕方なくではありませんよ?あまりお客様はいらっしゃらないので少し感情が昂っているのです」


「そうなんですね。確かに、ここには人は来なさそうですね。主に使われている道はずっと離れた所にありますからね」


「はい……。幼い頃から森から出たことがなく、お父様とモール以外の人に会ったことがほとんどないんです。だから、その、貴方を見かけた時は本当に驚いたのですけれど、それ以上に嬉しかったのです。よろしければ、後ほど森の外の事についてお聞かせ願えませんか?」


「いいですよ。長くなるかもしれませんが」


「ありがとうございますっ!楽しみにしていますね!」


ぱぁっと明るく笑った少女の表情は、嘘偽りのないものに感じられた。


レオは着替えを受け取り、風呂場へ続く扉を開いた。


脱衣所は軽く50人は入れそうな程広く、ここも例に漏れず非常に綺麗であった。

その後に足を踏み入れた浴場はさらに広く、1人で入るには無駄に広かった。


しかし、誰にも邪魔されず足を広げて湯に浸かることは久しぶりに感じられた。

この瞬間だけは不安や疲れを忘れられた。


湯から上がり、なんの香りかは分からないがいい香りのするタオルで濡れた身体を拭く。

タオルから放たれる香りはレオの身体を覆い、風呂上がりの心を優しく癒す。


用意された着替えに腕を通し、外に出た。


「あ、服の大きさは問題ないようですね。良かったです。どうでしたか、この城自慢のお風呂は?」


「とても良かったです。お陰様で、不思議なくらいに疲れが取れました」


良い笑顔をするものだな、と少女の笑顔を見てレオは思った。


その後、レオは食堂に通された。

そこでは1人の長身の男が待っていた。


「旅のお方、ご挨拶が遅くなりました。私がこのリーガー城の主、ドス・リーガーです。そちらは娘のエキナセアです」


挨拶を済ませ、レオは促されるまま窓際の席に座った。


「我が一族は代々ここら辺一帯の土地を王より任せられているのです。いずれは娘に継がせるべく、今は多くを学ばせているところです。貴方のお話もエキナセアにとって益となるでしょう。ぜひ、お聞かせください!」


「と言われましても何を話せば良いのか……。特別なことは何も言えないのですが……」


「貴方にとっては普通のことでも我が娘にとっては非日常のこと。なんでも良いのです。町の様子やご友人との他愛のない会話など」


「それでは─────」


レオが話し始めようとした時、食堂の奥の扉が開き、モールが料理を運んできた。


「ははは、お話は後でに致しましょう。まずは料理を頂きましょう。我が城の料理は一級品なんですよ!足りなければまたいくらでも作らせますので、遠慮なく申してくださいね!」


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、頂きます」


サラダに始まり、スープや肉料理などが配膳され、デザートを食べ終え最後にお茶が出された。


領主のドスの話によると、この料理に使われている材料は全てこの森で採れたものだという。

野菜類は城の裏手で栽培されており、肉はその都度獣を狩ってくるらしい。

最も驚いたことは、それら全てをモール1人でこなしているということだ。城内の清掃に主人らと自分の服の洗濯に加え、三食の調理とそれに使う食材の調達。その他諸々、老体には堪えるだろう。


「それではごゆっくりお休みください。エキナセア、部屋の前まで送って差し上げなさい」


「はい。では行きましょうか」


レオはエキナセアに従い、食堂を後にした。


部屋の前まで来たレオは扉を開け中に入る。


「あ、そういえばお話がまだできていませんでしたね。お時間あれば少し聞いていきませんか?」


「良いのですか?疲れているのでは……」


「それが、お風呂に入ってから不思議と疲れを感じなくなったんです。そういう効能があるのですか?」


「いえ、おそらく無いと思います。ただのお湯だと思いますよ?」


「そうですか。でも疲れが取れたのは事実なので、お話するくらいなら問題ありませんよ!」


「そうですか。では、失礼いたします」


エキナセアが部屋に入ったのを確認し、レオは扉を閉めた。

エキナセアは周囲を見回し、どこか困っている様子だ。

この部屋には椅子がないため、どこに腰を下ろしてよいか迷っているのであろう。


「よろしければベッドに座っていいですよ?」


「はわぁえっ!?い、いいんですか……?」


「えぇ。他に座る場所もないですし、床に座る訳にもいかないでしょう」


「そっ、そ、そうですね!では、座らせていただきますっ!」


エキナセアは大きなベッドに静かに腰を下ろし、続いてレオも腰を下ろした。


「では、町の様子からお話しましょう。お店やそこに住む住民の皆さんのことを」


レオは町並や建物の造り、そこで売られている商品や活気などを事細かく説明した。


初めは緊張していたエキナセアも徐々に力んでいた力が抜け、前のめりになってレオの話に聞き入っている。


「それでそこのパンケーキがすごく美味しいんだよ!甘いものが苦手な人でも食べられる甘さ控えめなものもあって。しかも見た目も煌びやかで目でも楽しめる!定期的に新メニューも増えるから飽きがない!」


「そうなんですね!私もいつか食べにいってみたいです。それだけでなく、人が大勢行き交い活気がある商店街も見てみたいです!その他にも気になるものがたっくさん。ありがとうございました!」


「どういたしまして。他にもいろんなものや人が溢れかえってるから、いつか森の外へ行けるといいね」


「はい、ありがとうございます!それでは、おやすみなさい、レオさん」


「うん。おやすみなさい」


エキナセアが部屋から出ていくと、レオは急に激しい眠気に襲われた。


「話すだけとはいえ、さすがに楽しみすぎたか……。反応がいいからつい話しすぎてしまった。寝るか」


明かりを消し、布団に入る。

レオはものの数秒で寝入ってしまった。

読んでくださりありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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