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リバース  作者: √k
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始まりの手紙

朝。


人々がその日一日の準備を始める時間。


店もまだ商売を始める前。食べ物屋からは仕込みの美味しそうな香りが立ち込める。


今朝は晴れ。昼間は暑いが朝はまだ寒さが残る季節だ。だが、走るのには調度良い。


レオは日課のジョギングをこなす。

毎日同じ風景を眺め飽きてくることもあるが、それでルートを変えることはしない。物見遊山が目的ではないのだから。


「これも良い騎士になるためだ。」


そう自分に言い聞かせ、見慣れた道を駆け抜ける。


町を出ると気持の良い自然が広がっている。

近くの川辺を走り、一際大きな幹が割れた木まで着くと折り返し戻ってくるのが習慣だ。


そうして戻ってくると、町では店の前を掃除している人やレオのようにジョギングや散歩をしている人がちらほらと見え始める。


「レオ、今日も早いな!」


「おはようございます!」


「あら、レオちゃんおはよう。またお店寄ってね。美味しいクッキー作っておくから。」


「ありがとうございます!」


毎日同じ時間に通るため、この辺りの人達とはすっかり顔馴染みになり、たまに良い商品を良い値で売ってくれたりもする。


いつものジョギングルートを走り終え寮に戻ったレオはかいた汗を流すため風呂へ向かった。


軽くお湯を被り、まずは髪を洗う。髪は入念に2度洗う。その次に、よく鍛え上げられた身体を洗う。


「ふぁぁぁ〜〜〜。」


ふと息が漏れる。

汗をかいた後の熱い風呂はいつ入っても気持ちがいいものだ。


独占状態の大浴場はとても広々としており、他人がいる圧迫感がない。

脚を伸ばし、思い切り背伸びをする。


授業の準備もしなければならないため長風呂はせず、身体が温まり始めた頃に風呂を出た。


自室へ戻り、火照った身体を冷やすため窓を開ける。

気温が上がり始めた外の空気は生暖かく、けれど風呂上がりの身体には涼しく感じる。


今日の授業は2限からのため、急がずとも間に合う時間が十分にある。


「少し早いけど、たまにはゆっくり登校するのもいいか。今日は魔法科の方に行かなきゃいけないし、のんびり行って丁度かもな。」


3年間着込んだ制服を慣れた様子で身に纏い、今日使う教材を鞄に詰め部屋を後にする。


騎士科の学生寮から魔法科の校舎までは徒歩で20分程離れている。

これから始まる新学期に対する期待と残り一年で卒業という寂しさに胸を膨らませ、歩き慣れた道を一歩一歩歩んでいく。


校舎に近づくにつれ、寮に入っていない学生が登校する姿が見え始める。


他の生徒達と同じく、校門を潜り校舎まで続く長い道を歩いていく。

自身に満ちた者、不安を纏った者、己を過信する者、惰性で停滞する者、色々な生徒が見える。


生徒らを横目にレオは建物に入る。

騎士科の校舎も大きく中も広いが、魔法科の校舎は研究施設も兼ね備えているためさらに大きい。

何度か訪れやっと道を覚えられたが、初めは道に迷い続け教室に行くだけで一苦労だった。


「お、レオじゃないか!今日はこっちなのか。」


広く長い廊下を進むレオを引き止める声がひとつ。

それは昨年に世話になった魔法科の教師のものだった。


「エレン先生、おはようございます!2限と3限をこっちで受けて4限からあっちに戻ります。」


「そうか。毎年の事だが、4年生は忙しいな。しっかり励めよ!」


「はい、ありがとうございます。先生は今年は1年生の担任になられたとお聞きしましたが。」


「あぁ。4年生を持つはずが、何故か急遽変更になったんだ。セオドア校長の指示でな。」


「そうなんですか。でも、セオドア様のご指示なら何か重要な意図があるはずですからね。」


「それもそうなのだ。私に務まれば良いのだが……。と、生徒の前で弱音を……悪いな。」


「いえ、では俺はこれで。」


「あぁ、またな。」


エレンと別れたレオは遥か先の階段を目指し歩き出す。


2階分階段を上り、また複雑な道順を通り教室へ向かう。

そして遥か向こうに目当ての4年生の教室ウィルミナルが見えた。


「あそこだな。まだ結構時間があるけど、予習でもして時間を潰すか。」


溜息混じりに小言を漏らし、陽光に照らされた廊下を進んでいく。

すると反対方向から駆け足でこちらへ向かってくる人影が目に入った。

道に迷った新入生だろうか、とその人影を視界の端に入れながら歩く。


「あの、すいません!カータルの教室にはどうやって行けばいいでしょうか?」


カータルは1年生の教室の名前だ。案の定、目の前の少女は道に迷っていたのだ。

レオは以前の自分と重ね合わせ、自然と笑みが零れた。


「あぁそれなら────。」


レオは記憶を頼りに丁寧に道を教えた。


「分かりました、ありがとうございます!」


少女は深く礼をし、身を翻し駆けていった。


自分もああだったのかと想像し、少し恥ずかしくなったレオであった。


何事も無かったかのように教室へ入り、誰もいない空間を一瞥した後、窓際の丁度柱で陽の光が差し込まない席に腰を下ろした。


机上に置いた鞄から教科書を取り出し、今日習うであろう箇所に目を通す。


いつもなら自室でだらけてしまうが、たまにはこういうのも悪くない。

静かで暖かいこの空間は勉学には丁度良い場所だろう。


数分後、他の生徒らも揃い始め、最後に教師が入ってきて授業が開始された。


この教室で騎士科の生徒はレオ一人のみ。

これは別に珍しいことではない。

騎士には異能持ちが多く、大抵の騎士は異能を使い戦う。

言うなれば、異能は自分の世界を体現すること、魔法とは地球という世界の力の一部を体現すること。それ故に、異なる世界の力とも言える異能と魔法を同時に扱うのはほぼ不可能なこととされる。

そのため、わざわざ魔法を習う騎士科の生徒は少ない。


レオはというと、いつか使い時がくるかもしれないから今できることはしておこう、という理由で魔法を習っている。


その後、2限、3限と終わり騎士科の校舎に戻ったレオは4限と5限で剣術の授業を受けた。


夏場の稽古はとても辛く、もう少しで顔から出るもの全てが溢れ出そうになってしまう。

無論、溢れ出ている者も少なからずいる。


レオは担当教師との打ち合いで必死に食らいつく。


「この人から一本も取れないようじゃ、騎士になれたところで何もできない。」


そう自分を鼓舞し、力が抜けそうになる身体を必死に支える。


ウィルミナル国最高の騎士学校で教鞭をとっているだけあって体勢も崩れず、攻める手も衰えない。


防戦一方。だが、レオは仕掛ける隙を逃さなかった。

レオの木剣は教師の木剣を腕ごと薙ぎ払い、払われた剣は宙を舞いカランッという音を立て地に落ちた。


歓声が上がる。

今まで誰も成し遂げられなかった偉業を成した者に、喝采の雨が降り注ぐ。


「ついに一本取られてしまったか。お前の剣筋は成長を止めないからな。いつかは追い抜かれるとは思っていたが……。」


「ありがとう……ございます……。」


息をするのがやっとの状態だが不思議と苦しくはない。

目標を一つ、やっと達成したのだ。


授業終わり。皆が汗を流しに風呂場へ向かう中、レオは自室で小休憩を取った後、日課のジョギングに出た。

疲れていても、これはやめないようにしている。


「でも今日はさすがに疲れすぎたな……。無理は毒だろうし、距離を短くするか。」


身体が重く感じたレオは町内を一周して戻ってくることにした。


人通りが少なく薄暗い道に差し掛かった時、ふと老爺に声をかけられた。

その人物は酷く衰弱しているようであった。


「どうされたのですか?」


腰を下ろすよう促し、レオは落ち着いて状況を聞いた。


「私は、さるお方から預かった密書をお届けする最中なのだが、感ずいたアーデリスの騎士の襲撃に合い、致命傷を受けてしまった……。君は……騎士科の生徒と見受ける。すまないが、これを、クルストル国王の元まで届けてはくれまいか……。」


「俺が……。でも……。」


「お願いだ。中身は……届けるまで……見るな。絶対に奪われては……いけない……。希望を、繋が、ね、ば……。」


老爺は息絶えた。


冷たい風が吹き抜け、汗をかき火照った肌を冷やす。


手足に痛みが走る。

疲れきったこんな身体で、今から?いや、それよりも、騎士でも騎士見習いですらない自分がこんな大役務まるのか。

それに──────。


「──────生きて、帰ってこれるのか…………。」


死なないための訓練は受けてきた。しかし、相手が確実に自分を殺しにくるという現実がこれほどまでに恐ろしいものなのだということを、初めて、ようやく実感した。


とりあえず、手紙を持って先生の元へ────。

いや、この人は密書と言った。そんなものを、いくら信頼しているからといって簡単に他人に渡して良いものなのだろうか。それを言ったら誰とも知らない自分にこれを託した老爺はどうなるんだという話だが……。


「やっぱり、俺が持っていくしかない……。とりあえず、一旦寮に戻って準備を────。」


立ち上がったレオの視界に入ってきたのは赤い鎧に身を包んだ騎士達だった。

レオはとっさに近くの物陰に身を潜めた。


「あれは、アーデリス国の騎士だ。見つかるのも時間の問題か……。このまま、行くしかない。」


辺りはもうすでに暗く、人も寄り付かない場所のため、赤い騎士達の存在が目立つことはない。どうやって城壁を超えてきたのかは知らないが、奴らが今ここにいるのは事実だ。

自身の存在に気づかれる前に立ち去るのが得策だ。


剣も路銀も非常食もない状態で、レオは一直線に東側の城門へ向かった。

国の東側はあまり立ち寄ることのない場所だが知らない道ではない。


城門から外に出ると、長い街道が漆黒の闇に飲み込まれていた。


「行くぞ。」


純度100%の不安に満ちた胸を掴み、小さな一歩を踏み出す。


物言わぬ闇が少年を歓迎していた。

読んでくださりありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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