マラソン大会
一定以上の仕事をしてほしいとき、人は、"ちゃんとして"と言う。
しかし、"ちゃんと"というのがどれ程なのかは個人差がある。
傍から見れば手を抜いているようでも、当の本人からしてみれば真面目にやっているのである。
つまり、何を言いたいのかというと、
「私はちゃんとやってる。」
滝のように流れる汗を拭き、腕の間からアイリスを睨むCJの目。
脚はガクガクと震え、今にも膝をつきそうだ。
「分かってはいたけど、ここまで体力がないとは……。これじゃあ完走どころか半分も走れないよ。」
アイリスが呆れ気味に呟く。
「アイリスが………ここまで……鬼だったとは。ダイジーがいなければ死んでいました……。」
「あぁ、アイリスがここまで容赦ないとは思わなかったよ。途中から後ろを走る2人を見なくなって、あ、やばいって思った。」
肩で息をするフィイをダイジーが支える。
CJよりもフィイの方が重体で、息を吐く都度声が裏返り視界はぼんやりと白い。
体力に余裕のあるアイリスとダイジーは汗をかいてはいるものの、全く息が上がっておらず持久力の高さが窺える。
アイリスに至っては走り足りないのだろうか不満そうな表情をしている。
「魔術師にとってもある程度の体力は必須なんだから、今から頑張って鍛えよう。」
「分かってる───。」
励ますアイリスから目を逸らし、地べたに座り込んでいたCJは勢いをつけて立ち上がる。
その様子を見て、もう再開するのかと休憩時間の少なさを目で訴えるフィイの庶幾が伝わることはなかった。
その後も4人は時間の許す限り走り込み、CJとフィイは日に日に走れる距離を延ばしていった。
そして約1ヶ月後、いよいよ運命の日が訪れた。
走り始めるのを楽しみにしているアイリスの横には不安を隠せないでいるCJがいる。
「CJ、大丈夫?少し水含んだら?」
「大丈夫。少しづつ落ち着いてきてるから。深呼吸すればなんともないよ。」
そう言いCJはゆっくりと深呼吸をする。
アイリスの目には徐々に落ち着きがなくなっているように見え、逆にこちらが不安になってくる。
「大丈夫だよ。CJの速度に合わせて走るから、焦らないで行こう。」
そして開始の合図が出た。
青い花火が上空で爆ぜ、それと同時におよそ1000人の生徒が走りだす。
アイリスとCJの2人は集団の後ろの方に位置し、後ろから来る生徒らに追い抜かれる。
フィイも斜め前方に見え、ダイジーは先頭付近を走っているのだろう。彼の体力なら騎士学校の生徒にも拮抗できる。
CJはゆっくりと、しかし調子を崩さず着実に前へ進んでいる。
それを見守るように横を走るアイリス。
速度を落とさず一定に保ち、2人は半分の距離まで来た。
アイリスは依然息を上げず余裕を持つ。その横にはそろそろ脚に限界がきそうなCJ。
少し速度を落とそうかと言うアイリスに大丈夫とCJは答える。
2人はただ前だけを見て走る。
「あれ、アイリス?」
突然後ろから声をかけられ、アイリスは振り向く。
声の主はアイリスの隣に位置取る。
顔を確認し、どこかで聞いたことのある声の正体を突き止める。
「アイク!久しぶり、元気だった?」
そう、その声は崖の下の君のものだった。
約1ヶ月ぶりに会った彼は相変わらず元気そうだった。
「なんでこんなに後ろにいるの?アイクなら先頭を走っていられるでしょう。」
「それが用を足している間に始まってたんだよね。慌てて走り出してやっとここまで来たんだ。いやぁ、焦ったよ……。」
笑いながら言うアイク。
慌てて来たと言う割に息も上がっていなければ汗1滴流していない。1年生とはいえ、流石騎士学校の生徒だ。
「じゃあ俺先に行くから、アイリス達も頑張れよ!」
アイクは脚の回転数を上げ地面を蹴る。
2人の倍以上の速度で男は消えていった。
気になりつつも話しかける余裕がないのか、我関せずという態度でCJは走り続ける。
走り始めてからおよそ2時間後、アイリスとCJは見事完走した。
CJはヨロヨロと草むらの方へ歩いていき、一瞬で全身の力が抜けたように倒れ込んだ。
「お……お、わっ……た…………。」
息を整えるアイリスがその隣に腰を下ろす。
涼しい風が2人の肌をなぞり去る。
暖かな陽射しと涼やかな風。隣には目標に向かい共に走り続けた友。
それはこの上なく、心地の良い午後だった。




