6.彼に会いに行きます
贈り物を眺め(蝶の標本以外)悩み続けることに疲弊した私は解決のために動くことにした。まずはお父様に探りを入れる。
「お父様。ラモンおじ様のお仕事はまだ忙しいのでしょうか?」
お父様はニヤニヤと含み笑いをする。私の考えていることはバレているようだ。居た堪れずにスッと目を逸らした。
「ラモンじゃなくてオリス君のことが気になっているんだろう? 仕事はだいぶ落ち着いてきたみたいだな。もう、顔を出しても大丈夫だろう。明日あたり差し入れでも持っていったらどうだ?」
「でも、お邪魔になっては……」
「昼の時間が気になるなら休憩用に焼き菓子を渡すくらいならいいだろう?」
「いいのかしら?」
行きたいけど、邪魔はしたくない。根幹にあるのは彼に嫌われたくないという思いだ。
「それくらいなら大丈夫だ。なに。エルシャを邪険にするような男ならこっちから断ってやる」
私の気持ちを慮ってくれたお父様の言葉が嬉しい。勇気づけられるように頷き、私は早速明日持って行くものを考えた。
このまま部屋でうじうじ悩んでいても仕方がない。聞いてみれば意外な理由があるのかもしれない。理由などなくてただの趣味かもしれないが……。ともあれ確かめさえすればすっきりする。そのあとのことはまた考えればいい。
翌朝、早くから厨房でクッキーを焼いた。彼の好みを聞いていなかったことを反省し、今回はどれでも選べるように甘くないものやドライフルーツを入れたものなど数種類作ることにした。
私は久しぶりにオリス様に会えると軽い足取りで宰相補佐室へと向かう。焼き上がったクッキーを大きな籠に入れ大事に抱えた。オリス様はこのクッキーを喜んでくれるだろうか。
浮かれていたものの部屋に近づくにつれ一転、段々と不安になってきた。私はうっかりお伺いの先触れを出していなかった。急に来て不快に思われるだろうか? でもせっかく来たのだからせめてクッキーだけは渡したい。一目だけ彼の顔を見てすぐに帰ろう。優しいオリス様ならきっと拒絶はしないはず。
角を曲がれば宰相補佐室が見えるという所で人の話し声が聞こえ思わず足を止めた。柱からそっと覗くとオリス様が立っていた。すぐそばに令嬢が一緒にいる。オリス様はこちらに背を向けていて表情は分からないが令嬢はとびっきりの笑顔で親し気に彼に話しかけている。
彼女は私より年下だろうか? ピンクのフリルがついている可愛らしいドレスを着た女性だ。二人はどういう関係なのだろう。はしたないとは思ったが気になってそっと見つからないように近づいた。
「オリス様。これはオリス様が勧めてくれたドレスです。似合っていますか?」
「――――――」
令嬢の声は甲高いので聞こえるがこちらに背を向けているオリス様が何と言っているのかは聞き取れなかった。
彼女の言葉通りならオリス様は彼女のドレスを選んだのだろうか。男性が女性のドレスを選ぶのは特別な意味がある。身内か婚約関係にあるか、または恋人か。私は目の前が真っ暗になった。
「ねえ? オリス様の婚約は上司からの命令でオリス様は相手の方を好きではないのでしょう?」
令嬢の質問に私は息を止めて彼が答えるのを待った。
「それは……」
どこか思案気な間がありオリス様はその後の言葉を濁した。私にはそれこそが答えのような気がした。
答えられない。それは令嬢の言葉通りの意味なのか。
(彼は私を好きではなかった? 婚約はラモンおじ様からの命令で仕方なく?)
私は顔を青ざめさせたまま少しずつ後ずさった。足がもつれそうになるが二人に見つかりたくなくて必死だった。それにこれ以上彼からの決定的な私との婚約を否定する言葉を聞きたくなくて、とにかく柱の影まで移動した。そして唇を噛みしめ、くるりと向きを変え逃げるようにその場を立ち去った。




