21.私は幸せになれそうです
「お父様、お母様、見て下さい! 似合っていますか?」
私は黒真珠の髪飾りをつけ、両親に見てもらった。花の形を模った上品なその髪飾りはオリス様の色でもありそれを纏うのが誇らしい。これはオリス様からの贈り物で先ほど届いたばかりなのだ。
オリス様の手紙によるとビュルクナー伯爵から購入されたそうだ。夜会の縁からオリス様が信頼できる商会をビュルクナー伯爵と引き合わせたときに、私への贈り物を探していると相談したらしい。それならばとビュルクナー伯爵とヨハナ様が張り切って商品を見せてくれてその中から選んだと書いてあった。あれからヨハナ様とは友人になれてときどきお茶をしたり一緒に買い物に行ったりしている。きっかけはどうあれ素敵な友達が出来て嬉しいことばかりだ。
今オリス様は国王陛下の生誕祭の事後処理で多忙にしている。その中で私のために選んでくれたと思うと胸がいっぱいになる。
「可愛いよ、エルシャ」
「その髪飾りだとエルシャが大人っぽく見えるわ。とても素敵よ」
「ありがとう。早くオリス様にも見て頂きたいな」
両親の太鼓判をもらい安心しながら再び鏡で確認する。私は毎日その髪飾りをつけては思案した。編み込んだ方がいいか束ねてつけた方がいいか、どの髪型が一番この髪飾りが映えるかを熱心に考えた。一番似合っている髪型でオリス様に見せたい。
髪飾りを受け取ってから十日後の今日、オリス様が来て下さることになった。ようやく仕事が落ち着きデートに誘って下さったのだが、お疲れだと思うので我が家でゆっくりしてもらうつもりだ。
朝から張り切ってアップルパイを焼いてお返しのプレゼントも準備した。私は約束の時間までそわそわとしてしまい、両親はそれを可笑しそうに見ている。
結局髪型は頭の高い位置に一つに束ね結び目につけた。シンプルなのがしっくりきた。
玄関で耳を澄ませ馬車の音を待つ。馬の蹄が聞こえた気がして玄関から覗くと馬車が見える。私は外に出てお出迎えの準備をする。馬車が止まり笑顔のオリス様が降りて来た。
彼が両手を広げている。これは飛び込んでいいのだろうか。えい! と飛び込んだ。オリス様は私を抱きとめると優しく手を背に回した。
「エルシャ。会いたかった」
「私もです」
まるで何年も会っていない恋人同士のようだが実際には二週間ほどだ。大袈裟に見えるかも知れないが今の心情は感無量だ。今までは恥ずかしさが勝り積極的な行動はとれなかったが、あの夜会をきっかけに大胆になってしまったかもしれない。でも、オリス様も同じように感じてくれているように思える。私はオリス様の温もりを堪能し満足すると顔を上げた。彼は髪飾りに手を伸ばし嬉しそうに笑った。
「つけてくれたのだな。とても似合っているよ」
「ありがとうございます」
「エルシャ! いつまでもそんなところでいちゃついてないで早く屋敷に入りなさい」
なかなか部屋に現れない私たちにお父様がしびれを切らし呆れ顔で声をかけてきた。
「ボンノ伯爵。お久しぶりです。なかなか顔を出せず申し訳ございません」
「忙しいのは分かっている。エルシャに気を遣ってくれて感謝しているよ。さあ、早く中へ」
部屋に招くとまずはお茶と私の焼いたアップルパイをオリス様にお出しした。
「オリス君。エルシャが朝から張り切って焼いたものだ。味は保証するよ」
「はい。頂きます」
私はドキドキしながらオリス様が咀嚼するのを見守る。
「リンゴも甘すぎずにパイ生地はサクサクしてとても美味しい。エルシャは料理が上手だね」
「これはお母様から教えてもらったの。他にもいろいろ作れるんです。結婚したらたくさん作るので楽しみにしていてくださいね!」
お母様は気が早いわよと笑っているが私の作った料理をオリス様にたくさん食べて欲しい。もちろん結婚までに更に腕を磨く予定だ。
「ああ、楽しみだな」
しばらく四人で会話を楽しんだあとオリス様を私の部屋に案内した。
私の部屋はオフホワイトのものが多い。明るい色が好きでカーテンやクッションに絨毯も同じ色だ。
広い部屋ではないが椅子は二脚用意しておいたのでオリス様に勧める。私は机の上に置いておいたプレゼントを持って隣に座った。
「オリス様。贈り物のお返しです。ささやか過ぎて恥ずかしいのですがハンカチに刺繍をしました」
「ありがとう。開けてもいい?」
「はい」
ストライプのシンプルな包装を開くとシルクのハンカチが出てくる。
「これは小鳥の刺繍だね。とても綺麗な刺繍だ。エルシャは料理も上手くて何でも出来るんだな」
ハンカチの隅に青色と黄色の小鳥が寄り添っている刺繍が刺してある。オリス様に合わせて可愛すぎないようシュッとした鳥にした。
「私にとって小鳥は幸せの象徴なんです。だからオリス様の幸せを願って刺しました」
その幸せの中に自分の存在も共にあればいいと思う。
オリス様は机の上の小鳥に目を止める。小さな手作りのクッションにちょこんと置かれているのはダニエラおば様からもらった青い小鳥だ。
「エルシャは鳥が好きなんだね」
私は小鳥の縫いぐるみを手に取り手の平に乗せる。
「実はこの青い小鳥の縫いぐるみは特別なものなのです。私の三歳のお誕生日にダニエラおば様が作って下さったんです。私が幸せになるようにって。この小鳥さんがつけているスカーフはお母様がくれたものです。ここを見て下さい。ふふふ。スカーフの端にピンクの刺繍があるでしょう。小鳥を刺繍したらしいのですが、何か丸い物になっていて何だか分からないですよね」
スカーフの片隅にピンクの何かが刺繍されている。小鳥だと言われても首を傾げてしまう。お母様は刺繍や裁縫が大嫌いだ。それでも大切なお祝いだと頑張ってくれた。お父様の話だとお母様の指は傷だらけになっていたらしい。
この小鳥は私が愛されている証拠だと感じている。いつか私も子供が生まれたら可愛い小鳥の縫いぐるみを作ってあげたい。密かな野望を抱いている。
「エルシャは愛されているね。エルシャの夫になる私は責任重大だな。でも必ず幸せにすると誓うよ」
「…………はい」
私は恥ずかしくて彼の顔を見ることが出来ず視線を下げた。オリス様は堅物っぽい雰囲気で甘い言葉など言わなさそうだったのに、二人の距離が縮んでくるとさらっと恥ずかしくなることを言うのだ。とっても嬉しいけど慣れていないので上手く返せない。
ふと目の前に影が現れる。おでこに柔らかい感触がして顔を上げるとすぐ近くにオリス様の顔があった。おでこに口付け……。私は茹でだこのように首から上が真っ赤に染まる。体が熱い。
「オリス様、ずるい……です」
「エルシャは可愛いな」
オリス様が私の肩を抱き寄せたので体をそっと預けた。私はこの瞬間の幸せを強く噛みしめた。
二度の破談を経験したおかげで私はオリス様と婚約することが出来た。
もちろん私を見守ってくれている周りの人達の支えがあってこそだ。誰かに感謝できる人生がどれほど幸せなものなのか今の私は知っている。いつかもらった優しさを返せるような人間になりたいと思う。
誤解やトラブルを乗り越え私たちは半年後に結婚式を挙げる。オリス様と作る幸せな未来に私は心を躍らせて楽しみにしている。
私は温かな気持ちで青い小鳥をそっと撫でた。
お読みくださりありがとうございました。




