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2.過去の破談

 あまりにも思いやりに欠ける言葉に一瞬何を言われているのか理解が出来なかった。彼に恋をしていなかったとはいえ、婚約者として接してきた相手から正面切って私と結婚したくなかったと言われれば心は傷つく。私たちの間には信頼も友情もなかった。そして彼にとって私は心無い言葉を投げつけてもいい存在だったらしい。まるで私自身には価値がないと言われた気がした。

 

 彼の父親である子爵は若さゆえの過ちだから今回は目を瞑って欲しいと何度も頭を下げて婚約続行を願ったが、やらかした本人は謝るどころか不貞腐れていた。その態度は若さのせいでは到底片付けられない。それに彼を優しい人だと思っていたことに対して自分は見る目がないのだと落ち込んだ。


 子爵の言葉にも彼の態度にも誠意を感じないと激怒したお父様は婚約継続をその場で断った。もちろんそちらの有責だからと解消ではなく破棄だと許さなかった。お父様の言葉に心底ホッとした。もし継続して欲しいと言われたら絶望していただろう。

 結局最後まで彼は私を責めるように睨み謝罪の言葉を口にしなかった。彼にも言い分があるだろうが私は悔しくて悲しくて涙を堪えられなかった。家族に愛され大切に育てられた私は今までぞんざいな扱いをされたことがなかった。泣き続ける私をお母様が抱き締めて「エルシャは何も悪くないのよ」と背中を撫で続けてくれた。


 彼がその後どうしたのかを私は知らない。一緒に逃げた幼馴染と一緒になることを許されたのかもしれないし、なれなかったとしても醜聞を持つ彼が新たな縁談を結ぶのは難しいだろう。私は自分の心を守る為に聞こうとは思わなかった。


 二人目の婚約者となった人は十歳年上の侯爵子息だった。彼は裕福な侯爵家嫡男でありながら28歳になっても婚約者が決まっていなかった。彼の条件なら令嬢からの申し込みは多いはずなのにと不思議に思ったが、お父様は相手の身分が高ければ軽率な真似はしないだろうし経済的な苦労はないからと決めた。

 彼は年上なので包容力があるはずだとお父様は前回の婚約者を反面教師にしてそう考えてくれた。だが私たちは条件だけ見て大丈夫だと思い込んではいけなかった。高位貴族でお金に困っている訳でもなく見目麗しい男性の婚約者がずっと決まらなかった理由をもっと調べるべきだった。


 彼は極度の潔癖症だった。私には必ず手袋を着用することを義務付けた。エスコートは手袋越しでも触れることを嫌がるので私は手を浮かせなければならない。触れているように見せるポーズというのは腕が疲れるし、これはエスコートをされていないのではと疑問に思っていた。


 それでもいい関係性を築きたくてある日クッキーを焼いて渡した。彼は一瞥すると「料理人が作ったもの以外は信用できないので食べることは出来ない」そう言って突き返された。私は信用できない人間だと思われていることに泣きそうになったが、潔癖症の人に手作りのものを渡すとどうなるのかを学ぶことが出来たと思うことにした。きっと私の配慮が足らなかったのだと反省した。私は一回目の婚約の破談で自信を喪失していたので彼の言動に憤るより自分が悪かったのだと考えるようになってしまった。


 とはいえもうこの時点で婚約継続は無理だろうという予感はあったが決定打は夜会のあとに起こった。

 夜会の帰りに馬車止めまで歩く通路で私はバランスを崩しよろけた。エスコートをされている風で歩くので普通に歩くより体への負担が大きかったのが理由だ。この時彼は支えるどころか触れられることを嫌がりサッと避けた。結果、私は盛大に転んだ。恥ずかしいが彼は手を貸してくれないのでなんとか一人で立ち上がった。


 居た堪れず早く帰りたいと思ったが彼は床に着いたドレスが侯爵家の馬車の座席に触れることを嫌がり……私はその場に置いていかれてしまった。ちなみにダンスのときはさすがに触れて最低限は支えられているがとても踊りにくく、いつ足を踏んでしまうのかと冷や冷やしていた。


 私は取り残された後、暫く動けなかったが主催者の従者が気の毒に思ったのか馬車を用意してくれた。そのおかげで何とか無事に帰宅できた。これが夜会の衆人環視の中でなかったことがせめてもの救いだった。そしてこの出来事からお父様に婚約を解消したいと訴えたところ即座に許してくれた。高位貴族にこちらから断ることは難しい。お父様には申し訳ないと思ったが彼と結婚するくらいなら修道院に入った方がマシだった。令嬢がバイ菌扱いされるのは心が折れることだった。


 面会を求める手紙を出し数日後にお父様が侯爵邸を訪ねることになった。が侯爵子息自ら我が家にやって来た。

 そして「清潔であることに細心の注意を払ってくれる令嬢でなければ結婚はできない」と婚約解消を向こうから求められた。お父様は青筋を立てながら頷き双方合意で無事に解消することが出来た。それでも侯爵子息は多少は悪いと思っていたのか先日転んだ見舞金という名のお金を置いていった。かなりの金額だったが父は怒りに任せて叩き返そうとした。だが高位貴族を敵に回してもいいことなどない。私は取り成しそれを受け取ったが心にもやもやが残った。まるで自分が不潔な令嬢のように扱われたことに納得がいかない。


 この婚約解消によって私は更に自信を喪失した。

 その後、侯爵子息の婚約者はいつまで経っても決まらないと噂で聞いた。それはそうだろう。いくら身分やお金があっても彼の伴侶となれる女性は並大抵の精神ではやっていけないはず。簡単には現れないだろうなと思った。その後のことは確かめていない。


 両親や兄には申し訳ないが私は二度の破談を経験したことで「もう結婚しないで生涯独身で生きていこう」と諦観の境地に陥っていた。自分なんかを大切にしてくれる男性などこの世に存在しないと本気で考えていた。


 ただ結婚せずにこのまま家に残るのは気が引けるし迷惑になる。仕事を探すために伝手がないかお父様に相談したところ、今は前向きな気持ちになるまではのんびりしていいと言ってくれた。家族は私に大概甘いが図々しくもそれに甘えて過ごした。大好きな刺繍や裁縫で生計を立てることが出来ないか調べたが、貴族令嬢の趣味の延長に仕事を求めるのは安直であり現実は厳しそうだった。


 生計を立てる手立ては見つからない。だが、いつまでもゆっくりしてはいられない。

 私が焦り始めた頃、お父様が意気揚々と新しい縁談を持ってきた。

 お父様の笑顔に私が不安を感じたのは仕方がないことだと思う。

 



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