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二度も婚約が破談になりましたが、三度目は幸せになれそうです  作者: 四折 柊


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17/21

17.婚約者として

「あれは本当に悪かったと思っている。だが子供の頃の話だ。もう時効だと思うが?」


 マティアス様はバツの悪そうな顔のまま私の腰を支えターンをした。彼のリードは優雅に感じる。


「ふふふ。そうね。お互いに子供だった。でもマティは私にいつも意地悪だったわ。今だって揶揄っているのでしょう? そんなことを言っていないでマティも早く婚約者を決めてください」


「別に……揶揄ったわけでは――」


 マティアス様が何かつぶやいているが会場にオリス様が戻ってきた姿が見えて聞いていなかった。すると彼が私の腰を強く引き寄せた。


「今は私と踊っているのだからよそ見をするな」


 仕方がない人だと思ったが、確かに失礼かと思い直した。


「分かりました。それならマティもそんな顔しないでください」


 物凄いしかめっ面だ。普段は王族らしく和やかな笑みを浮かべているのに私に対しては素の顔だ。でも今は見ている人が多いのだから仮面を被れと注意の意味を込めた。


「エルシャ。何か……宰相から聞いていないか? 私とのことで」


「いいえ。何も」


 少し考えてみたがラモンおじ様とマティアス様のお話をした記憶はない。子供の頃のある出来事からラモンおじ様は私とマティアス様を接触させないようにした。と言っても身分から考えればパッとしない伯爵令嬢と王太子殿下と懇意にすることなどありえないのでそれが普通なのだが。こうやって話をするのも本当に久しぶりだ。


「はあ~。宰相は本当にエルシャに対して過保護だな。今度、話がしたい。できれば時間を空けてくれ」


「何の話? 今では駄目なの?」


「こういう話はきちんとした場でしたい。出来れば宰相には内緒で」


「それは無理よ。ラモンおじ様に万が一マティから連絡が来たら教えなさいって言われているから」


「あ――。分かった。宰相には私からも言っておく。だから……頼む」


「分かったわ。それならラモンおじ様経由で連絡をお願いね」


「まったく……」


 何の話か見当もつかないが今話してくれれば手間が省けるのにという不満は心の中に仕舞っておいた。やっと曲が終わったのでオリス様のところへ戻ろうとしたがマティアス様が手を離してくれない。


「マティ? 曲は終わったわよ」


「もう一曲踊らないか?」


 マティアス様は真剣な表情だ。冗談にしてはたちが悪い。


「駄目よ。私にはオリス様がいるのにマティと二曲も踊るわけにはいかないわ」


 呆れたように言えばマティアス様はふっと笑った。


「そうだな。エルシャの言う通りだ」


 マティアス様はオリス様の位置を認識していたようで私をオリス様の元へエスコートしてくれた。


「オリス様!」


「オリス。今はエルシャを返す。ではな」


 オリス様はマティアス様に一瞬だけ険しい表情を向けたが、すぐにそれを消し目礼をして見送る。私はオリス様の隣に行くと服を確認する。ワインのかかったテールコートから違うものに着替えていた。


「さすがオリス様です。ちゃんと着替えを用意して置いてあるのですね」


「ええ、何があるか分からないので備えています。エルシャ様。疲れているのなら部屋で休めるように手配しましょうか?」


「いいえ。大丈夫です。せっかくオリス様の婚約者として夜会に出席出来たのですから一緒にいたいです」


 オリス様の心遣いは有難いが今日は気合も入っているので大丈夫だ。さっき思いがけないことが起こったがこれくらいでダメージを受けているようでは情けない。


『アルタウス伯爵。久しぶりだな』


『バールケ外務大臣。ご夫人も。この度はご出席いただき誠にありがとうございます』


 オリス様に声をかけてきたのは我が国の友好国であり重要な取引を行っているリヒター王国の外務大臣だ。褐色の肌に漆黒の瞳を持つ男性は精悍で快活な印象を受ける。隣にいる奥様も意志の強そうな瞳に毅然とした姿が美しい。陛下との謁見を終えて会場内を移動していられたようだ。お相手をするオリス様はリヒター語を流暢に操っていた。


『こちらこそ素晴らしい誕生祭に出席出来て光栄に思う。そちらはアルタウス伯爵の?』


『はい。婚約者のエルシャ・ボンノ嬢です。エルシャ、こちらはリヒター王国の外務大臣バールケ殿です』


『はじめまして。ボンノ伯爵家の娘エルシャと申します。どうぞよろしくお願いします』


『まあ、可愛らしいお嬢さんね』


『エルシャさんは我が国の言葉をご存じでしたか。しっかりとした発音でとても綺麗だ』


『ありがとうございます。実は兄がリヒター王国の外交補佐官としてそちらでお世話になっております。その縁もあってリヒター語を学びました。褒めて頂き光栄です』


『シュトーム・ボンノ卿の妹さんか! 彼は活動的で好青年で私も気に入っているよ』


 リヒター王国に外交官としてラモンおじ様の息子エッカルトお兄様が駐在している。そして私の兄はその補佐官として帯同している。シュトームお兄様は子供の頃からエッカルトお兄様に憧れ、同じ仕事を志した。念願叶って今一緒に仕事をしている。シュトームお兄様は行動派で自ら道を切り開いていく。我が兄ながら尊敬している。


『ありがとうございます。兄からはリヒター王国は技術が進んでいて素晴らしい国だと聞いております。特に先頃、鉄道が完成したそうですね。馬車とは比べ物にならないくらい国内の移動の時間が短くなって便利だと絶賛していました。私もいつか行ってみたいと思っています』


 バールケ外務大臣ご夫妻は私の言葉にすごく喜んでくれた。


『ええ、ぜひいらしてください。あなたのような素敵な娘さんなら大歓迎だ。鉄道は我が国の威信をかけて成し得た事業です。それをこんな若いお嬢さんが知っていてくれるとはこれほど嬉しいことはない』


 会話が弾みご夫妻と楽しいひと時を過ごすことが出来た。ご夫妻と別れた後、オリス様が私を褒めて下さった。

 

「エルシャ様のリヒター語は完璧でした。バールケご夫妻もあなたにとても好印象で私も鼻が高かったです」


「ふふふ。オリス様にそう言って頂けるとすごく嬉しいです。シュトームお兄様は私への手紙をリヒター語で書いてくるんです。最初は読めなくてそれが悔しくて勉強を始めたのです。読み書きができるようになるとちゃんと発音できるようになりたくてダニエラおば様に教えて頂いたのです」


 リヒター語が分かるようになりたいとダニエラおば様に相談したらすぐにカリキュラムを組んでくれた。おば様は公爵夫人として数か国語を自由に操る。心強い先生なのだが若干スパルタが入っていた。基本的には楽しく学べて身についた。こんな風に役に立てることができて、おば様には感謝の気持ちでいっぱいだ。


「エルシャ様は勤勉ですね。私もあなたに負けないよう精進しなくては」


「まあ、オリス様はもう充分です。今以上にすごくなってしまったら、いつまで経っても私が追い付けなくなってしまうのでそのままでいて下さい」


 オリス様がこれ以上素敵な人になってしまっては、他の令嬢が放って置かないだろう。そうすると私の心が休まらないので困ってしまう。オリス様は少し照れ笑いを浮かべていた。その後も、オリス様の仕事関係の人と会話をしたが、ほぼ順調にこなせたと思う。


 いつもなら人の多いところでは委縮してしまうのに、隣にオリス様がいると思うと安心感があって、自信を持って堂々と振る舞うことが出来た。オリス様は私のことを鼻が高いとおっしゃってくれたが、その私でいられたのはオリス様が支えてくれたからこそだ。きっとそう言っても彼は謙遜してしまいそうなので私は心の中でオリス様にお礼を言った。


 夜会も無事に終わりオリス様の馬車で屋敷まで送ってもらうことになった。いろいろあったけど終わり良ければすべて良しといったところだろう。疲労感はあるが充実した気分だ。私はニコニコしながらオリス様を見れば彼は深刻そうな顔で眉間に皺を寄せている。


「オリス様。どうされたのですか? もしかして体調が?」


「いえ、大丈夫です。それよりも今日はあなたを守ることが出来なくて申し訳ありませんでした。婚約者でありながら大きな失態です」


 オリス様はマイヤー子爵令嬢のことを気にしていた。でも、あれは予期することなど出来ない。自分を責めないで欲しい。


「オリス様は守ってくださいましたわ。私はワインに濡れることもなく大丈夫でした。庇ってくれてありがとうございました。でも、もし気にしているなら私のお願いを叶えてくれませんか?」


 オリス様は首を傾げた。


「何もなくてもエルシャ様の願いならなんでも叶えるつもりです。遠慮せずに言ってください」


「では、今から私のことはエルシャと呼んで下さい。様はもうつけないで。マイヤー子爵令嬢から庇ってくれた時のオリス様はそう呼んで下さったわ。私、それがとても嬉しかったのです。だからエルシャと呼んで下さい。ね? あとご友人たちに話すようにもう少し砕けた口調でお願いします。私は婚約者なのです。余所余所しいのは寂しいです」


 オリス様は目を丸くしたあと苦笑いをした。


「あの時は頭に血が上ってとっさにそう呼んでしまったのでしょう。では、名前も口調もあなたが嫌でなければこれからはそうします」


「はい。ぜひお願いします。そのほうがオリス様との距離が縮んだような気がします」


「それならエルシャ。あなたも私のことはオリスと呼んでほしい」


 まさかそう言われるとは考えていなかった。「オリス」…………。頭の中で呼んでみたけど恥ずかし過ぎて無理だった。まだまだ心の準備は出来そうにない。


「そ、それはもう少し待ってください。なんだか恥ずかしくて……」


 くすくすと笑っている。ちょっと拗ねたくなってしまう。


「エルシャ。顔が真っ赤でりんごのようだ。可愛い」


「もう、揶揄わないで下さい」


 私は顔を逸らし赤くなった顔を誤魔化そうとした。オリス様の楽しそうな雰囲気の視線を感じるけど彼の顔を見る勇気はなく屋敷に着くまでそのままでいた。



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