14.夜会
長身の彼を見上げ漆黒の瞳を見つめる。その虹彩の上には喜びに笑みを浮かべた自分の顔が映っている。
夜会で私はオリス様とダンスを踊っている。それもすでに2曲目のワルツ、続けて踊るのは婚約者の特権だ。彼の大きな掌は私の体を危なげなく支え巧みなリードに体がふわりと羽になったかのように感じる。体が近いのは恥ずかしいが嬉しさの方が勝った。
彼が選んで贈ってくれた藤色のドレスは私の気持ちを一層高揚させた。
私が微笑めばオリス様もそっと口角を上げる。夜会で男性と踊ってこれほど胸が弾んだのは初めてだ。なんて楽しいんだろう! あっという間に曲が終わってしまった。少し疲れてしまい息が整わない。
「エルシャ様。少し休みましょう」
「はい。オリス様」
彼は私を優しく椅子のある場所までエスコートをしてくれた。
「ようやく、あなたを婚約者としてお披露目出来て感無量です」
オリス様の言葉は堅苦しいが声が柔らかい。本心からの言葉だと分かる。
国王陛下の生誕祭が一日を通して行われている。夜は王宮で主だった高位貴族を中心に華やかなお祝いが行われる。本来宰相補佐であるオリス様はお忙しいのだがラモンおじ様の計らいと補佐室の方々の気遣いで夜会に出席できるようにして下さった。彼は私をエスコートして友人や知人に紹介してくれた。オリス様とは親交の深い方ばかりなので私の瑕疵など気に留めることなく好意的に受け入れてくれた。
「オリス。可愛い婚約者が見つかってよかったな! 絶対幸せになれよ。エルシャ様、こいつをよろしく頼みます。本当にいい奴なんで」
「はい。精一杯オリス様をお支えするとお約束します」
「それにしてもオリスもそんな顔するんだな? 初めて見たよ。本当にエルシャ様が好きなんだな……」
オリス様の学園での同級生の方はオリス様の苦労を知っている分、瞳を潤ませて祝って下さった。オリス様の瞳もどこか潤んで見えた。その様子に私の胸も熱くなり彼と幸せになりたいと強く思った。
それにしてもオリス様を見上げてもいつも通りの無表情に見えるが「そんな顔とは?」と首を傾げた。
「オリス様はいいご友人がたくさんいらっしゃるのですね。皆さんがおめでとうと言って下さって嬉しかったです」
純粋な祝福の言葉を贈られるのは彼の誠実な人柄ゆえだろう。オリス様はたいてい無表情でいるが、それでもご友人方はオリス様の機微を察知されていた。
「彼はちょっと暑苦しい奴ですけど気のいい男で、いろいろと助けてもらいました」
彼らの反応に私が彼の隣にいていいと認めてもらえたように思えて自信に繋がった。
正直なところ、会場入りした時は好奇の視線を感じヒソヒソ声が全て自分に向けられているような気がして怯えていた。でもオリス様がそっと小さな声で「私が側で守ります」と囁いてくれた。彼は私の不安に気づいてくれた。とても嬉しかったが喜んでばかりもいられない。先日のお母様とダニエラおばさまの言葉を思い出し弱気の心を叱咤して、背筋を伸ばし顔を上げた。すると不思議なことにヒソヒソ声が聞こえなくなった。私はオリス様に相応しくあるために淑女らしい笑みを浮かべた。
ダンスの後は二人で座りながらワインを飲んだ。さすが生誕祭に出てくる物だけあって一級品のワインだ。その美味しさにおかわりを迷う。
「オリス様。このワイン。美味しいです」
私はあまりお酒に強くない。一杯飲んだら顔が熱くなってしまった。早々にオリス様にグラスを取り上げられた。
「エルシャ様はワインを飲むといつも以上に可愛くなってしまうので、もう飲んではいけませんよ?」
「ふふふ。私を可愛いと思ってくれるのはオリス様くらいです」
「あなたは自分の魅力を分かっていないのですね……」
オリス様が眉間に深くしわを寄せて何かを呟いたが聞き取れなかった。少しふわふわしているかもしれない。
「オリス。少しいいか? エルシャ、すまないがオリスを貸してくれ」
ラモンおじ様の呼び出しにオリス様が不満を滲ませ口を引き結んだ。
「今日はお休みを頂いているはずですが?」
「お前じゃないと確認できないことだ。すぐに済むから」
「オリス様。私は大丈夫なので行って来て下さい。ここで待っていますね」
「……。ではここにいて下さい。誰かに声をかけられても絶対について行かないで下さい」
オリス様は私を子供扱いしてすごく心配してくれる。もう大人なのにと苦笑いをする。それでも彼を安心させるように笑みを作り頷いた。
「はい。オリス様がお戻りになるまでここにいるとお約束します」
渋い顔をしたオリス様はラモンおじ様に引きずられるように連れていかれた。
待っている間に軽食でも食べようと近くのテーブルへ向かう。カラフルな小さなケーキが芸術的な美しさで並べられている。立食形式で気軽に選ぶことが出来る。
給仕に頼んで赤いベリーのムースを取ってもらい。淑女らしく控えめに口に入れ静かに咀嚼する。甘酸っぱさが爽やかで美味しかった。ケーキを堪能していると横から女性に声をかけられた。
「あなたがボンノ伯爵令嬢? 宰相様に我儘を言ってオリス様と無理やり婚約した破談令嬢よね?」
私はあまりにも不躾な物言いに驚き、声の方に視線を移した。




