12.彼の本当の想い
オリス様はいつものように目を逸らしたりせず真っ直ぐに私を見つめている。
「オリス様が私を好き? でもこの縁談はラモンおじ様に命じられて断れなくて受けたのですよね?」
オリス様が驚きに目を大きく開いている。
「命令? そんなはずはありません。この縁談は私から宰相様にお願いしたものですから」
「えっ?」
私も目を見開いた。二人とも同じような表情をしているのかもしれない。オリス様が私との縁談を望んでくれていた? でも望まれた理由が分からない。
今まで私はオリス様と直接関わることもなく、今回の縁談がなければ今後も親しくなるような間柄ではない。彼は仕事の出来る伯爵家当主で令嬢にも人気があり、私にとって雲の上の人のような存在だ。オリス様は苦笑いをした。
「実は私はエルシャ様のことを以前から知っていました。もとは宰相様がエルシャ様を可愛いと日々の出来事を話してくれていたからです。直接お見かけしたのはあなたが前の婚約者と夜会に出席しているところでした。あなたは潔癖で知られているギーレン侯爵子息の隣で一生懸命健気に振る舞っていました」
「…………」
ラモンおじ様が何を話したかその内容が気になるも、それ以上にあの頃を思い出すと胸が苦しくなる。ギーレン侯爵子息と過ごす時間は気が張り詰めて辛かった。彼は少しでも触れると睨みつけてくる。私は委縮しながらも彼を怒らせないようにヒヤヒヤしていた。周りから見たらさぞ滑稽だったろう。それをよりによってオリス様に見られていたなんて。
「エルシャ様。そんな顔をなさらないで下さい。ギーレン侯爵子息の事情を知っている人間は皆あなたに同情していましたよ。彼に合わせるのは大変だったでしょう? ある夜会で私は仕事を切り上げて帰ろうと馬車止めに向かいました。あなたはギーレン侯爵子息と並んで歩いていたが転倒してしまった。彼は手も貸さずに最低の振る舞いをした。私は離れた場所にいたのですが、直ぐに駆け寄ろうとしました。でもあなたは何事もなかったように立ち上がり泣きわめく事もなく醜態を見せなかった。その凛とした姿に目を奪われました。きっと一目惚れだったのだと思います」
オリス様に恥ずかしい場面を見られていたなんて居た堪れない。あれは恥ずかし過ぎて泣く余裕もなかった。見栄を張って何もなかった振りをしようとしたのだ。
「そんな、転んで無様だったはずです。まさか見られていたなんて。私、あの後侯爵子息において行かれてしまったのです。情けない話でしょう?」
「いいえ。侯爵子息が最低なだけです。あなたに落ち度はない。実はあの時、従者にエルシャ様のために馬車を出すように声をかけたのですが、空いている馬車がないと言われ咄嗟に私の馬車で送るように頼んだのです」
「オリス様の馬車だったのですか?……知りませんでした。てっきり主催者様のお屋敷の馬車だとばかり思っていました。あのときは助けてくださりありがとうございました。どうやって帰ろうかと困っていたのです」
あの時ポツンと置き去りにされてどれほど心細かったか。それを助けて下さったのがオリス様だったなんて不思議な縁、いや私にとって幸運だ。
「いいえ。それぐらいしか出来なくて申し訳ない。エルシャ様は主催主のお屋敷にあの後お礼の手紙を出していますね。ご当主は心当たりがないと従者に確認して事の経緯を知ると、その手紙を私のもとに送って下さったのです。礼儀正しくしっかりしたご令嬢だと感心しました。宰相様が絶賛するのも頷けると」
「それは当然のことですから」
「そうできない人も多いのです。そのあとエルシャ様の婚約が解消になったとの噂を聞いて、ぜひ私と縁組して欲しいと宰相様にお願いしたのです。ですからこの婚約は上司からの命令ではなく、逆に宰相様とエルシャ様の繋がりを私が利用して申し込んだものなのです」
私は彼に望まれていると聞いて体が熱くなる。期待してもいいのだろうか。それでもあの令嬢のことが頭の中をよぎる。
「本当に? 本当に私を想って下さったのですか? 私、婚約を解消するべきだと思っていて」
オリス様は悲しそうな表情になる。
「なぜです? 解消するなどと言わないで下さい。私に悪い所があるなら改めます。せっかくあなたと婚約出来たのに解消したくない。エルシャ様は私のことが嫌いですか?」
私は強く首を振り否定した。そんな誤解はしてほしくなかった。
「嫌いなはずありません。でも、オリス様には恋人がいらっしゃいますよね? 私、先日宰相補佐室へ伺おうとしてオリス様が令嬢と親し気に話しているのを見たのです。そして令嬢がこの婚約は命令で私を……私を好きじゃないはずだと問い詰めているのを聞いてしまいました。オリス様は言葉を濁して返事をされなかった。それは私を好きじゃないということだと思いました。だから婚約は私から解消しなければと……」
オリス様は撫で付けてあった髪の毛を乱暴にかき混ぜ頭を抱えた。
「恋人? 違う。彼女は宰相補佐室に出入りしている商会を営んでいるマイヤー子爵の娘さんです。確かに子爵から婚約の打診を受けたことはありますがきっぱりと断っています。それでもしつこく付き纏われて迷惑していましたが、そのことであなたを不安にさせてしまったのですね。申し訳ありません。それで……あの時彼女の問いに言葉を濁したのは……私はあなたに婚約を申し込んでおきながら好きだとお伝えしていなかったことに気付きました。あなたに伝えていない気持ちをマイヤー子爵令嬢に話すのが嫌で濁したのです」
「でも、彼女にドレスを選んでいますよね? もしかしてプレゼントをしたのでしょうか? 私にはまだなのに……」
つい、恨みがましくなってしまう。
オリス様は眉を寄せそこに指を当てて考え込む。
「彼女のドレスを選ぶ? そういえば子爵令嬢はそんなことを言っていましたね。私はあなたの事を考えていたので聞き流してしまいましたが、あの令嬢のドレスを選んだことはありません。ただ、以前マイヤー子爵令嬢にドレスのカタログで好ましいのを教えて欲しいと言われ、よく分からず適当に答えました。彼女はその時のドレスのことを言っていたのだと思います」
「適当にとはどんな風にでしょうか?」
私はこの際だから気になることを全て確かめることにした。適当であってもオリス様が選んだことにもやもやしてしまう。これは嫉妬かもしれない。
「確か、あの時は……時計を見たら10時2分だったのでカタログの10ページ目の2番目と答えました。カタログ自体は見ていません」
子爵令嬢が気の毒に思えるくらい想像を超える適当さだった……。
「それは……いくらなんでも適当過ぎるのでは……」
「彼女は何度断っても父親と一緒に補佐室に来てしまうのです。適当に返事をしないと帰ってくれないのでつい」
本当にオリス様はマイヤー子爵令嬢に好意を持っていなさそうなのでようやく安心した。
「実はプレゼントもマイヤー商会から購入したものでした。この品はすぐに返品して厳重に抗議しておきます。次からは別の商会を使います。プレゼントは改めて別のものを贈らせてください。それと私が言葉足らずのせいでエルシャ様を不安にさせてしまい申し訳ありませんでした」
「いいえ。私こそ勝手に思い込んでオリス様の気持ちを疑ってごめんなさい」
「いえ、これからは信じてもらえるように努力します。それと今日は陛下の誕生祭の後の夜会のドレスについて話しておきたくて来ました。実はあなたに内緒でドムス公爵夫人とボンノ伯爵夫人と相談して決めてしまいました。驚かせたかったのですがこんなことになるのなら話しておくべきでしたね。でもいいものを選べたと思っています。エルシャ様の好みもあるとは思ったのですが今回は私の用意したものを着て頂けますか? そして一緒に出席して欲しい」
オリス様からドレスを贈って頂ける! 私の気持ちは舞い上がった。
「もちろん。嬉しいです。楽しみです。あと、私もオリス様が好きです」
オリス様は耳を真っ赤に、私は顔を真っ赤にしたがお互い目を逸らさずに少し照れながら微笑み合った。その後は和やかにお茶の時間を過ごした。
翌日、オリス様から夜会のドレスとそれに合わせた宝石、そして白百合の花が模られた象嵌宝石箱の美しいオルゴールが届いた。私は美しいドレスに浮かれ、オルゴールのあまりの素晴らしさにうっとりと見惚れてしまった。




